第15 救出



「さぁ、どうぞ」



 渡されたものはナイフ。

 簡単な答えだった。

 そうしなければならないのならばすることは一つ。


 ユウカは渡されたナイフを受け取ると。

 自分の腕の上に当て、それを引いた。

 

 滴る血と共に、苦痛の声を上げる。



 「嘘でしょ? 」



 女はその光景に驚いていた。

 ユウカは止めずに、刃を入れていく。



 これがどうしたものか、自分で切ると、なかなか腕は切り落とせない。


 力を入れども痛みが強くなり苦痛を与える。

 そして刃は骨に当たる。


 それでもユウカは切り落とすため、押し切ろうと必死になって刃を当てる



「もういいわ。

 分かったから」



 女は一瞬にして、ユウカの手からナイフを奪うと彼を椅子から解放した。

 痛みでユウカは床に倒れる。

 立ち上がる事すら叶わない。



「どうしてそこまで、できるの?

 彼女は惨殺者よ?

 沢山のモノの生命を奪ったと言うのに、なぜそこまでしてかばうの? 」



「知らない、あんたが言っている事は。

 だけど、エリィーはそんなやつじゃね。

 それは俺が一番よく知っている。

 エリィーは俺の大切な家族だ」

 


「はぁ。ちょっとわからない。

 人間って何なの? 

 自分勝手の弱い生き物だと思っていたのに、アナタを見ているとそう思えない。

 こういうのも、中にはいるという事ね。

 改めて貴方の覚悟は分かったわ。

 だけど、彼女は殺させてもらう」


 絶対に引くことは無い女



「お前は……何でエリィーを殺したいんだ? 

 エリィーが、お前に何かしたのか? 」



「いいえ、私は何もされていないわ。

 彼女とは赤の他人だもの」



「じゃあ……、なんで……そんなお前、が、エリィーを殺す、必要があるんだ」



「そういう命令だもの。

 言いつけ?

 いいえ、みんな知っているわ。

 生きていてはいけない。

 危険な惨殺者だと。

 だから殺すのよ。

 身を守るために。 生活を脅かされない様に。

 あなた達だって当たり前にしている事でしょ? 」


 「勝手な他人の意見で殺すっていうのか」



 「他人の意見も何も、そういう危ない生き物がいたら、あなた達だって駆除するでしょ。

 そう言う事よ」


 「俺たちはどんな人であっても、殺し合ったりはしない。

 殺しをすることが罪なんだ。 もし、そんな奴がいるのなら、お前が裁くのではなく、その罪を気づかせてあげる事が大事なんじゃないのか」



 「貴方、馬鹿なの?

 ならあなたは、人を襲う、雀蜂や百足に、対話をするの?

 お前のしている事が悪い事だ、とでも教え込むつもりなのかしら?

 貴方が言っている事はそれと同じよ」


「違う。 

 エリィーはちゃんと判断する、理解するんだ。

 自分で考えて正そうとするし。

 お前の言うそれとは話しが違う」



「貴方は、理解する者には情けをかけ、理解を示さないものは打ち砕く。

 つまりはそう言う事よね? 

 結局、対話によって決めろと言いたいのかしら? 」


「そういう事じゃない。

 だけど、真実をはっきりさせる事は大切だ。 わかり合う事は」



「で、はっきりさせたとして、それが真実ならどうするの?

 つまり処刑よね? 」


「それが治らないと言うのであれば、しかるべき対処も必要かもしれない。

 だけど、エリィーが殺しているところをお前は見たのか?」


 女が黙る。



「いいえ、見たことは無いわ」



「良か…った」


 ユウカは微笑んだ。


「なら、お前が殺そうとしている理由は…詭弁でしかない。

 エリィーはそんなことをして……いないかもしれない。

 それで殺していい理由にはならない」



「あなた面白い人間ね。

 でも生かしておけば、どんどんと人が殺されていくわよ? 」



「その証拠はない」



…………。



「分かったわ。

 確かに私にも、証拠はない。

 これでは、あなたの話を覆せないし。

 いいわ、しばらく様子見してみましょ。


 彼女は本当は何なのか。

 だけど、私は言ったわよ。

 もし被害者が出続けたなら、それはあなたの責任よ。

 その時は覚悟しないさい」



「望むところだ」



「今日はあなたの度胸に脅かされまくりだわ。

 まぁ、確かめたかった答えは、得れたわけだし。

 良しとしましょう」



 女は赤と青の小さな小瓶を投げてきた。



「これ、飲みなさい。

 どうせアンタの左腕、使い物にならないと思うから

 質問の回答へのプレゼントだと思って飲みなさい」


 得体のしれない液体。こんなもの進んで飲む者等いないだろう。

 増してや、誘拐するような、知らない人間からのモノなど。



「まだ、…何か企んでいるのか

 いいから、エリィーを返せ」


「あなた、出血多量で死ぬわよ。

 女ならこっちの部屋で眠っているわ。

 嘘だと思うなら、見てみればいい。

 ま、動けるのなら。だけど」


女の言う通り、ユウカは強烈な激痛で動くことすら辛かった。



「だから、それ飲みなさいって言ってるのよ。

 赤い方はその傷口に。

 青い方は、飲むのよ。

 

