第36 信じてもらえない
麻木は学園を歩いていた。 退屈した毎日で暇を持て余して。
彼は桜華舞の事など何も知らない。 ましてやこの学園にいる事すらも。
ただ、あまりいい噂を聞かない、3年にやんちゃな女子がいると言う事だけは耳にはしていたぐらいだ。
彼が、本を読みながら1人移動すると、歩く女子たちは、彼に声をかけてきては言い寄って来る。
彼は学園でも人気のある、イケメン美男子として有名だった。 決して多くを話さない、クールで冷静な王子様と呼ばれている。
そんな彼の歩く道には必ず女子がついて回った。 彼にはそれがとても煙たかった。
彼が有意義に1人歩いていると、絡まれている生徒がいた。 彼は助けるつもりなど全く微塵もない。 自分で切り抜けなければ成長などしないと思っている人間だから。 だが、あまりにも困り果てているその男子生徒を見て、可哀想にもなってきたので、彼はその生徒を助ける事にした。 多勢に無勢で一人の男を虐めるのは許せ無かったからだ。
彼が仲裁に入ろうと向かうよりも先に、 金髪の、学園に似つかわしくない女の子が前に立ちふさがっていた。
特に喧嘩をするでもなく、脅しなのか横にあった壁を殴ってビビらせていたようにも見えたが、すぐさま虐めていた生徒を追い返していた。
助けられた生徒も恐怖したみたいで、一目散に逃げていたいが、その姿は麻木の心を打っっていた。そんな生徒を見た事がなかったのもあったが、どうしても、舞のその可憐な姿に心を奪われて仕方がなかった。
それからと言うもの、何かとその女性が目についた。 気づけば、彼女は3年で同い年という事、やんちゃな女子学生と言う噂は彼女の事だと言う事が分かった。
見るに彼女はとてもいい人なのに、いつも一人、周りからも良いようには言われているようでは無い。 舞自身が、学園をあまり謳歌していないように見えなかった。
そんな舞が、最近やたらと視界に入って来るが、麻木には関係ないと、自分の心の気持ちに向き合う事はしなかった。
「よう、 麻木、 ちょっと聞いてくれよ。 俺さ、星と朝一緒に居れてさ」
2人は誰も上がらないはずの屋上に時たまいる。
「良かったな杉邨 それで浮かれてんのな」
「浮かれてるか? 俺。
お前は、好きな奴とかいねぇのか」
「俺か?…… しょうもねぇ、俺にはそんな感情はない」
ちらっと舞の面影が顔を出す。
「そっか、 そりゃそうだよな。 あんだけ常日頃まとわりつかれてりゃ、うっとしくもなるってか? 」
だから俺みたいにうまくやればいいのに。
「お前みたいにチャラチャラなんてできるかよ。 俺はそんな器用じゃないんでね」
彼らに彼らの、彼らなりの苦労がある。 そしてこの時間が、彼らにとっては唯一落ち着く時間でもあるのである。 令嬢学園のダブルプリンス。 彼らは時に、陰と陽のようにが学園生からは例えられた。 彼らがどれだげ、授業に顔を出さなくても、 さぼって屋上で遊んでいたとしても。必ずかれらは学年で一位と二位。 絶対にトップの座を落とした事は無かった。 ただの一度も。
麻木がいつものように本を読んで歩いている時の事。 一人の学生とぶつかった。
「うわ、」
「痛った」
「ごめん。大丈夫か? 」
麻木自身は体幹を鍛えている為、あまり転ぶことは無い。
当たったのは女性、結構強くぶつかったので、麻木は相手が尻餅をついてしまっただろうと思った。しかし、ぶつかった彼女は突き飛ばされる事はなく、しっかりと立っていた。
「どこ見て歩いてる訳? てか、本読みながらとか危ないから、気を付けなよ!
