第541話 二人の記念日
タウロとエアリスの正式な初デートはいつもの感じになっていた。
タウロが能力の実験や発明の類にエアリスが一緒するというもので、今回は買い物直後から変な方向にいってお昼は街外れの広場で焼肉をしている。
「……これデートでいいのか?」
新たに得た『気配遮断』を駆使して二人のデートを覗き見ているアンクがそう漏らした。
「……いつもの感じですね」
同じく新たに得た『気配遮断』を駆使してアンク同様に覗き見ていたシオンが感想を漏らす。
「二人共いつもの雰囲気だが、楽しそうだから良いのではないか?」
同じく『気配遮断』でタウロ達に気づかれないように様子を窺っていたラグーネがアンクとシオンを窘めるように言う。
「せっかく二人共両思いである事が確認出来たんだから、何というか、こうもっとあるだろう?」
アンクがもどかしげに言う。
「だからと言って、急に距離が縮まるという間柄でもないだろう? 元々距離は近かったのだ。それに二人はそういう事には疎いのだから仕方ないだろう」
ラグーネはアンクの言う事に理解を示しつつも、もっともな事を言った。
「それにしても、エアリスさんが絶賛している『焼肉のタレ』ってそんなに美味しいのでしょうか?」
肉の焼けるいい匂いが風に乗って漂って来たのでシオンがそれを嗅ぎながら言う。
「……二人がデートから戻ったら、食べさせてもらおう」
アンクも漂ってくる匂いにごくりと生唾を飲み込みながら応じた。
「この辺で気づかれる前に帰るぞ、二人共。──これから三人でご飯を食べに行こう」
ラグーネは二人を注意しつつ、漂ってくるいい香りのせいで自身もお腹が空いたので、食事に誘うのであった。
「……あの三人は何をやっているのかな?」
タウロは能力『真眼』でラグーネ達三人が『気配遮断』を使って自分達を盗み見ている事に気づいていた。
タウロには、『アンチ阻害』という能力があるから、どんなに優れた『気配遮断』でも見抜く力を持っている。
あとは距離の問題だが、それも『竜の穴』の修行で少し伸びたのでラグーネ達の場所は感知圏内だ。
「どうしたの?」
エアリスが焼肉に満足して「ご馳走様でした」と言った後に、タウロの言葉に反応した。
「いや、何でもないよ。それより、この後どうしようか?」
「まだ、お昼だし、タウロが他にやりたい事あるなら、それに付き合うわよ?」
エアリスはいつもの笑顔でいつもの台詞で答える。
「……そうだなぁ。ちょっと遠出しようか?」
「遠出って、街の外? ──別にいいけど、帰りの時間を考えて行かないといけないわよ?」
夕方には街の城門が閉じられるので、その時間を気にしてエアリスは答えた。
「ちょっと景色が良いところが良いかな」
タウロはそう言うと、マジック収納から出していた物を全て片付け始める。
「景色が良いところ? ここから見えるところだと、あの山かしら? あそこにある展望台から見下ろす夕方の街並みが綺麗らしいわよ? でも、距離があるから帰ってこられないわ。……うーん、どこがいいかしら?」
エアリスがタウロの釈然としない抽象的な言葉に答えつつ、候補を考え始めた。
「それなら問題ないよ」
荷物を片付け終わったタウロはそう答えると、エアリスの手を握り、『瞬間移動』を使った。
次の瞬間にはエアリスが言っていたスウェンの街を見下ろせる山の頂付近に移動していた。
「!──……そうだった、タウロには『瞬間移動』があるのよね。でも、こんなにも遠い距離を一度に移動できたの?」
エアリスは五人で移動は数百メートルが限界だと思っていたから、数キロ離れているであろう山の頂近くの展望台まで移動した事を理解して軽く驚いた。
「ぺらと僕、エアリスくらいまでならそれなりの距離を移動できるんだけどね。それ以上になると一気に移動距離が落ちるんだよ」
タウロは苦笑してエアリスの疑問に答えた。
「そうだったの?相変わらずタウロの能力は使い方を考えさせられるわね。ふふふ」
エアリスは相変わらず規格外の能力を持つタウロを楽しそうに笑った。
「……ここは、確かに景色がいいね」
タウロは山の麓にあるスウェンの街を見下ろしながら、月並みな感想を漏らした。
「本当ね。でも、場所的にあんまり人は来ないみたい」
エアリスは周囲に観光客が誰もいないので苦笑して答えた。
「個人的にはそっちの方が、ゆっくり出来て僕は良いかな」
タウロは何か考え事があるのか心ここにあらずといった雰囲気で答える。
「?──私もタウロと二人っきりは珍しいからそれで良いかも」
厳密にはぺらも含めると二人ではないが、エアリスはタウロの様子に疑問に思いながらも、勇気を出してタウロの腕にそっと手を回した。
それから二人はしばらく無言で、景色を眺めていた。
だがそれは気まずいものではなく穏やかに流れる時間である。
タウロも考えがまとまったのかその時間をゆったりと楽しむ余裕が生まれはじめていた。
時間は流れ気づくと太陽が傾き、夕暮れ時に差し掛かる。
スウェンの街もその夕暮れに照らされながら、生活を示す光が街中に灯されはじめ、それがまた幻想的に映っていた。
「……綺麗ね」
エアリスが素直な感想も漏らす。
「……うん」
タウロも短く頷き答える。
そして、タウロがマジック収納から何やら取り出すとそれを両手で覆い、『創造魔法』と唱えた。
「?」
タウロの急な行動にエアリスは不思議そうに見ながらその手の平から漏れるまばゆい光に目を細める。
その光はすぐに消え、タウロが腕を組むエアリスの腕を解いて、その場に跪いた。
「え?」
エアリスはタウロの行動が理解出来なかった。
冷静に見れば、これはアレだろう。
だが、タウロがそれをするとは思っていなかったから、驚かずにはいられなかった。
「……いきなり、結婚してとは言えないけれど……。結婚を前提に僕とお付き合いしてくれませんか?」
タウロは顔を赤らめつつ、そう言うと先程『創造魔法』で作った物を手の平を広げて見せた。
そこには小さい指輪があり、夕暮れの光に反射して綺麗に見えた。
その指輪は黒色の金属で出来た輪に金色の模様が入り、エアリスの瞳の色である赤色の石が一つ埋め込まれていた。
黒色に金の模様はチーム『黒金の翼』と自分の髪の色を表現しているのだろうと、エアリスは理解した。
「……はい。私からもお願いします……!」
エアリスは頬を赤らめ、照れながら答えると、タウロの手の平から指輪を受け取り、薬指に嵌めた。
そして、夕日に照らされながらタウロに抱きつく。
タウロもそのエアリスを抱きしめ返すと、二人のシルエットが重なるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます