第512話 死の際
王都では国内での聖女一行案内責任者であった王太子が急遽、病で呼び戻されたという事が正式に発表された。
心の病とすれば、嘘は発表していない。
王家も苦悩の決断だろう。
フルーエ王子の言う通りなら、数日後には王太子は病を理由にその地位を降りる事になるはずだ。
そして、治療と称して、塔に幽閉される事になるだろう。
フルーエ王子とは暗い話ばかりになったが、また、冒険に出る事を喜んでくれた。
それだけに少し、王都から離れるのが辛く感じるタウロであった。
「もう少し、王都での滞在期間伸ばさない?」
エアリスが気を遣ったのかタウロにそう声を掛けた。
二人は王城を出て王都の街を歩いているところだ。
「そうだね……、それでいい?でも三人にもその事を相談しないといけないなぁ。今、三人はどこにいるんだろう?」
タウロはラグーネ達の場所をエアリスに聞く。
というのもエアリスは仲間限定でその位置をある程度把握できる魔法を覚えているからだ。
「ちょっと待って。……『魔力探知』」
エアリスが黒壇の杖を天に掲げて、魔法を唱える。
エアリスの魔力が水の波紋のように王都に広がっていく。
「あれ?ラグーネの気配が無いわ。もしかしたら、竜人族の村に帰っているのかも……。それにシオンの魔力があまり感じられない。場所は王都内だけど周囲に民家のないやけに開けた場所にいるみたい……。アンクの魔力もあるけど、そっちも微弱……。場所は、大衆飲み屋通り近く、その裏の通りの広場かしら……。──やっぱりこの感じ、おかしいわ!タウロ、私はシオンの方に向かうから、アンクの方はタウロが向かって!」
エアリスが仲間の魔力に異常を感じて、タウロにそう告げた。
丁度通りの角に宿屋があり、そこの傍に何頭もの馬が留め置かれている場所が見えた。
「う、うん、わかった!そこで馬を借りよう!──ぺら、念の為付いていってエアリスを守って!」
タウロのベルトに擬態していたスライムエンペラーのぺらは主の命令に擬態を解いてぴょんと跳ねるとエアリスの肩に飛び乗った。
二人はそこで宿屋の主人に大金を見せ、馬を手っ取り早く二頭借りると、二人共すぐに跨り、アンクとシオンの居場所にそれぞれ馬を走らせるのであった。
その数時間前の事。
ラグーネは王都の裁縫通りでシオンと二人、買い物をしていた。
「ラグーネさん、これ良くないですか?」
シオンが冒険とは関係なさそうな可愛いフリルが付いた服を自分に合わせるようにしてラグーネに見せた。
「シオンに似合っているんじゃないか?」
ラグーネがそう褒めた時であった。
店内の奥にいたシオンから見てラグーネは店先にいたのだが、その背後に人影が現れた気がした。
気がしたというのも、文字通り、一瞬そう見えたのだ。
そして、次の瞬間、その一瞬の人影と共に、視線の先にいたラグーネの姿が消えていた。
「え?」
シオンは一瞬の出来事に目を疑った。
慌てて手にしていた服を傍の棚に乱雑に戻すと店先に走る。
「ラグーネさん!?どこですか!?」
シオンが通りの左右を確認するがそこにラグーネの姿は無かった。
そして、その足元を見ると、まだ新しい血痕が残っていた。
文字通り、今、流れたばかりという感じの血痕がそこにはある。
シオンはその血痕がラグーネのものである直感でそう感じた。
呆然とシオンがその地面に落ちた血痕も見ていると、背中に熱いものを感じた。
そして、激痛が全身に走る。
「痛っ!」
そう叫んだ時、すでに裁縫通りから何もない空き地のようなところの中央にシオンは立っていた。
シオンはあまりの激痛に背中の辺りに手を回す。
刃物が刺さっていた。
そして、痛みと共に痺れが全身に駆け巡ってくる。
シオンは立っている事が出来ずに膝を突いた。
背後を見るとフード姿の人物が、立っている。
「……ここで待っていろ。もう一人に止めを刺したいのでな」
声からして男だろう。
その人物は、そう告げると次の瞬間にはその場から消えていた。
「……しゅ、瞬間移動……?」
シオンは全身に回る痺れに耐え切れず、その場に倒れ込むのであった。
ラグーネは裁縫店の店先で、背後に人の気配と殺気を感じた瞬間、それと同時に脇腹に激痛が走った。
そして、次の瞬間には人気の無い廃屋と思われる場所に立っていた。
脇腹には深々と短剣が刺さっている。
ラグーネは吐血してその場に膝を突く。
気配に背後を見ると、一瞬人影が見えたが、それも、消えていた。
「短剣に致死性の麻痺毒が塗られているな……」
ラグーネは全身に回る痛みと痺れからそうすぐに理解した。
そして、このまま、この場所にいたら先程の人影が戻ってくると、頭のどこかで理解出来た。
ラグーネは自分がこのままでは遠からず死ぬと感じた為、すぐに『次元回廊』を開き、飛び込むのであった。
シオンは周囲に何もない広場の中心でうつ伏せに倒れたまま、すぐに自己治癒を始めた。
特殊な麻痺毒のせいか、魔力を練るのも困難な状態であるが、これに近い特訓は竜人族の村の修行場、『竜の穴』で経験しているからそれは大丈夫であった。
一分くらいだろうか?自己治癒に専念していると、そこに、また、近くに気配を感じる。
誰かの足が視界に入った。
「やれやれ……。ほんの十五秒ほど目を離しただけで廃屋に閉じ込めたはずの死にかけが消えるとはな。止めを刺し切れなかったよ。だが、あの状態なら遠くには逃げられずにお陀仏だろう」
シオンは頭上から聞こえるその言葉にラグーネの事だと理解した。
「うん?この自慢の麻痺毒を食らった状態で自己治癒できるとは、さっきの竜人族の女といい、大した能力だな。だが、残念。今度はしっかり止めも刺す」
その男は、そう言うと、シオンの背中に短剣を突き刺した。
「きゃっ!」
痺れていてなお、激痛を感じてシオンが小さい悲鳴を上げる。
「主からは、苦しめて殺せと言われている。が、まだ、三人残っているからな。お前はすぐ死ね」
男はシオンの背中に刺した短剣を抜くと、今度は心臓の辺りに突き刺して止めを刺す。
シオンの焦点が見る見るうちに失われて行く。
「……タウロ様……」
シオンの指先が一瞬伸びて、地面にぱたりと落ちた。
「次の標的は、……飲み屋通りにいる男か」
男はシオンの死に興味が無いように、次の標的であるアンクの場所を口にして、その場から消えるのであった。
それから数秒後。
どくん!
シオンは息を吹き返した。
それはシオンがあらかじめ自分自身に掛けていた能力であったが、本人も本当にそれが活躍する瞬間が起きるとは思っていなかった。
しかし、そのお陰でとにかく生き返った。
だが、死にかけている事に変わりはない。
いや、どちにせよ、このままでは死ぬ。
最後の抵抗で心臓の位置を動かして即死は避けたものの、三か所も深々と刺され、出血も激しい。
シオンはとっさに出血を能力で抑えたが、長くはもたないだろう。
シオンは薄れゆく意識の中で、最善の策として数秒でも長く生き残る為に、仮死状態を選び、目を閉じるのであった。
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