第一章 第1幕 日常

第1 ポテチは私の好物

 今までもこれからも俺は霊的な何かなんて信じるつもりはない。


 と言うより信じていない。


 そもそもおかしい話だ。何かが見えるだの、何かがそこにいるだの。俺からすれば、有名になりたい、自分はすごい人だと注目を浴びたという風にしか聞こえない。




 だっていると言われても、そんなもの。見えていないのだから。




 それは幻覚か思い込み、もしくは嘘。そうでしかないからだ。





 じゃあ、ここで俺の横にいて、楽しそうにポテチを食っているこいつはいったい……なんだ?


 黒い羽に小さな鋭い牙が生えている。頭にも小さな角のようなものが,二本,

可愛く頭を出している。


 それに極めつけはうねうね動いてる尻尾。黒くて先っぽが尖がっている。硬いのか?柔らかいのか?


触るな!などと言うので、わからないが。


 よく動く尻尾。


 透き通る金髪の女の子の目を開けた時に見える綺麗な薄水色の瞳。


 見た目は普通の小さな子なのに余計なものが色々と付いているのだから、普通の、”人”では無いのだろう。


 来た時はコスプレを疑っていたが、ずっと一緒にるとそれがコスプレでない事がわかった。







 はぁ――――――。




 彼はため息をついていた。それは目の前の彼女のせい。


 コイツが何なのかはさておき、何かと食費がかさむと思って彼は,目の前の生物を見ていた。


 彼は、独り暮らしのアルバイターで金は無い。




 まぁ、広すぎる部屋に、独り暮らしの寂しい日々に、こいつの笑顔には癒されているのだが……。


 と彼はいつも心に唱えている。




「お前、今ポテチ何袋目だ?」






「ん~?二個~」


 うれしそうに答える少女。何も肝がん得ていない。ベットの上でむしゃむしゃと手を止めづにむしゃぶりつきながらテレビを見ている。

こういうのを遠目で見ている人は、彼女の事をだらけていると言うのだろう。



 足がつかないのを利用して、バタバタと足を動かしながら食べる姿は、まさに子供。落ち着きがない。


 彼は、ベッドの下に落ちているポテチの袋を見る。


 至る所に投げられた袋に、ベッドや床に散らばる食べこぼしのカス。




 そして、




「お前! ポテチ食べすぎ! 」


 

 彼女の目の前から、音速でポテチが消える。




「うわぁぁあぁぁぁぁぁー。


 何をするんだ! お前! 何をしている~! 返せぇ~」



天高く持ち上がるポテチ。彼女には手の届かない高さまで上がるものだから、冷静に座っていた彼女も。しまいにはぴょんぴょんと跳ねては頑張って手を伸ばそうとする。




 彼女は怒って、跳ねるのを止めた。


 頬を膨らませ、目を顰めて彼を睨む。




「何をするんだ! 貴様、私を怒らせたいのか? 」






「怒らせたいのか? じゃない! 食べすぎなんだよ!


 大体な、周りを見てみろ、こぼし過ぎなんだよ。 ベッドがギトギトだろが!




 これから寝ようと言うのに、ベットの周りは食べかすでいっぱいだった。


 落ち着いて寝れるほどのきれいさは失われていた。むしろポテチの香りに囲まれて寝れそうだが。




「それにお前これで五袋目だろがい! 」






「黙れ! 私が何袋食おうが私の問題だろうがい! ユウカには関係ない。


 それに、そんなに食ってない! 」




 付け加えるようにぼっそと強調する彼女。




「真似して言うな!



 大体、そんなに食ってないだとぉ。


 お前本気でいってるのか?


 なら、お前、何個食べたつもりでいるんだ? 」




 一瞬彼女は分かりきったような事を聞くなと、言わんばかりに目で訴える。




「二個だ」




 彼女ははっきりと答え切った。




「は?


