第543話 二人の一夜

 ラグーネ達仲間に対しての交際報告が行われたタウロとエアリスであったが、翌日にはヴァンダイン侯爵に一年振りの挨拶と交際報告の為にラグーネの『次元回廊』で訪問した。


 ヴァンダイン侯爵は、一年振りの挨拶だけでも驚きなのに、その間、まだ、交際していなかったのかと最初は呆れていたが、娘のエアリスが幸せそうだったのでそれだけで十分だと満足していた。


 ヴァンダイン侯爵の新たな妻であり、エアリスの元メイドであったメイは元主とタウロとの結婚前提の交際に涙を流して喜んでいた。


 エアリスはそんなメイを私の母親なんだからしっかりしてと叱咤しつつ、もらい泣きしていた。


 そんな報告も終えると、エアリスは双子の赤子にも会い、あやしたりして一日ヴァンダイン侯爵領に滞在すると、そのまま一晩泊まる事にした。


 二人は別々の部屋を用意されたのだが、エアリスがタウロの寝室を訪れた。


 寝間着姿だが、すでに成人して美しい女性になっているエアリスはとても魅力的に映る。


「ど、どうしたの?」


 タウロはそんなエアリスを意識してドキドキするのだったが、部屋の前で話すわけにもいかず室内に通した。


「一緒に寝ようかなと思って」


 エアリスはすでに大人の女性としての魅力を存分に醸しているが、そちらの意味での中身はまだ、少女のままだから、口にしている言葉はそのままの意味だろう。


 それを理解したタウロは苦笑交じりに、


「さすがにみんながいる時には、一緒に寝れないもんね」


 と、応じてベッドに上がる。


 エアリスも続いてベッドに上がるとするりと布団に入り、タウロの横に密着した。


 そして、タウロの方に少し体を向けるとタウロの右手を両手で包むように握る。


「……こうしたかった」


 エアリスは照れ臭そうに顔を赤らめて言う。


 エアリスから醸すいい香りと積極的な行動で不意を突かれた状態のタウロは頭に血が上り緊張するのであったが、その手を握り返して、エアリスの方に体を向けた。


 二人共見つめ合うような姿勢であったが、どちらとも奥手の上にそういった知識がほとんどないから、ドキドキする時間だけが過ぎる。


「……これからもよろしくね」


 タウロは手を握ったまま、エアリスのおでこにおでこを合わせると目を瞑ってお願いする。


「……うん。私もよろしく。──じゃあ、明日も早いし寝ようか」


 エアリスは嬉しそうに応じると、握っていた手を放し、布団に少し潜り込むと、タウロをぎゅっと抱きしめる。


「!──エアリス?」


 タウロは密着するエアリスを全身に感じて驚いたが、その抱きしめる感じが優しく心地よかったので緊張はしなかった。


「……タウロとこうしていると、落ち着く……」


 エアリスはタウロの胸元におでこを当ててそう言うと、時間を置かずに寝息を立て始めた。


 エアリスを軽く抱きしめるとタウロも同じように落ち着くのか、すぐにそのまま眠りにつくのであった。



 翌日の朝。


 エアリスが目を覚ますと、タウロはすでに起きて傍で横になっていた。


「おはよう」


 タウロが目覚めたエアリスに言うと、エアリスもそれに応じた。


「おはよう……。あ、……私が起きるまで傍に居てくれたのね、ありがとう」


 エアリスは眠そうにしていたが、タウロの気遣いを察して嬉しそうに笑顔で感謝する。


 そして、ベッドから起きると、自室に戻る事にした。


 タウロはそれを見送ると、一人になった部屋で思う。


「彼女と添い寝か……。前世でも経験した事なかったけど、これは良いものだ」


 タウロは満足げに初体験を喜ぶと身支度を整えるのであった。



 ヴァンダイン侯爵はタウロとエアリス、そして、その仲間達を見送るべく、玄関先に妻のメイ、そして、双子の弟妹、それに侯爵領の守護者である真聖女マリア達を連れて集合していた。


「タウロ君。うちの娘をこれからも頼むぞ。──それとだ。君はあと一年したら成人だ。その時は一緒にお酒を飲もうじゃないか」


 ヴァンダイン侯爵は、タウロがお気に入りだったから終始ご機嫌で、タウロが成人したら一緒に酒を酌み交わそうと約束をする。


「その時は地方の良いお酒を見つけて用意しておきますね」


 とタウロも応じた。


「パパ、まだ、先でどうなるかわからないのだからあまり先走らないでね」


 エアリスは父親が一人盛り上がるのを自制するように言う。


「エアリス、男親にとって、息子や娘の夫とお酒を酌み交わすというのは夢なんだぞ?」


 ヴァンダイン侯爵は結構真剣な表情でエアリスに答える。


「だから、気が早いわよ。タウロだって、私にいつか飽きるかもしれないでしょ」


「「それはない!」」


 タウロとヴァンダイン侯爵は息を合わせたように、間髪を入れず答えた。


 エアリスはそんな二人を見て少し嬉しそうに笑う。


「ふふふ。わかったから、タウロ、もう行きましょう。──ラグーネお願い」


 エアリスはその場を仕切ると、ラグーネに『次元回廊』をお願いする。


「何だ、もう良いのか?一年振りなのだから、もう少し、いいぞ?」


「来ようと思えばいつでも来られるじゃない」


 エアリスはそう言うと、双子の弟妹にお別れのキスをすると、タウロ達と手を繋ぐ。


 そして、ラグーネが『次元回廊』を開き、タウロが『空間転移』を口にすると、一行は北部の街スウェンへと戻るのであった。


「……行ってしまったか。はぁ……」


 ヴァンダイン侯爵は残念そうに溜息をつく。


「エアリス様が元気で良かったですね」


 妻のメイはいまだに仕えていた頃の癖が抜けず、エアリスを様付で呼ぶ。


「やっとタウロ君との間に進展があったのは本当に良かった……。エアリスも幸せそうだし満足するとしよう……。──そうだ、グラウニュート伯爵にも知らせないといけない。シープス、手紙の用意を」


 ヴァンダイン侯爵は執事にそう言うと執務室に直行するのであった。

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