第530話 尋問と釈放

 タウロとシオンは未成年という事で尋問だけだったが、エアリス、ラグーネ、アンクは早々に拷問有りの尋問が行われていた。


 だが、この三人はどこ吹く風である。


 正直な話、『竜の穴』を経験している三人にとって軍施設の拷問はあくびが出るもので、殴る蹴る程度ではさほど痛痒を感じなかった。


 タウロ達は修行という名の地獄で、限界を何度も超えさせられた事で各種耐性能力も取得していたし、汎用性の高い、タウロも持っている『状態異常耐性』を全員が一年かけて獲得していた。


 だから、軽い拷問の類は痛くも痒くもないのだ。


 それどころかエアリス、ラグーネ、アンク、シオンの四人は『回復再生』能力も得ており、軽い怪我ならほっといておいても治る。


 だから、エアリス達はピンピンとしていて、逆に尋問していた軍関係者の方が、息を荒くして疲労困憊の状態であった。


「一応、言っておくけど私はヴァンダイン侯爵令嬢で王国名誉魔導士ですからね?この件は王家に報告するわよ?」


 エアリスは涼しい顔ながら、みんなも拷問を受けているのかもしれないと思うと、自分の身分を誇示してけん制する事にした。


 こういう地位を誇示するやり方はタウロが嫌がるから自分もしたくないが、この緊急時にはそうも言っていられない。


「自称侯爵令嬢が名誉子爵率いる冒険者チームの一員を名乗って、国の軍事施設に侵入するわけがないでしょう?」


 新しく尋問を変わった女性兵士が、暴力に頼らず尋問を始めた。


「通過してただけじゃない。私達はスウェンの街を目指して近道に使っただけ。先に来た私達の偽者の方がよっぽど怪しいじゃない。帝国帰りの冒険者が王国の軍事施設を見学するなんて十分怪しいに決まってるでしょ。あなた達馬鹿なの?」


 エアリスは正論を尋問官に指摘した。


「先に来たジーロシュガー名誉子爵は、立派な方だったわ。若いのに謙虚でその身分を笠に着ず、仲間の意見を優先するような人物だった。それに上司もその人柄を保証した以上、私達はそれを基本に動くに決まっているでしょ!」


 女性尋問官は偽者にあったようだ。


 そして、上司の判断に基づいて尋問を進めている。


 そうなるとこれ以上は何を言っても無駄なようだが、エアリスは女性尋問官の物言いが少し気になった。


「とてもわかりづらいけど……、あなた『魅了』にかかっているわね?……なるほど、タウロの偽者は『魅了』を使う人物か……」


 エアリスは女性尋問官の周囲に漂う微かな魔力の残滓からそう気づいた。


「何を馬鹿な事を。そんな御伽噺の能力が存在するわけないでしょう」


 女性尋問官はエアリスの言葉を鼻で笑うと呆れて見せた。


「はぁ……。それがあるのよ。──『魅了』発動」


 エアリスはそう告げると、能力として得た力を発動した。


 女性尋問官は普通にマッチョな男性が好みの一般的な女子だったが、急に目の前のエアリスがとても魅力的に映る。


 元々、美人でスタイルも良く魅力にあふれる女性だとは思っていたが、女性尋問官としてはエアリスに対して嫉妬を向けていたくらいだったから、自分の感情に困惑した。


「……ね?わかったでしょ。これが『魅了』の力。こういうの嫌いだから私は封印しているんだけど、危険な能力なのよ」


 エアリスは女性尋問官に説明するとその能力を引っ込めた。


 だが、女性尋問官の熱い視線はエアリスにまだ向けられている。


「……好き♡」


 女性尋問官から、ぼそっと一言漏れた時、尋問室の扉が勢いよく開けられた。


「尋問は中止だ!」


 何かあったのか入ってきた兵士が中止を宣言する。


 開いた扉の隙間から同じような声が聞こえた。


 みんなのいる尋問室からの声のようだ。


 どうやら他も中止されたようである。


「……はっ!?……な、何があったのですか!?」


 女性尋問官はその声に、蕩けるような表情から、正気に戻って兵士に問い質した。


「タウロ・ジーロシュガー名誉子爵殿が本物だと証明された!上位鑑定士の鑑定結果だ!つまり、先に来たタウロ・ジーロシュガー一行が偽物の可能性が出て来たんだ!」


 血相を変えて兵士は告げると、エアリスに会釈し、その両手にされた手錠と足枷を外すように女性尋問官に命令するのであった。



 数十分前の事。


「私は研究で忙しいと言っていただろう?侵入者の一人や二人の為に私がなぜ出張らないといけないのだ」


 研究員と見られる白衣の男性が、兵士に連れられて愚痴を漏らしながらタウロのいる狭い尋問部屋に入って来た。


 尋問官はその上位鑑定士の研究員を宥めるとタウロの鑑定をお願いする。


「そう言わずに頼む。もしかしたら、かなりヤバい事になるかもしれないんだ」


「ヤバい事?子供の一人や二人、ちょっといつもの拷問で吐かせればすぐだろうに……」


 研究員はぶつぶつと文句を言いながら、タウロを鑑定する。


 タウロも人物鑑定という事で、普段発動している『鑑定阻害(極)』を一時的に解いた。


「どれどれ……。『サート王国第五王子フルーエ殿下の親友。グラウニュート伯爵家の養子ながら長男』。『国王陛下直々にジーロシュガー名誉子爵を叙爵された最年少の人物』。『冒険者としてB-ランク昇格も最年少記録を塗り替えた一流冒険者』。あれ? 俺の『鑑定』能力、ちゃんと機能しているよな……? おいおい……。どこが偽者を証明する為の鑑定だ!? この方は本物じゃないか! というかこの肩書きの数はとんでもなくヤバいぞ! ──俺は何も知らないからな!」


 研究員は今までに見た事がないような肩書き内容の人物鑑定結果に、目を大きく見開いて驚くと、事実を尋問官に伝えて関係性を否定して保身に走る。


 その口調は、完全に尋問官を責めるものであった。


 タウロの肩書きには「宰相のお気に入り」や、「ハラグーラ侯爵派閥を瓦解させた立役者」「闇落ち勇者を討伐せし者」など、意味不明だが明らかに凄いものであろうと予想できるものが沢山あり過ぎて、全てに目を通すのを諦めたくらいだ。


「驚くのは良いですが、そろそろ手錠と足枷を外してもらっていいですか?」


 タウロが無垢な笑顔で答える。


 それが尋問官にはもの凄く圧を感じるものであった。


「は、はい、ただいま!」


 尋問官は慌ててカギを部下に持って来させて外させる。


「仲間のみんなもすぐに釈放してくれますよね?」


 タウロがまたも凄みのある笑顔でニッコリと促す。


「しょ、承知しました!」


 尋問官は真っ青な顔で外に飛び出すと、各部屋の前に立っている兵士達に命令を出すのであった。



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