 二個? 」




 何故二個と言ったのか彼には分からなかった。

 現場は見るからにその状況を否定していた。





「だったらお前、……足元に落ちてる袋数えてみろ」




 彼女は下を見て数えだす。




「いち、にぃ……、



さん。」



 さん、だけ声を落とす。




「さん?? 」




「ちょ、ちょっと間違えただけじゃないか。


 一袋ぐらい。


 誰だって数え間違えることがあるだろう。


 お前、細かすぎるにもほどがあるぞぉ」




 目が棒になっていた。


 完全に彼女が押されている。


 袋を数えると、二個ではなく三個も落ちていた事実からは逃げられない。


 だから彼女は、自分の過ちを流そうとしている。


 自分の過ちに、非が立ったのに少し赤面しながら。


 そして彼女の座っているお尻の下からは、ポテチの袋の先が少し顔を出していた。




「お前三個じゃねぇだろう……」




「三個だろ、三個。 どう見ても三個しか落ちてないじゃないか。 お前えの目は節穴なんじゃないのか~。


 病院でも言ってその目を見てもらったほうがいいのではないか? 」




 彼が数え間違えていると察した彼女の顔は急に自信ありげになった。

 彼女はこのまま形勢逆転を狙っていた。




「お前のケツから何か見えてるんだが。


 それはいったい何かな?」




 目を細めてユウカは攻める。


 彼女は手で触ってポテチの袋を確かめた。


「こ、れは、ポテチの袋だ……


 な。」




「だよな?? 三個じゃないよな? 」




「うぅっ、よ、四枚あるな。


 じゃ、じゃあ私が食べたのは四つだ。 四個食べた。 」






「四個じゃねぇ――――! 五個じゃ―――ぃ! 」




 コツンと頭を叩かれる。




「イチャイィっ。


 な、なにをする。ぶ、ブツことはないだろうが!


 何なんだお前は!


 なんと酷い。


 高貴な私の、大事な頭をブツなんて。


 頭がおかしくなったらどうしてくれるのだ!」






「もう十分おかしいわ。 大体なんだ。 ポテチ五個も食いやがって。 コレ一番高い大袋のポテチだろうが! しかもそれ五個も食いやがって。 これいくらすると思ってるんだ。 お前さっき晩御飯で死ぬほど食べてたよな。

 

 なのにこんなに食って、気持ち悪くならないのかよ。


 こんな夜中に食ったら太るぞ、こんな炭水化物と油の塊を。


 女の子はそう言うとこ気にするだろう普通」




 彼女の食いっぷれに呆れを通り越す。


 彼女の細い華奢な体を見て、一体どこに入っているのやら、心配すらする。




「誰が頭がおかしいだぁ!


 まぁ、よいわ。 それにな、私は食っても太らないのだ。


 残念だったな。


 フッフッフ。 うらやましいか人間よ」




「何が羨ましいだ。 そんなに元気ならお前の食費分働け! 」




「何を訳のわからない事を言っている。 それは私が、外の世界に出ても良いと言っているのか?


 そうであるのならば、私は喜んでこの巣から羽ばたこうぞ」




 彼女は背にある翼を小さく広げ、パタパタと羽ばたきだした。


 ニヤッとした表情で彼をじっと見つめながら。


 本気で飛ぼう等とはしていない。 彼女が飛ぶときはもっと羽根を大きくする。 こんな小さな状態の羽では彼女の体を持ち上げることすらできないから。


 これは彼女なりの冗談を混ぜた、お茶目な挑発だ。




「くっ、もういい。 明日も早いからもう寝るぞ! 」




「おい、待て。 そのポテチはまだ食べ終わってないぞ! 返してくれ」




「もうポテチはいい、また今度食べろ。


 もう電気消すから、早く歯磨けよ」






「待ってくれ、そんなことしたらポテチが湿気てしまう。


 お前、開けたものは最後まで責任を持って食べろと言うただろう。


 それに毎日のように言っていたではないか。 お残しはいけませんと。


 開けたのはわたしだ。 最後まで責任をもつ。 だからそれを渡してくれ」




「アホか。 それとこれとは別だ」




 ユウカは中のポテチが湿気ないように袋の裂けた口を、残ったポテチの方向へ小さく折り、くるむように巻いていく。


 しかし、折っても折っても中のポテチに当たらない。


 袋の中身はほとんど空だ。




「はぁぁ。


 まぁ、もう袋の中ほとんど残ってねぇし。


 もういいか。 これ食ったらもう寝ろよ」






 彼女は嬉しそうだった。




「おお。 そうか。

 うむ。 わかった」




 嬉そうに手を伸ばしてきてポテチを受け取った。


 またバリバリとつまみ出す。




 はぁ、何だかんだで最後はいつもこいつの思い通りになるな。




 して、やられている気分だと、ユウカは彼女を見つめながら思った。







 少しでも早く眠りたいユウカは、寝るのが遅くならないよう、床に布団を引き始める。


 もちろん、この布団はいつもユウカが寝る布団ではない。




 ベッドの上でむしゃむしゃとポテチを食べている彼女の布団である。






 床に散らばっていた袋の食べかすもしっかりとユウカは掃除した。




「明日は早いんだ。 俺はもう寝るぞ。


 食べたらちゃんと歯を磨いて、今手に持ってる袋はちゃんとごみ箱に捨てて、電気を消してから寝ろよ」








「うむ。 わかっておる。


 んんん~、やはりこやつはおいしいなぁ。 これを考えたものは天才だ。


 やはりポテトスナッチは最高じゃ」




 彼女はひょっと身軽にベッドから降りる。

 静かにそろっと部屋を出て、戻る。




 ユウカの寝ている姿を見ながら微笑むと、電気を消して、彼女も布団に入った。

明日も早いからである。



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