第10 誘拐




「うわぁぁぁぁぁぁぁ」



 TVの棚の飾り物が落ちる。



「お前何やってるんだよ。

 おいおい、大丈夫か」



「お前、なんで物の心配をしてるんだ。

 私を心配しろ! 」



 ユウカは落ちた物を大事そうに拾い直す。



「お前が走り回ってるから、こいつらが落ちちゃったんだろ。

 壊れたりしたらどうするんだ」




「私も、心配しないか!

 これでも頭をぶつけたんだぞ」



「知るか、そんなもん。

 自業自得だ。

 これに懲りたら、もう少し、大人しくできるようになれ」




 エリィーは掃除機を持ったまま膨れていた。




「今日は出かけるんだから、ちゃんと支度しておけよ」



「うむ、わかっておる。

 楽しみだのう、 二度目の乗車だ」



 乗車と言いうのは、あのスーツケースの事である。

 あれ以降、エリィーはとてもスーツケースが気に入っていた。

 中ではゲームもできるし、一応寝れるので言う事が無い。


 とは言っても、スーツケースに乗りたいと楽しそうにしてるが、その源はユウカと一緒に出掛けたいと言う気持ちの方が大きい。



「あれ? ここに置いてあった、黒い球どこやった? 」



「黒い球? そういえばここに置いていたな。

 どこにいったんだ? 」



「いや、だから聞いてるんだよ」



「う~ん。 わからん。

 でもなくなっているな。


 まぁ、いいんじゃないか。 よくわからないものだったし」 


 黒い球は確かにそこにあった。

 だが、忽然として姿が無かった。

 箱から出してあったむき出しの玉は、どこかに転がってしまったのだろうか。




「まぁ、そうだな。

 要らないやつだったし、

 それじゃあ掃除を終わらせるか。 エリィーは食器をつけておいてくれ。

 俺が掃除機かけるから」 




「任せておけ」



 ユウカの部屋は朝から大忙しだ。

 遊びにいけるとなってエリィーは燥いでいる。


「終わったぞ。

 次はどうする? 洗濯物でも回しておこうか? 」



「いや、それは止めてくれ」

 

 以前の二の舞になっては困る。

 ユウカからすれば、エリィーが洗濯機を触るのがトラウマものだった。

 あの後、零錠にこっぴどく怒られた事が最近の様にすら感じられる。


「なんだ、折角手伝ってやろうと言っているのに」


「とりあえず、お前はテーブルとか、窓を拭いてくれ。

 得意だろ? 」



 エリィーは自信満々に答える。


「うむ。心得た」


 そう言うと、椅子の上に上がる。

 そして、椅子の上から自ら落下した。はたから見れば自ら飛び降りたように見える。

 そうであれば、何がしたいのか理解に苦しむ、頭がおかしくなったのかと?


 だが違う。

 彼女は飛ぼうとしたのだ。


 自らの立派な羽を高く広げ、窓のそばまで行こうとした。

 その結果彼女は椅子から落下した。



「うぎゃぁぁぁぁぁ」



 椅子の倒れる音と、凄まじい音が床に響く。



「なんだ?!

 どうした」



 ユウカが急いで駆け寄ってくる。



「痛いっ、


 ユウカぁ、 落ちた」



「お前何ふざけてるんだよ」



「ふざけてなんかないわい」



「わかったから、立てるか」



「うん」



「何したんだ」



「飛ぼうと思ったら、落ちた」



 そりゃそうだろ。 と思った。

 だって羽無いんだから。



「ったく。

 今の状態を考えろよ。

 お前の体は今、色々無くなってるだろ」




「あぁ~~~~、

 不便だぁ。

 何でこんな時に羽が無いんだ。


 どこに行ったんだよぉ」



「いや、知らねぇよ。

 今更なんだよ……、

 とにかく歩いていけ」



 エリィーは雑巾をぶん回して不満を言いながら、てくてく歩いて行った。



「よぉし、終わったな」


「だな! じゃあ早く行こう」


「ちょっと休憩させてくれよ」



「なーんでだよぉ!  せっかく二人で早く終わらせたんだぞ。

 少しでも出かけられる時間を、一秒も無駄にしたくない」



「ったく、わかったよ

 じゃあ、お前はスーツケース用意しろ」


「はーい」


 素直なところは可愛い。

 だが、手にかかる頑固者でもあるところは本当に手を焼く。



 ピンポーン。


 呼び鈴が鳴った。



「誰だろ? 

 はーい」



 扉を開けると、帽子をかぶっている男が立っていた。


「こんにちわー」



 いつぞやの宅配業者?



「えっと、どうされました? 」



 ユウカは不信に思って尋ねる。

 なぜ以前来た宅配屋の人が家の前にるのか?



 もしかして、黒い球を間違えて持ってきてしまったとか、そういう件か?

 とユウカは考えたが。

 ただ、それなら、それでまずい。

 何故なら、黒い球は現在、ユウカの家で行方不明だからだ。



「いえいえ、ちょっとお宅に用がありまして」


 何処か、風貌に違和感を覚えた。

 深くかぶった帽子にフードは、まるで顔をあまり見られたく無いようなかぶり方に見える。



「はぁ? 用と言うのは」



「ちょっと、失礼しますよ」



 男は強引に部屋の中に入ろうとしてきた。



「ちょっと、何なんですか? あなた」



 ユウカは必死で、入って来ようとする男をドアで押し返す。



「何してるんですか、あなた?

 そんなことしたら、入れないじゃないですか」



「何で、入れなきゃならないんですか?

 てか、あんた、勝手に入ろうとして何なんですか?