まぁ、うちも人の事言えた立ちじゃないんだけどさ……」
彼女は真直ぐに麻木に目を合わせて話してきた。 途中、自分にも被があった事に気づいて、藻をそらしながらぼそぼそと声を落としていたが、とても真直ぐで、何の濁りもない綺麗な瞳を彼に、向けて話した。
ぶつかった彼女もスマホを触りながらだったらしく、落ちたスマホを拾っていた。
「はい! 本。 んじゃね!」
彼女は麻木の落とした本をひらうと、払って笑顔で麻木に渡し、何事もなかったように去って行く。
麻木は言い寄られなかったのは初めてで、彼は心底驚いていた。 彼はこの時初めて、舞と言う女性をもう少し知ってみたいと思った。 彼の中で彼女に対する見方が変わった。
「なぁ ユウカ、今日も食堂行くだろう? もう腹ぺこぺこで」
「わるい。 俺はちょっと今日はやらないといけない事があるんだ」
「昼休みにか? 」
桂川と学ぶはまたかとユウカを問いただす。
「お前一体いつも何やってんだよ」
「ちょっと話したい奴がいてさ」
「何だよ、話したい奴って? まさか女か? 」
「ち、ちげぇよばか」
「たく、また俺らほっといて抜駆けかよ、この男は」
学も口を開いた。
「全くだ。 で、どこの誰なんだ? その相手は」
「何だよ、お前ら。 お前らは俺の親か」
「俺たちはなお前の事を心配してんだよ。 」
「いつもな! 」
彼らは単にユウカが好きになった女の子がどんな子なのか知りたかっただけだ。
「とりあえず、時間無くなるから行ってくる。」
「おい、待て」
桂川はそっと、学の伸ばす手を止めた。
「行かしてやれ、学。 あいつも巣立ちの時が来たんだ」
「あぁ、そうか」
彼らは暖かい目でユウカの背中を見送っていた。
「悪い舞、遅刻した」
「遅い! 何してたの? 休み時間減っちゃうじゃない! 鈍感男!」
舞はコンビニの袋を持っていた。 学園内コンビニで昼飯を買ったのだろう。 見たところまだお昼には手を付けてはいなかった。
「それじゃあ朝話したかったっで話するか」
「そうね」
舞はユウカを見て何かに気が付いた。
「って、お弁当は? お昼食べないの、あんた?」
「お昼の事は考えてなかった。 とりあえず、さっさと話しを始めようぜ。 俺も気になって仕方がない」
「そう、じゃあいいけど。 時間も無くなるしね。 私やっぱりあの家は危ない気がするの」
「どう言う事なんだ? 特に何も変わったことは無かったけど」
「本気で言ってる? 朝起きたら確かにそうだったけど」
舞はユウカがおとぼけでもしてるのかと思うぐらい、帰ってくる言葉が期待と違った。
「本当に今まで何にもなかったのよね?」
「あぁ、俺もいつもの感じで遅くに寝たりするが、特に記憶にも無いけどな」
化け物を見たと言い張る舞と、それを微塵にも信じないユウカ。 この話はやはりこれ以上進展しそうにはない。
「お前ん家の方だどうなんだ? 解決はしそうなのか?」
舞の顔色が酷く変わる。 ユウカには訳の分からない話より、舞が狙われていることの方が気になって仕方がなかった。
「い、今その話? あいつらは私が邪魔なのよ。 だから、言う事を効かせようとしてるの」
「お前の知り合いなのか?」
「知り合いと言うか、監視ね。 私が変なことしないようにずっと監視してる訳」
「でもお前、連れ去られようとしてなかったか?」
ユウカは舞の家で見た記憶を思い出す。
「そうね。 何か相当頭にくることがあったのか、もしくは私を殺そうとしたのかもね」
ユウカには、彼らと舞のつながりがいまいちわからないでいた。
「私小さい頃にいじめにあったことがあるの。 それから人間不信になったことがあって……」
だから、身を守るため彼女は自分を見た目で奮い立たせているのだとしたら、舞が異様に優しい理由も納得がいった。 どうやら舞は相当の苦労話を持っていそうだった。
「これは思い出したくないわ」
舞はユウカにから揚げをそっと差し出した。
はい。 あげるわ。 とにかく、お願い。 今日はホテルかどこかに泊まらない?」
いきなりなんだと言わんばかりにユウカは驚いていた。
「そんなに嫌なのか、あの家」
「嫌よ。 やっぱりなんだか怖いし……」
しかしホテルと言われても、ユウカ的にも困る。 何せ舞が騒いでいた夜から今まで、特段変わったことは起きていない。 ユウカだって、住み慣れた部屋にいる方が落ち着くし、無駄な出費も避けたい。
「とりあえず、今日は帰ろう。 フランたちもいるから。 一度相談と話の整理をしてみよう。 な? 」
舞はいかにも嫌そうな顔をして悩んだ。
「わ、わかったわ」
何とか了承してくれた。
「そう言う事で。 じゃあ、そろそろ時間ね。 まだちゃんと昨日の状況話せてないんだけど……」
舞は自分のコンビニの袋の口を縛る。
「だな。 それもまた、後で聞くから。 じゃあ後で」
二人の昼食は終わった。
舞はユウカを待って一緒に帰ったのだが、ユウカは舞の話す言葉に聞く耳を持たなかった。
だから、舞はあの家に帰りたくはなかったので、無理矢理にでもユウカを誘い、駅前のレストランへと入った。
「何なんだよ、急に。 人目に付くから一緒に帰るなって言ってたんじゃなかったか」
「いいから真剣に聞いてくれない!」
