第513話 経験差での抵抗

 アンクは飲み屋通りにある常連の店を出て裏通りに入ると、そこの広場で酔いを醒ましていた。


 何か酔いを醒ました方が良いという本能、勘のようなものが働いていたのだ。


 そして、酔いが醒める一方で今度は悪寒が背中を走った。


「……!やはり嫌な予感がする……」


 アンクは広場の傍の井戸の水を汲んで桶から直接水を飲むと、周囲を警戒する。


「……そう言えば、何か見られている気もするな……。大分遠いところから感じるが、監視目的のスキルか?リーダーじゃあるまいし、何で俺が見られているんだ?」


 アンクは増々警戒感を強めた。


 次の瞬間。


 アンクは今日最大の悪寒が背中に走ると同時に殺気を背後に感じる。


 そして咄嗟に、振り返ろうと腰を捻った。


 捻った勢いで、背中に背負っている大魔剣が金属音を立てて何かを防いだ。


「ちっ!」


 その背後には、先程まで気配が無かったはずなのに、一人のフードを目深に被った人物が短剣を持って立っていた。


 アンクはすぐさま、刺客と距離を取る為に背後に飛ぶ。


 どうやら、背後から刺されるのを腰を捻る事で背負っていた大魔剣が危機一髪、防いでいたのだ。


「──何者だ、あんた?背後から刺されるような恨みを買った覚えは無くも無いが、そういうのは戦場に置いてきたつもりだが?」


 アンクは傭兵時代に買った恨みが原因かと頭を過ぎり、探りを入れるように返答を期待せずに問うてみた。


「一番、楽勝だと思ったんだが、歳の功か……」


 声から男のようだ。


「誰がおっさんだ!」


 アンクは大魔剣を抜かず、腰の短剣を抜いて構えた。


 勘で小回りの利く短剣の方が今は必要だと感じたのだ。


「……いよいよ経験も馬鹿に出来ないな」


 男はそうつぶやくと次の瞬間、アンクに距離を詰めて防具のない部分である腹部を狙ってきた。


「速っ!」


 アンクはこれもまた、咄嗟の反射神経のみで反応すると、小回りの利く短剣で相手の斬撃を辛うじて弾き返す。


 相手は次から次にアンクの急所を狙って突きや斬撃を繰り返した。


 アンクは的確な攻撃に防具と短剣を使ってギリギリのところで防いでいく。


「……どうやら、不得手な短剣では仕留められないようだ」


 フードを目深に被っている男はそう言うと、短剣をマジック収納に戻し、代わりに剣を取り出した。


 アンクは敵の剣を構える姿に、ここで全身の毛が逆立った。


 このままでは、殺されるかもしれない!


 自分最大限の実力を発揮してなお、生き残れるかどうか微妙なところかもしれないと、勘が警鐘を鳴らしている。


 アンクは短剣を鞘に納めると、ようやく大魔剣を構えた。


 短剣に比べて大魔剣は小回りは利かないが、相手も剣に切り替えたから相性は悪くない。


 だがそれでも、勝てる気がしない相手というのは竜人族くらいだが、この男は人間だ。


「……てめぇ。ハラグーラ侯爵のところの勇者スキル持ちだな?」


 アンクは直感でそう判断して口にした。


 敵の男はピクリと反応する。


「……貴様も確実に殺しておこう」


 勇者スキル持ちの敵、アレクサは剣を静かに構えた。


「先手必勝!」


 アンクは大魔剣を横凪に振るった。


 風魔法属性の飛ぶ斬撃を放つ。


 アンクのこの技は初見殺しだから、大抵の相手はこの攻撃に反応できない。


 しかし、勇者は違った。


 何か結界で守られているかのように、アンクの飛ぶ斬撃が弾け飛んだ。


「!」


「いよいよ、危険だな……。『黒金の翼』の中では、一番貴様を殺しておく必要があるようだ」


 勇者は剣を構え直すと、アンクに襲い掛かった。


 アンクの大魔剣は見た目の割にとても軽い。


 それはタウロのお陰で軽量化がなされているからだ。


 その大魔剣で勇者の斬撃を防ぐアンク。


「なんて重さの斬撃だ……!」


 アンクは冷や汗が一気に背中に沸いた。


 勇者はその大魔剣ごとアンクを斬り捨てようとするような攻撃を繰り出し続ける。


 アンクは防戦一方だ。


「これは驚いた……。私の剣の斬撃にこれ程耐えうる武器を知らないな」


 勇者は本当に驚いているようだ。


 そして続ける。


「奥の手でいこうか」


 勇者はそう言うと先程と変わらず、鋭く斬りかかった。


 アンクは大魔剣でそれに応じて防ぐ。


 次の瞬間、斬られていないはずのアンクの太ももが血飛沫を上げた。


「!?」


 アンクはどんな攻撃を受けたのかわからず驚くものの、傷は深いが致命傷ではない。


 だから痛みを無視した。


 そして、また斬撃を防ぐ。


 すると、今度は腹の辺りが斬られたように血飛沫を上げる。


 斬撃を防ぐ度に、防具のない体中の部分が斬られたように深手を負っていく。


「……この野郎。斬撃に紛れて風魔法使ってやがるな!?」


 アンクは勇者の手の内を驚く事に見抜いてみせた。


「……よく見抜いたな。なるほど、貴様が『黒金の翼』の主力というところか。貴様を殺ればあとの二人は楽そうだ」


 勇者の言葉に、ピクリとアンクは反応した。


「……何て言った?」


「貴様以外に残っているのは、リーダーの子供と、貴族の令嬢のみという事だ」


「てめぇ……。死んでも殺す……!」


 普段の飄々したアンクの姿はそこに無く、自分の血で赤く身を染めながらも怒りに燃える鬼がいた。


「死ぬのは貴様だ」


 勇者はそう言うと、斬撃から一転、不意を衝くように、懐に飛び込むと無防備なお腹に剣を突き刺した。


「ぐはっ!」


 内臓を傷つけられ、アンクが血を吐き出す。


「これで終わりだ」


「いや…、それはこっちのセリフだ……!逃がさんぞ……!」


 アンクは大魔剣を離した右手で勇者をがっちり掴み、その左手にはいつの間にか短剣が握られていた。


 その短剣を勇者の脇腹に刺す。


「ぐはっ!貴様、離せ!」


 勇者は、アンクを突き飛ばして離れた。


 その弾みで腹部に刺された剣も抜かれる。


「私に手傷を負わせるとはな……。止めも刺しておこう」


 勇者は、腹部の傷を無視して倒れて瀕死のアンクに近づく。


 その時であった。


 馬の蹄の音がにわかに近づいて来る。


 そして、その音の主である馬が視界に入ると、その馬上の子供から矢が放たれた。


 勇者は正確に自分を狙う矢を躱す為に、『瞬間移動』でアンクから離れる。


 馬上のタウロはその間に入ると同時に、その手にはポーションが握られていて、すぐさま、アンクに掛けて治療した。


「ごめん、待たせた!あとは僕が、引き継ぐ!」


 タウロは勇者から視線を離さずに、二本目三本目とアンクにポーションの中身を掛けていく。


 左手には小剣『タウロ改』を握り締めてだ。


「そっちから来るとは手間が省けた。──その男はもう、助からないさ」


 勇者はタウロのポーションがどの程度のものか知らずに答えると、最後の標的にしていた『黒金の翼』のリーダーと対峙する。


「あなたを倒した後で、アンクはじっくり治療するので大丈夫です」


 タウロはそう言いながらも、アンクにポーションを掛ける手を止めないのであった。

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