 間違えないようにしなさい

 あなたの体の形を変えたくなければね」


 相変わらず訳の分からない事を言う女である。


 ユウカはエリィーを迎えに行く為。

 一か八か、それを飲むことにした。


 確かに左手が治れば、眠っているエリィーを、抱えてやることができる。

 ほとんど、嘘であることは分かっていたが、現状動くこともできない為、その1%の真実にかけてみた。



 青い液体を飲む。


…………。


 何ら変化はない。


 

 女は続いて、赤い液体を傷口にかけろと言ってきた。


 その時初めて体の異変に気付いた。


 傷口にかけても痛くないのである。

 むしろ何も感じない。

 痛みすらない。

 かけたからとけたからと言って、傷口に何か変化があったのかと言うと、そうではなかった。


 全身に疼く痛みすら消失していた。 まるで痛み止めでも飲まされたのだろうか?

 痛みが無いのならとユウカは立ち上がり、エリィーのいると言う部屋を覗いた。


 そこには立派なベッドでエリィーが眠っていた。



「エリィー!! 」


 ユウカは急いで駆け寄る。

 黒いドローンがユウカの前に表れると、ユウカはそのまま意識を失ってしまった」




 ユウカが目覚めると、そこは見覚えのある部屋。


 横を向くと、エリィーが涙ながら横に座って居た。



「ユウカぁ ユウカぁ」


 エリィーが泣いて抱き着いて来る。


「エリィー! 無事だったのか。

 良かった」


 「それはこっちのセリフだ。バカ! 

 お前に何かあったのかと心配したんだ」



 それは迷惑を変けたとユウカは思った。

 

「お前何もされてないか?

 何処か痛いところとか無いか?」


 エリィーは無いと頭を振った。



「そうか。


 なぁ、何で俺たちは家にいるんだ? 」


「分からぬ 私が目覚めたら、お前が床に倒れていてい。

 てっきり殺されたのかと」



 大泣きするエリィーはユウカを抱きしめた。



「まぁ、お互い無事で良かった」



 ユウカはエリィーのあたまに優しく右手を置く。


「とりあえず、お互い疲れていると思うし風呂入って寝るか」



「うん」



 エリィー達の一日はこうして幕を閉じた。

 ユウカが熟睡をしている時、物思いの顔でエリィーは枕元に立っていた。


 何か言いたそうである。

 彼女の目は月の様に赤く輝いていた。

 大切そうに見詰め、何かを耳元で呟いた。












翌朝、の事。




 ユウカは部屋中を探していた。


 天気は晴れ。

 暑い日差しが今日も差し込む、絶好の日和だ。



 異変に気付いたのは、いつも騒いでいるエリィーが静かだったから。


 エリィーがいなくなった。



 部屋中を探しても、どこにもいない。


 また誘拐されたのか?

 そんな事が立て続けに二回も起こるのだろうか?

 ありえなくもないが、昨日の今日でそれは勘弁してほしい事である。

 だが、エリィーがまたいないのは紛れもない事実だった。



「おーい、エリィー! どこ行ったんだ。

 隠れてるなら、止めろ。 

 あんなことがあって、俺は今真剣に探してるんだぞ」



 部屋はシーンとして、何の返事も帰っては来ない。



 居ないのだから当然だ。


 また、探さなければならない。

 とにかく、家の周りを探して見る事にした。


 丁度、部屋を一通り探し終わった後、ユウカはもう一つの異変に気付いた。


 それは、左手が使えている事だった。


 傷跡もなく、綺麗に接合されていた。

 半分まで切れ掛かっていた事が嘘のように。


 問題なく使え、痛みも、動かしにくさも全く無い。

 切ったと言う事実自体が、無かったかのようにくっついていた。

 



 エリィーがこの快晴の中で行ける範囲と言ったら、そう遠くにはいけないと履んだ。

 そうでなければあり得ない。

 犯人が、燃えだすエリィーを見れば、一目散に驚いて逃げ出すはず。

 そうなってしまうのが一番困る事で、そうなる前に探し出さなければならないのだが。

 上記の理由から、遠くに行く事は不可能だと推理した。


 なら考えられる場所は、生い茂る森林の中か、公園の土管の中?

