第4 今日はなにしょう。外は晴れ
「なぁ~ユウカぁ~」
「なんだよ」
エリィがごろごろと床を転がりながら、ユウカの服をつかんで回る。
ユウカは丁度、床に座って本を読んでくつろいでいた。
「ゆ~う~かぁ~」
「おい、止めろ!
服が伸びる」
「えぇ~、だって暇なんだもん」
「知らねえよ。 テレビでも見てればいいだろう」
「いいのやってないしぃ~」
「じゃあ、お前の好きなアニメでも見とけよ」
「んー見たいんだが、見たくない」
「……意味がわかんねえよ」
「なぁ、ユウカなんかしようよ」
「なんかって何したいんだよ」
ユウカは読んでいる本から目を離すことは無かった。
「ねぁ~、なんでそんなにその本ばっかり構うんだぁ」
………………
ユウカは答えない。
「何だよ、だんまりかよ」
ボソッとエリィは投げ捨てた。
それでもユウカは構はない。
「なぁ、ユウカぁ~ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
エリィーの回転はさらに速さを増した。
「えぇいっ、鬱陶しい!
本が読めんだろうがい」
「アダッ! 」
頭に激痛が走る。
「お前!いつも言っているだろう。
どうしてそう乙女の頭を殴る」
「お前がしつこいからだよ」
「そんなにその本がいいのか?」
「え?
そうだけど」
折角エリィーの方を向いた目はまた本へと戻された。
膨れるエリィーの頬。
「もう、なんで、せっかく一緒に入れるのに、本ばっかり………」
エリィの表情が曇る。
とぼとぼと部屋を後にしようとする。
「バカ、
ユウカのバカぁ~~~~~~」
静かになったとユウカは思った。
のに、思いっきり勢いをつけてきたエリィーの蹴りが横腹に入る。
「うぐぅ、」
ユウカは持っていた本を置いて床に蹲った。
「て、てめぇっ、」
ユウカはゆっくり立ち上がりエリィーに向かっていった。
また拳骨をかましてやろうと思ったのだ。
「どうして本ばっかり、……」
だが、いつもと違うエリィーの声色に何やら異変を感じて止まる。
「たまには私と遊んでくれてもいいだろう……」
静かに彼女は呟いた。
エリィー?
下を向いている彼女はどうも元気がない。
今にも流れそうな涙を食いしばっているように見えた。
「エ、エリィー、? どうした、んだ? 」
「どうしたもこうしたもない。
ユウカ全然構ってくれないじゃないか、」
「い、いや、お前、いつもそんなんじゃないだろう?
な……、何かあったのか?」
ユウカはいつもと違うエリィーに探り探り問い掛けてみた。
「別に、もういい」
「なんだよ、もういいって。
いつもの元気はどうしたんだよ?
