第515話 能力の強奪

 飲み屋通りの裏手、人気のない広場の一角。


 そこには、気を失って倒れているアンクと、タウロが討ち取ったハラグーラ侯爵から仕向けられた刺客であり、勇者スキルを持つアレクサという青年がその場に絶命していた。


 立ち尽くすタウロの脳裏に「世界の声」が響き渡った。


「特殊スキル【&%$#】の発動条件の1つ<闇落ち勇者の命を奪いし者>を確認。[無作為ランダム強奪(弱)]を取得しました。勇者の能力の強奪に挑戦。……能力『豪運』が発動しました。……勇者の能力『瞬間移動』を強奪しました」


 タウロはギョッとした。


 真聖女から聞いていた通り、やはり、自分が倒した男は勇者のようだ。


 そして、闇落ち……とは。


 やはり、ハラグーラ侯爵の元で手を汚して戻れないところまで行ってしまったという事だろうか?


 勇者スキルを持つ程の人物が悪党貴族の片棒を担ぎ、悪に染まったのには、何か理由があるのだろうが、殺してしまった今となっては確認のしようもない。


 その時であった。


 勇者アレクサの体が光を発した。


 そして、タウロが負わせた刺し傷が、見る見るうちに塞がっていく。


 何かの能力であろうか?


 タウロにも『超回復再生』や、『自動自己蘇生術』があるから、この勇者にもそういった類の能力があるのかもしれない。


 傷口が塞がると、今度は体に見てわかる程の放電が起きた。


 体がビクンと動く。


 そして、それが三度続いたが、四度目は無くピタリと止む。


 どうやら、それで打ち止めのようだ。


 タウロは次の瞬間、その勇者の心臓マッサージを始めていた。


 先程まで自分達を殺そうとしていた相手だ。助ける必要はない。


 だが、タウロは心臓マッサージを続けると、人工呼吸までする。


 そして、心臓に耳を当てた。


 動いている……!


 タウロはそれを確認すると、勇者を拘束した。


 もちろん、警備隊に引き渡す為だ。


 先程の『世界の声』の通りなら、この勇者の奥の手とも言える能力『瞬間移動』はタウロに奪われ使えないはず。


 背後にハラグーラ侯爵がいるのはわかっているから、もしかしたら、すぐに釈放されるかもしれないが、タウロも名誉子爵、そして、王家との繋がりもあるから、それらを駆使して勇者を拘束、尋問して証拠を搾り取りたいところである。


「倒れているアンクとこの勇者を連れて移動したいところだけど……。早速、『瞬間移動』を使ってみるかな?」


 タウロは試しに、まず一人でどんなものか試してみる事にした。


 なにしろ『空間転移』の例がある。


 あの時は、少しの距離しか移動できない上に、一人のみ、さらには一度での魔力消費量が膨大だった。


 のちにダンジョン内で使用するものだとわかったが、当時の残念感は半端なかったから、『無作為強奪(弱)』などという怪しい能力で奪ったものが、どの程度使えるものか疑うところだ。


「『瞬間移動』!」


 タウロは移動先をイメージすると能力名を唱える。


 すると広場の傍にある家の屋根の上にタウロは立っていた。


「おお!」


 タウロは人の家の屋根の上で歓喜の声を上げる。


『空間転移』と比べて魔力消費量も大した事がなさそうだし、何よりこれはかなり便利だ。


 正直、勇者との戦いではすました顔で『空間転移』を連発したが、ダンジョン以外での使用による魔力消費はかなりのものであったから、実はかなり疲れていた。


 タウロは屋根の上で魔力回復ポーションを牛乳でも飲むかのような腰に手を当てた状態で飲み干す。


「ぷはー、不味い!だけど生きてる!」


 と、感想を漏らしていると、家から出て来た家主に怒られ、タウロは平謝りで屋根から降りるのであった。



「よし、まずは、この勇者を警備隊か王国騎士団……、いや、近衛騎士団に引き渡すべきかな?」


 タウロは引き渡す相手を悩んだが、近衛騎士団の団長なら、知らない相手ではない。


 突然訪れても説明も楽だし、理解を示してくれるだろう。


 そして、対人戦闘能力に優れているのが近衛騎士団だから、勇者でも逃げ出すのは難しいはず、さらには近衛騎士団の仕える先は王家のみだから他の介入を許さない。


 そこへ、アンクが目を開いた。


「……ここは……?リーダー……、奴は……?──どうやら、捕まえたみたいだな……」


 アンクは回らない頭で状況を把握しようと、周囲に視線を向ける。


 そして、視界に倒れている勇者アレクサが入り、拘束されているのを確認した。


「今から、この勇者を近衛騎士団本部まで運ぶから、アンクも一緒に行くよ」


 タウロが倒れたアンクの腕を掴む。


「俺はここで待って──」


 次の瞬間、アンクは拘束された勇者と共に、近衛騎士団本部、騎士団長執務室の絨毯の上に寝転がっていた。


「……!?」


 アンクは意識が遠のく中、突然現れた自分達に驚く騎士団長と、護衛の騎士団員が色めき立つ声を聞いてから、完全に気を失うのであった。



『黒金の翼』のアンク、シオンは王都のグラウニュート伯爵邸で集中治療が行われた。


 一命を取り留めたとはいえ、それは一時的なものであり、重体である事に変わりはなかったのだ。


 ラグーネの行方はわからないままであったが、きっと『次元回廊』の出入り口に設定してある竜人族の村の自宅か、ヴァンダイン侯爵本領のエアリスの自宅にいるはずである。


 どちらに移動していたとしても助かる可能性は高いから、タウロもエアリスも無事だと信じる事にした。


 だから二人はアンクとシオンの容態が安定するまでの間、ずっと付きっきりで看病している。


 エアリスはもちろん、治療にあたっていたし、タウロは自分に出来る事をという事で、王家を訪れ、名医の手配を頼んだりもしていた。


 結局のところ、タウロの上質なポーション生産技術とエアリスの治療技術が一番優秀なのを確認しただけではあったのだが……。


 アンクは五日目の朝、意識を取り戻した。


 シオンは、十日後だ。


 ラグーネはまだ、音沙汰がない。


 さすがにまだ、動けないだろうから、ラグーネが王都のグラウニュート邸まで訪ねて来るのを待つしかないだろう。


 アンクもシオンも意識を取り戻したが、まだ、立ち上がる事が出来ないから、タウロとエアリスはじっくりとみんなの回復を待つのであった。

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