第653話 小人族の現状
小人族であるイッスン派のリーダー・ホーシは小さいながらその雰囲気は武人然としていて、威風堂々としているが、声質や言葉尻が可愛いのでそのギャップにエアリスやラグーネ、シオンなどは心の中で「可愛い!」と思っていたのは秘密であった。
もちろん、小人族の武人が可愛いと言われるのを嫌うという事は、聞いていたから全員それを口にしない。
タウロはそんな仲間の心情が手に取るほど理解出来たが、それを口にせず、ホーシと交渉して北のチービン派、南のドージ派に面会の為の使者を出してもらう事にした。
タウロ達が直接訪問しても会える事はないだろうというのが、ホーシの判断だったからだ。
その間は、イッスン派内の勢力圏を見て回って良いとの事で、案内人も付けてもらえる事になった。
「案内人兼護衛役を務めるシャルル・ペローでしゅ。シャルと呼んでくだしゃい」
シャルル・ペローという名の小人族の男は、タウロと同じくすんだ金髪で紫色の目を持ち、その出で立ちは冒険者のように小さいサイズの革の装備に身を包んだ戦士であった。
武器は人と変わらない大きさの槍を右手に腰に小剣、背中に盾を背負っている。
背丈は当然小人だから小さいが、その大きさは一メートルはあるかもしれない。
小人の中では大きい部類だ。
「シャル、よろしく。僕の事はタウロと呼んで下さい」
「タウロ様でしゅね。わかりましゅた。どこか行きたいところはありましゅか?」
シャルはタウロ達の希望を聞いてくれた。
「まずはここまで案内してくれた検問所の責任者である彼を元の場所に届けたいかな……」
タウロはそう言うと、これまで同行してくれた責任者に視線を向けた。
「それなら、こちらで馬車を用意して送らせるでしゅ。ご心配には及ばないでしゅ」
シャルはそう応じると近くの小人族にテキパキと指示を出す。
どうやら、シャルはこのイッスン派の中でも偉い人物のようだ。
小人責任者の彼も、
「小人族最強の剣士シャルル様のお手数をお掛けするわけにはいかないでしゅ!」
と恐縮するのだから確実だろう。
だがシャルはそんな事は意に介さず、ここまでの責任者の労を労い、馬車に乗せる。
タウロ達も改めて小人責任者に感謝の言葉をかけて見送るのであった。
「シャルさんは小人族を代表する剣士なんですね」
タウロは責任者が最後の言っていた言葉を覚えていて、それを確認する為に聞く。
「最強かはわからないでしゅが、小人族の戦士としての誇りは持っているでしゅ」
シャルは恐縮する事なくタウロの疑問に応じた。
イッスン派のリーダー・ホーシも強そうな雰囲気があったが、このシャルもかなりの手練れかもしれないとは思っていた。
それだけに実際予想よりもはるかに偉い? 人物を自分達の案内役に付けてくれた事に恐縮するところである。
「そんな人に僕達の道案内兼護衛役なんて役目をさせてすみません」
タウロはシャルが不満に思っているのではないかと考えて答えた。
「いえ、タウロ様は領主だと聞いていましゅ。そんな人物にもしもの事があった場合は我がイッスン派の恥なのでホーシ様は当然の判断でしゅ」
シャルはホーシの事を尊敬しているのかその判断に疑問はないようだ。
「それなら良かった。──では、チービン派勢力圏近くまで行き、こことの違いを感じてみたいのですがよろしいですか?」
タウロは安堵すると、お言葉に甘える形で希望を口にした。
「チービン派勢力圏近くでしゅか? それはまた大胆でしゅね……。わかりましゅた。ホーシ様からはタウロ様のご要望には極力お応えするようにと言われているでしゅ。それでは案内するでしゅ」
シャルはタウロが見かけよりも大胆な性格のようだと軽く驚くと、応じた。
そして、エルフのアグラリエル女史はホーシの下に残り、タウロと一行はガロに跨ると、案内役のシャルも乗せて、北を目指すのであった。
「──ここが、チービン派勢力圏近くですか……」
タウロはシャルが指差して一つ一つ教えてくれた場所を見て、そう漏らした。
お互いの勢力圏が重なる地域は思った以上に荒れ果てており、チービン派、イッスン派の境には小さいが砦も作られ、厳戒態勢なのがよくわかる。
「チービン派は人族に対して敵対姿勢を取っているので、人族との交流再開を求めるイッスン派とはこの数年というもの激しく衝突していましゅ。数日前もチービン派の部隊がイッスン派勢力圏に侵入して砦を襲う事件があって双方で死人もかなり出たばかりでしゅ」
シャルが最近の現状を教えてくれた。
「そんなに衝突しているんですか?」
タウロもこれには驚いた。
同じ小人族だから、争っているとはいえまだ、話し合いの余地があると思っていたのだ。
同じ小人族同士でもそんな感じだと、人族であるタウロとの交渉に応じてくれるとはとても思えない。
「チービン派は、イッスン派も攻撃しましゅが、慎重なドージ派ともぶつかっているのでしゅ。かと言ってイッスン派とドージ派が仲が良いかと言われると微妙なのでしゅ」
シャルは深刻な状況を教えてくれた。
「これは想像をはるかに超えているなぁ……」
タウロもそれを聞いて、イッスン派リーダーのホーシに無理なお願いをしていたのだと反省する思いである。
「でも、ドージ派とはまだ、話し合いの余地がありそうな気がするけど……」
エアリスが二人の会話を聞いていて、そう指摘した。
「ドージ派は人族と対等に渡り合う為に力を付けている最中なので、慎重派という扱いになっていましゅが、結構好戦的でしゅ。イッスン派ともそういう意味ではぶつかる事が多いでしゅ」
シャルの話を聞くと、どちらも説得のしようが無いように聞こえてくる。
「うーん……。この数年、小人族のみんなは人族との交流を断った事で困った事とかないですか?」
タウロは自分にも何かできる事があるはずだと考え、シャルに聞いた。
「そうでしゅね……。食料は自給自足してましゅし、困っている事と言ったら、装備品の入手が難しくなった事でしゅかね? 人族の交易所を通してドワーフ自治区から質の良い武器や防具などの装備品は以前、よく仕入れていたでしゅが、今はそれができないので特にイッスン派は不足気味でしゅ」
「チービン派とドージ派は、蜥蜴人自治区を通してドワーフ自治区から入手しているという事ですか?」
「噂ではそうみたいでしゅ。でも、蜥蜴人自治区から入って来る品は限られていて、かなり足元を見られているらしいでしゅ」
シャルはそう言うと、自分の手にする槍を握り直す。
確かにシャルの装備は手入れが行き届いているが、かなり使い込まれている感がある。
「なるほど……。これからはエルフ自治区を通してイッスン派には求めるものをいくらでも運び込む事でホーシさんとは話が付いているので安心してください。──他には懐柔または説得材料はないでしょうか?」
タウロはこのシャルという戦士が気に入りつつあった。
血の気が多いらしい小人族で最強の戦士らしいが、いたって冷静で話も分かる。
それに、客観的に自分達を見られているのがいい。
「……小人族は戦士が力を持っているので、力を示すのが一番手っ取り早いというのはありましゅ。でも、最低限相手を説得する材料は、必要でしゅね」
シャルは少し考えるとそう答えた。
「力ですか……。──今回、セトやロックシリーズを連れて来たのは正解だったかもしれない……」
タウロは少し考えるとそうつぶやくのであった。
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