お前いつものノリと違うぞ」
「もう、知らないよ…」
エリィーはずっと下を向いたまま、目も合わせようとしないエリィーにやりにくさを感じるユウカは、どうしていいかわからないでいた。
そのうちにユウカが折れて、寄り添った。
「わるい、言ってくれないとわかんないから、ちゃんと話してくれ」
「ユウカが、…………」
俺が何か悪い事をしたのだろうか? と一瞬ユウカは目を点にしたが、黙って聞くことにした。
もし彼女がユウカの知る、いつも通りのエリィーであったなら、すぐさま拳骨を食らわせ、本に向かっていただろう。
「俺が、どうした? 」
「ユウカが全然構ってくれないから……」
「何だよ、本当にそれだけか」
あまりにも意外な事にユウカがうっかり口から零す。
「そんな事なんだ…
ユウカが折角家にいるのだから、一緒に遊びたかったのに」
エリィーは手で顔を覆いだした。
また、可愛い事を言う。
「ごめん。 悪かったよ。
そこまで思ってくれてたなら、一緒に何かするか」
ユウカはエリィーをそっと引き寄せて優しく包んであげた。
「本当か……?」
「あぁ、本当だ」
エリィーはしてやったと思わんばかりに顔をにやつかせた。
「良し、では買い物に行こう」
急に元気になったエリィーに今までの行動が演技だったと理解したユウカ。
こいつ。
だけど、言ってしまったからには仕方がない。
ここはこらえて、エリィーに付き合う事にした。
ただ、名残惜しそうにユウカは本を見ていた。
何故なら、これは大事な人から勧められて借りた本だから。
早く読んで、次の日には感想を伝えたかったのだ。
その人ともしかしたら長く話せる機会にもなるかもしれなかったから。
「だいたい買い物ってお前、行けないだろう」
「大丈夫だ。
棺を持っていこう」
いや、ふざけるなとユウカは思った。
それだけは嫌だった。
あれはめちゃくちゃ重い。
棺だけで、30キロぐらいはありそうな重さだ。
そこにエリィーまで入っては、腰をいわす。
以前もエリィーを移動させる為に、エリィーの言う通りに棺を抱えて行ったが、重すぎて最終的に足腰痛い体に鞭打ちながら帰ってきた記憶をユウカは忘れていない。
その後は疲れ切って一歩も動けなくなっていた。
「俺は絶対に嫌だぞ」
「そんな事言ったら私は外に行けないじゃないか」
「だから、行けないっていてるだろう」
「何処かに連れていって欲しい。
家の中ばかりは流石につらいぞ」
まぁ確かにそうだ。 ここに来てからほとんどエリィーを外に連れ出してやれてない。
ユウカは思い返した。
どこにも
家の中にじっといるのは体も訛るだろうし、良くない事だである。
それはユウカも自粛期間を通してまじまじと痛感した事だった。
それにこれぐらいの年の子なら、やっぱり色んなモノに触れて、走り回りたい頃だろう。
家で箱詰め状態では、この子の為にもよくはないと思いながら、昨日の事が頭に過る。
ん?
そこまで、外に出たかったなら、何故昨日行かなかった? と。
「なら、なんで昨日、一緒に出掛けなかったんだよ。
昨日だったら、行けただろう」
「いや、昨日は見たいアニメがあったからな。
手が離せなかったのだ」
「目が離せないの間違いだろう。
なんだよ。
あれだけ昨日買い物に行くって誘ってやったのに。
行かなかった理由はそれか 」
「う、うるさいな。 仕方ないだろう。
もう過ぎたことを言っても何も解決なんかせんぞ。
それに、昨日はお前買い物行くってい出て行ってから、帰ってくるの遅かったじゃないか」
そりゃそうだろう。 とユウカは思った。
ユウカには沢山の買わなければならい物があったのだから。
「当たり前だろう。
お前が壊した家電製品。
洗濯機に、ヘアドライヤー。
それから使い切った洗剤に、シャンプー、ボディーソープやら、なんやら。
おかげであの後、風呂入ってからシャンプーも何もないしびっくりしたわ。
それに食材にお前のお菓子とか。
そんなんで、どんだけ店走り回ったと思ってんだ、貴様。
しかも、雨の日だぞ、雨。
洗濯機もないのに、なんで昨日走り回ったのかと俺も思ったわ。
今日、今、めちゃくちゃ快晴だしよ」
「むむむ、それは悪かった。
でも、今日私はユウカと一緒に何かしたかったんだ。
折角ユウカいるし」
「もう、無理だろう。
外はあきらめろ。
こんだけ快晴なんだから」
「うぅぅ、
なら私はまた棺の中で眠るとしようか……」
流石に寂しそうなエリィーの表情に心が痛んだ。
ユウカだって本当はエリィーを連れて遊んでやりたいと思っている。
思ってはいるんだが、それが難しい。
何故なら、まず彼女の見た目があった。
尻尾に牙、おまけに小さない角が生えて、翼もある。
もしこんなのが見つかっては、国やら、なんやらに連行されて、隔離されてしまう騒ぎが起きる。
ましてや、これで普通の状態なんですなんて、誰も信じてくれ無いだろう。
本当にこいつはなんの生き物なのだろうか?