 もしくはドーム状の遊具の中か。



 探しながら、メイド服の女の事を思いだした。あの人、スタイル良くて綺麗だったな。

 という事ではなく、不思議な点が多々あったこと。


 なぜ、アイツらがエリィーを狙うのか?

 あの女はエリィーの事は知らないし、赤の他人とまで言っていた。

 なのに、殺したい理由は?

  

 エリィーはいったい何をした? いや、何かにはめられたのか。


 エリィーを含め、その近辺に現れたあいつらは何者なのか?

 あの狂人的な力はいったい? 人にしてはあまりにも強すぎる。


 何にせよ、この答えを知るには、エリィーの過去を知る必要がある。


 しっかりとした年齢をユウカは知ら無いが、小学4、5年くらいの女の子の過去ならそこまでしでかすような経歴は出てここなさそうであるが。

 そうすると、一体なんなんだ?



 そんな事を考えながら、公園の中を余すところなく探した。

 エリィーが昔住処として住んでいた路地にも行ってはみたが、エリィーが家とする箱の山は、もう無くなっていた。

 きっと誰かが掃除をしたのだろう。



 あいつらは人目を避ける。

 ならあの山の麓はどうだろうか?

 ユウカは昔、ここの林道で赤く光った目の生き物に会った事があった。

 あれは小学校低学年ぐらいの年だろうか。


 ユウカはそれを鮮明に覚えていて。

 姿、形までははっきり見ていないが、綺麗に輝く真紅の目だけは、鮮明に覚えていた。

 あれはあの時向けたエリィーの目の色と一緒だった。

 あの時みた影はエリィーだったのだろうか? ユウカはそう思ったが、よく考えるとそれはあり得ない事だ。



 林の中にどんどんと入っていくユウカ。

 なぜだろう? ここにいるなんて断定はできない。

 なのにここにいる様な、そんな絶対感をユウカは感じていた。



 丁度林の生い茂った所を通り過ぎた時、赤い服を着た人物が膝を抱えて座っていた。

 


「エリィー! 」


 ユウカはエリィーを見つけた。


「ユウカ? ユウカか!? 」



 エリィーは驚いた。

 そりゃそうである。 人の来ない所に来たつもりだったのに、一番来てほしくないユウカが現れたのだから。


「何してるんだ! お前」


「お、お前こそ何でこんなところに? 」


「そりゃ、お前を探しに来たんだろうが」


「な、なんでだ? 」



「なんでって、あんな事があった後だろ。

 急にいなくなったら、また攫われたのかと思うわ」


「訳が分からない。 それなら尚更、私を探さないほうがいい。

 どうして私を探すんだ? 」



「はぁ? 何言ってんだよおまえ。

 訳の分からないこと言ってないで、さっさと帰るぞ」


 どうして?私は帰れない……。 エリィーはそう思っていた。



「嫌だ。

 私は、帰らない」



「はぁ? なんでだよ」



「何でもだ。

 私はもうお前とは一緒に居たくない。

 あそこには帰りたくないんだ。

 もう私の事は構わず、放っておいてくれ」


 エリィーは、頑なに断った。


「なに急に意固地になってるんだよ。


 もしかして、昨日の事気にしてんのか? 

 だったら、ほんとうにすまなかった。

 お前を守ってやれなかった、 それは謝る、すまなかった」



 ユウカは深々と頭を下げた。



 エリィーはその行動が想定外の結果だった為に驚きを隠せず目を大きくしていた。


「何でお前が謝るんだ。

 止めてくれ、ユウカが謝る事なんて何もない。

 お前は大けがをしたんだぞ」



「俺がもっと、強かったら守ってやれたのに。

 力不足だったばかっりに、お前を守ってやれなかった。

 怖い思いをさせてしまって、ほんとうにごめん」


 ユウカはけっして頭を上げない。

 深く、深く頭を下ろしたまま。

 

 エリィーは、そんなことは微塵も思っていない。

 

「何を言っているんだ。

 本当にお前は。 それは何かの優しさなのか?

 あぁなってしまったのも、すべて私のせいだ。

 お前は何も悪くない。

 私が……、お前のそばにいたから……」



 エリィーは、思いつめていた。



「そんなことを思っていたのか?