「だから聞いてるって。 白い幽霊を見たって話だろ? だからそんなのいないっての」
舞の表情は以前の怖い顔へと変わる。 これは舞が真剣な時の表情だ。 決して怒ってる訳ではない。
「あんた、覚えてないのかも知れないけど、一度死んでるんだよ?」
「お前急にどうした!? 俺が死んでるって。何言ってるんだ?」
「ちょっと黙って聞いて」
舞は淡々と事の説明をし出した。
「そんな奴、俺は今まで見た事がないしな、 それにうちに住み着いていたってんなら、もっと前から襲われているだろ? 俺が生きてるって事は、俺は殺されてないって言う証明だぞ」
ユウカの言う通り。 だけど、舞にはそうでないと確信があった。なのに、現実と言葉が矛盾をきたす。 死んでいると言われた本人は生きているのだ。 おまけに、そんな白い幽霊に襲われた記憶も何もない。 だが、舞はそれをしっかりと見た。
どれだけ言葉も交わしても、矛盾のその一点が舞の言葉を偽りの物に変えていた。
「私には魔力を感じる力があるの」
舞は心を決めたように発言した。
「魔力って、あのエリィー達が持ってるっていう力の事だろ? でもそれなら、エリィーも言っていたが人間に宿る事はあり得ないってい言ってたぞ、確か」
「私がその魔力を使えるとは言ってないわ。 私はただの人間だもの。 だけど、感じる事は出来てしまう」
「そんな馬鹿な。 ありえないだろ」
「そう、思うかもしれない……。 だから、本当は誰にも言いたくは無かったの。 だけど、今回の事でそうも言ってられなくなったし……」
舞は恐怖して唇を噛み締め何とか震える体を抑えようとしていた。
「魔力を感じるって事は、あいつら見たいな奴がお前には分かるって事か?」
「うん。 私はこの力のせいで、小さい頃から変人扱いされてきた。 でも、だから助ける事も出来た。 この力は本物だと思う。 昔から、 そう言うのを感じやすい子供だったから」
「じゃあ、聞くが、お前が俺の家に来てから、それを感じてたってことなのか?」
「そう何だけど、そうじゃない。 確かにアンタの家に行った時、魔力を感じた。凄まじい、だけどとても小さくて、消えそうな滞った魔力。 たぶんこれはエリィーちゃんの物だと思う」
「へぇ、エリィーってそんな感じの魔力をしてるんだ」
「ちょっとあんた、真面目に聞いてる?」
舞はユウカの何処か軽く聞かれている様な感じに、疑いを向ける
「聞いてるって、でもそれがエリィーの魔力で、それ以外は感じ無かったんだろ?」
「そう、何だけど……、何処か少しだけ、エリィーちゃんに似たようなものを感じたから、最初はエリィーちゃんじゃないかと思ってた」
「ん! だからお前、あいつには気をつけろとか、訳の分からない事言ってたのか」
「そう その時は本当にエリィーちゃんだと思ってたから。 そこにはフランとエリィーちゃんしか魔力を持っている物はいないのに、なぜかエリィーちゃんの魔力はすさまじい物に感じる時があったの」
「何だ、俺はてっきり、お前もエリィーの事を敵だと言うやつなのかと思った」
「ん? どういう事?」
「ううん、何でもない。続けてくれ」
「だけど、それとは全く違った。 夜見たあの幽霊が現れる前の気配。ううん、あれは幽霊なんかじゃない。 見た目はそうかもしれないけど、あれは獣。 血に飢えた獣そのものだわ。 エリィーちゃんがたまに見せる、膨大な魔力とかそんな非じゃない。 全くの別物。 あれと戦って、どうやったら勝てるのかも分からないくらいの恐ろしさ。 私は、圧力で押しつぶされそうだった。 あなたが襲われてる時、死を覚悟したもの。 あれはエリィーちゃんのものじゃない」
「ちょっと待て、さっきから俺が死んでるだの、襲われてるだのってどういう事だよ。 俺全くそんな記憶ないぞ。 もし襲われてんなら覚えてるだろ」
「だから、鈍感って言ってんのよ、鈍感男!」
「いや、お前な。 どう聞いたって、やっぱりその話は理解できないぞ」
舞は確かに見たと言うのに、その話をしたところで、誰も信じないだろう。 信じる事が不可能な話だった。
「仮に襲われたとして、朝俺は、いつもと同じように起きて、身支度をしてるんだぞ。 血痕も部屋が荒れた形跡もないし」
そうなのである。 それは舞も確かめた。ユウカが戻って来るまで、何度も。どこにも、争った跡も、血の一滴すら飛んではいなかった。 だけど、舞はまだ確かめていない所があった。
「首。 首を見せて」
ユウカはちらっと顔を上げて首を見せてみた。
「違う。 もっと大きく、ボタンも外して、全部見せて!」
ユウカは周りを気にした。 ここはレストランだ。 周りにはお客さんだって入ってる。 そんな中の一席の客がいきなり、女性に首元をしっかりと見せていたら、何をやっているのだろうと、注目を浴びてしまう。
「お、お前、ここでか!?」
「いいから! 早く!」
「こんなの家でやれよ」
舞はあんな恐ろしい物がいる場所にずかずかと足を踏み入れたくはなかった。
「早くして!」
ユウカは舞の本気さに負けて渋々、恥ずかしさをこらえ、体を乗り出して、見せた。
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