今、人間はとても、疑い深くなっている。 警戒状態といってもいい。
それは、全世界で流行ってる病原体。
今も解決されていないが、それの原因不明の事件のおかげだ。
少しでも変なものを見たりすると、すぐに国に情報がいって、機関の者がやって来る。
そう言いう意味では、全世界の人間は警告ベル、監視カメラのようにも見える。
今もニュースで毎日必ず、死者数が発表されている。一年ほど前と比べると大分減ってはいるが。
これ関連のニュースばかりで持ち切りで、世界中の人が知っている。
今日、別の国では100人の感染者が出たらしいし、わが国でも、他県で20人出たところや。
大都市だと集団感染し60人の感染も上がっているとニュースで報告された。
今世界はパンデミックとして、この異常な現象に苦しめられている状態なのだ。
これは何のウィルスなのか、はたまた殺人ではないのか? 等の意見もあり詳しくは分かっていない。
半年ほどの自粛が発表されてから、なんとか死者数、感染者が減った為、今緩和されて出歩けるようにはなっている。
だか、出歩けるようになったら、また死者数、感染者数がす少しばかり上がる。
いずれ、また緊急事態警報が発表されるのはそう近い未来ではないのかもしれなかった。
おかげでユウカ達は、留年して高校に行ってる形になっている。
本当なら、もう大学生活が待っていて、ユウカ達もそれを楽しみにしていたのだが。
それはさておき。
エリィーのような者はなおさら、今の世の中、見つかってはいけない。
彼女が見つかれば確実に連行されるだろう。
エリィーが捕まって酷い扱いをされるのだけは避けてあげたい、とユウカは思っているのだ。
あまり人目について欲しくないから家に匿っているのがユウカの優しさの表れだった。
それに、エリィーの事だから、外に出れば余計に危なっかしくて何か起こりそうでしかたがない。
だが、そんな事を恐れて家ばかりいるのも良くは無いのもまた事実。
ユウカは、夕方以降や夜になると、町内などをこっそりエリィーをつれて散歩している。
散歩では人がいなければコンビニによるのが日課だ。
高過ぎて、何も買ってやれない事が多いが。
ただ、エリィーはとても楽しそうにしてくれていた。
でも心の内は、日中遊びたいが本音である。
そしてエリィーが、日中出れない理由はもう一つある。
それは、エリィーは体が弱いという事だ。
どうやら、変なものが付いているからなのか、彼女はそういうものだと言ってはいるが。
太陽の光に当たってしまうと火傷をしてしまう。
日中出て、光に当たり続ければ、皮膚が光の熱に少しづつ焼かれていくのだ。
エリィーの肌が真っ白なのには、日に当たれないと言う理由があったからこそ雪の様に美しかったのだろう。
ユウカも一度だけ、エリィーの体から煙が出て焼けているのを見て驚いた日があった。
それはエリィーがユウカの部屋に来てから、まだ日が浅い頃。
夕方に近づくと、しょっちゅうエリィーは外に出ていた。
だが、焼けて弱っている所をたまたまユウカに発見され、事なきを得た。
それ以来、エリィーを日中外に出さなくなった。 もちろん彼女も勝手に家から出る事をしなくなったのだが。
「はぁーちょっと待ってろ」
ユウカは奥の部屋から大きなスーツケースを持ってきた。
「これなら入るか」
エリィーは目を輝かせた。
「おぉぉ、なんだこのコンパクトは棺は!? 」
「棺じゃねぇけどな」
これであれば、エリィーをモールなど、施設内まで運んでやる事ができるだろうと思って、たまたま昨日買っておいたものだった。
「すごい。
気密性に優れてそうだ」
エリィーは不思議そうに色々なところを触って調べていた。
無邪気で、とても興味津々になっている子供のように。
「だろ。
これなら大丈夫だと思うけど」
ユウカもエリィーの反応に嬉しそうであった。
「こんないいものを隠していたなんて。
何と言うやつだ。
して、これは何に使うモノだったのだ?」
「隠してねぇ。 昨日買ったんだよ。
お前の為にな」
うぅっ、
エリィーはその言葉に胸打たれた。
自分の為に買ってきてもらえたものがこんなにも素敵なもので、彼女は嬉しくてたまらなかった。
「そ、そうか。
そ、それは…………
あ、ありが、とう」
照れ臭そうにしていた。
まさかの返答にユウカも目を見開いた。
「おう。
で、どうだ?