 お前……」



 エリィーがそんな風にとらえているとは。

 いや、これが本当のエリィーであることはユウカは知っている。

 人一倍他人想いなやつであると言う事。



「もういいから帰ろう。

 エリィーのせいだんなんて誰もおもってないから」



「私が嫌なのだ。

 ユウカは死ぬかもしれなかったんだ。

 そんなの、もう耐えられない」


「エリィー……」



「私なら、何なりと一人できる。

 だから、もう私の事は忘れてくれ」


 ユウカは怒った。


「勝手なこと言うなよ」



「ユウカ……、」



「何が忘れてくれだよ。

 忘れるわけがないだろ。

 それに、一人で大丈夫だ?


 大丈夫な訳ないじゃないか!

 お前、太陽に当たるだけでもダメなのに、変な力の奴らにも狙われてんだぞ。

 どこが、大丈夫なんだよ


 それにな、こんな暗闇に女の子一人置いてけるか。

 おまえのせいでもないんだから、帰ろう」


 エリィーも感情が高ぶる。


「私のせいだ。

 私の近くにいる者はみんな酷い目にあうんだ。

 この世界に来れば、誰も、知り合いもいないだろうこの世界なら。

 もう誰も死ぬようなことは無いだろうと思った。安心していた。

 だけど違った。 やっぱり、死にかけた。

 また私の大事な人を失う所だった。

 どこに居ても私はお尋ね者なのだ……

 

 私とは誰も居ないほうがいい」



 ユウカはエリィーの腕を掴んだ。

 思いっきり引き寄せて、抱きとめる。



「ユ、ユウカ?! 」


「もう、わかったから。

 お前、相当つらい目に逢ってきてんだな。

 俺は絶対死なねぇ。 なんて約束はできない。


 だけど、お前一人で戦う必要はない。

 もう一人にはさせないから。 

 たとえ、どんな野郎がお前の所に現れても、俺も一緒に戦う。

 だから、頼むから、そうやって、思いつめないでくれ。

 お前、本当にそいつらから恨まれるような事をしたのか? 」



 エリィーは必死に首を横に振った。

 

 「なら、お前は悪くねぇ。 

 そうやって勝手に決めつけて、他人の又聞きだけを信じて、襲い掛かって来る奴がおかしいんだ。

 何があったのかは知らない。 

 でも、俺はエリィーの見方だから。


 この先もずっとな。

 だから、一緒に戦わせてくれ」



「でも、私と居ると、ユウカまで危ない目にあう。

 死んじゃうかもしれないんだぞ」


「それはお前も一緒だろ? 

 それにもうお前と一緒に居るところは見られてるんだ。

 どのみち、遅かれ、早かれ、俺の所にも何かはやって来るよ。



 その時俺一人だったら心細い。

 だから、俺かのお願いだ。

 俺のそばにいてくれないか」



「ユウカ……」



 エリィーはぎゅっと優しくユウカを抱き返す。


「わかった、お前は本当に優しい奴だな。

 私は、私は。

 こんな私でも本当に一緒に居ていいのか?

 きっとまた大変な思いをするぞ。

 死ぬかもしれない 」



「あぁ、それでも居てくれ。

 お前は俺の家族だ。

 大切な人が苦しむのを黙っては見てられないんだ。

 だからもう、どこにも行くな。 どこにも行って欲しくない。

 死ぬ時は一緒だ」


 エリィーの目に何かが映る


「お前たちは、いつも同じだ。

 だから私は……嫌なのだ」



「俺と一緒に居るのは辛いか?」


「…………」


「力は微力かもしれないけど、二人の方が何かと、力は貸せると思う。

 一人でいるよりはいいと思うぞ。

 なんだって一緒に悩んでやるぐらいはできるから、な

 一緒に戦おう」


エリィーが笑う。


「ううん、辛くはない。

 だけどそれは戦力にはならん。

 うん。 わかった。

 お前が本当に良いと言うのなら。

 私は一緒に帰る」



 ユウカはホッと胸をなでおろした。



「でもいいのか?

 本当に危険な目に合う。

 お前が死んだ……」


 遮るようにぎゅっと抱いて、話を差し込んだ。


「お互いが死なない様に一緒に考えよう。

 俺も死なないし、お前も死なさない」



「もう、わかったよ……」


 エリィーはユウカの頑なな心情にこれ以上何を言ってもダメなのだと諦めた。


「よし、じゃあ帰ろうか」


「もう少し、こうしていてくれないか」


「あぁ、いいぞ」



 2人はしばらく、抱き合ったまま、お互いのぬくもりを感じていた。

 その後、満点の星空を堪能して帰って行った。

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