 警察呼びますよ」


 男は全く動じなかった。

 入る気満々で扉を引っ張る。



「あの~、あんまり、手荒な真似とかしたくないんだけど、

 いい加減にしてくれないかな? 怒るよ」



「何訳の分からない事言ってるんですか? 

 アンタこそいい加減にしないとほんとに怒りますよ」



「怒る?

 怖いな、怒るのは良くない。

 ちょっと用事があるだけなんだ。

 こうやって君と争っている時間は無い。

 早く入れろ」



「誰が入れるか」



 ユウカは思いっきり扉を引いて閉めた。


 扉が閉まった事に安心して、ユウカは一時、肩の力を抜いた。



「何なんだあいつ……」



 持っていたドアノブが急に引っ張られる。


 反射でユウカは引き返した。


 扉は完全には閉まってはいなかった。


 男は閉まる直前、自分の足を挟み防いでいた。



「痛いな、君。


 おまえ、喧嘩売ってんの? 」



 ユウカに冷や汗がにじむ。



「ん? どうしたんだユウカ」



「エリィー、来るな。 下がってろ」



「何だ、どうした? 」



 欠相を抱えるユウカの姿にエリィーは困惑してやってきた。



 何と言う力か。

 ユウカは扉ごと、外に持って行かれる。


 扉をこじ開け、男を歓迎するように全開に開いた玄関。

 男は中に入る。



「お前本当になんなんだ」



 ユウカは入ろうとする男の手をつかんで止める。



「だから、

 邪魔なんだよ、お前! 」




 ユウカには何が起こったのかわからなかった。

 気づけば床に倒れていて、背中に激痛が走っている。


 ユウカは軽々と投げ飛ばされていた。


 男が視界に捉える先。

「見つけた」


 廊下に立つエリィーを見つめていた。



「何だ、……お前」



 エリィーは訳の分からない男に、驚きを隠せないでいた。


「エリィー逃げろ、 逃げて警察に電話だ」



 ユウカは男を羽交い絞めにして抑え込む。


「お前、べたべたと気持ち悪いんだけど」


 まただ。

 ユウカは何が起こっているのかわからない。


 急に自分の顔を持たれて、壁に打ち付けられていた。

 そして男の体は、高温に燃えているように熱かった。


「お前死にたいのか? 

 殺すぞ」


 

 だがそう言う訳にはいかない。ユウカは起き上がり男の顔目掛けて一撃を入れた。


 だが痛いのはユウカ。

 男はびくともしていなかった。

 身長重差は差はあっても、体格はユウカとあまり変わらなさそうな、若い男。


 こいつの体の固さは、異常だ。



 ユウカは腹に二発、拳を入れられると、顔面に回し蹴りを食らう。


「ユウカ!


 貴様」


 唐突な事にエリィーは怒りを向ける。


「人の心配をしている場合じゃないぞ」



 男は一瞬の速さでエリィーに迫ると、エリィーを殴り飛ばした。



「うぐっ、」



 エリィーは受け身をとってはいたが、一撃が重く壁に激突した。



 立ち上がったエリィーはすぐに叩かれて、壁に打ち付けられる。



「なんだ? 弱ぇな、お前

 こんなんが、本当にそうなのか? 」



「てめぇ、女の子に何してんだ」



 ユウカは男の行動に怒り、殴りかかる。



「なんだよ、そのへなちょこのパンチは?

 お前、本当に男か? 

 パンチってのはな、こうすんだよ」




 鈍い音がした。

 ユウカは蹲って倒れこむ。



「お前、…止めろ」



 エリィーの形相が変わった。


 それはユウカも初めて見る、エリィーの恐ろしい顔。


 霞む目で、一瞬見えた。

 エリィーの目が赤く光っているように、ユウカには写った。




「おいおい、なんだよそれ。

 俺の体が震えたぞ……。

 これだよ。

 何だよ、やっぱそうなんじゃねぇか。

 おまえ、そうなら最初っからそれで来いよ!


 じゃないと次は死ぬぞ」


 男は楽しそうだった。その言葉はまるで喜ぶように聞こえてきた。

 ユウカは震えあがった。 エリィーの殺気とでもいうのだろか。

 それは、ユウカだけではない。 場にいるすべてのモノ。

 あの狂人の男でさえ、ひれ伏させられるような感覚に襲われている。



 男は一気にエリィーの懐に入った。


 だが男は圧倒されていた。

 あのエリィーの殺気に。

 どこにも隙がない。



 男は殴るのではなく、払うようにエリィーを叩いた。

 攻撃を入れればまともにカウンターが入ると確信したからだ。



「うわっ」



 叩かれてエリィーは飛ぶ。

 頬が赤く染まった。



「何だ、俺の読みが正しかっただけか? それともやるつもりはねぇってか?

 何でじっとしてるんだ?

 もう、誰も殺さないなら、許されるとでも思っているのか? 」


 男がエリィーとの間合いを詰めた。



「エリィー、 ……逃げろ……」



 男のズボンの裾をつかんで止めようとするユウカ。


 男はユウカのその手を踏みつけ、顔面を蹴りつける。


 ユウカは脳震盪を起こしたように、一瞬頭が真っ白になった。



 男はエリィーのそばへ瞬時に移動するとその勢いでエリィーを壁に押し付けた。



「ごはっ、」



 すごい衝撃がエリィーの体をめぐる。


「ここで終わりだ」



 男はエリィーの首を持ち、王手をかけた。

 喉元を持ちながら宙ぶらりんに上げられるエリィーの体。

 息ができない。



 エリィーが殺される。



 その時ユウカの前に黒いドローンが現れた。



 それは何かを霧状に散布する。


 ユウカはそのまま気を失ってしまった。


「エ…リィ……、」

 

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