入れそうか?」
「うむ。
入ってみる」
素直にエリィーは中に飛び込んでいった。
「閉めるぞ」
「頼む」
「苦しかったりしたらすぐに中からケースを叩け。
3回たたくんだぞ」
「うん。わ、わかった」
「ケースから出たいときは5回叩け」
「理解した」
お互い合図を決めると、ユウカはスーツケースをしっかりと閉めた。
「どうだ? 中は」
心配してユウカが伺ってみる。
人をスーツケースに入れるのは初めての経験である。
「うむ。 真っ暗だ」
当たり前だ。
そんな事は分かっているから聞いてなどいない。
聞きたかったことと違う回答が飛んで来たので、自分の聞き方が悪かったと言葉を変えて聞き直した。
「苦しくないか」
「うむ、大丈夫だ。
なかなかこじんまりしていて、とても落ち着くな!
ここ」
どうやら、とてもエリィーは気に入っているようだ。
ユウカもそれを聞けて安心した。
「おっ、なぁ? なんだこの上から垂れているものは」
エリィーの頭上に吊るされたベルトのようなものが触れる。
えっ? とユウカは思った。 上から垂れているのも?
このスーツケースは、中に人を入れて運ぶことができる大きさ。 つまり誘拐に使われたとしても、脱出できるように、中から開けられる設計になっている。
奮発して、より良いスーツケースをユウカを選んでいた為、そのような有難迷惑な装置までついてた、優れモノのスーツケースだ。
「おい、止めろ引っ張るな! 」
「えっ!? 何で?
もう引っぱったけど」
ガッシャっとスーツケースのロックが解除され、少し開く。
だがまだ中にはチャックが付いている。
「ん?
何だ? 今の音は
ユウカ、まだ上にぶら下がっているものがあるのだが、これは何だろう? 」
「おい、間違ってもそれを横に引くなよ」
もし引いてしまったらチャックが開いて、ベランダに出したスーツケースの中に光が入り込んでしまう。
ユウカは慌ててスーツケースに駆け寄った。
「ん? 横ってこうか? 」
エリィーは聞きながら横に引いた。
「うわー! ユウカ
光が、光が入ってきてるぞ」
「バカ!
だから止めろと言うとろーに 」
慌ててチャックを閉め、スーツケースを部屋へ投げ入れた。
「エリィー
大丈夫か! 」
ユウカは急いでスーツケースを空ける。
「へへへ~っ、
ちょっとびっくりしたけど、大丈夫だ。
ほれ、この通り何ともない」
「ほんとか?! 」
ユウカは手を引っ張って隅々まで調べまわった。
「痛いぞ。 だから大丈夫と言うておろうに。
本当に心配性だな」
確かに、火傷もしていない。 どこも、怪我をしたような箇所は見当たらない。
無時なのを確認して良かったとため息をつくユウカ。
「もう絶対そこは触るなよ」
「うむ。 そうだな。 気を付けよう
それよりユウカ! 」
エリィーはウキウキしていた。
「早く行こう」
ユウカの服を引っ張る。
「子供だな本当に」
こうしてユウカ達は家を出た。
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