第487話 懐かしき冒険者ギルド

 アンガスの鍛冶屋を後にしたタウロは、サイーシの街の散策を続けていた。


 自分がオーナーを務めるカレー屋はまだ、営業を続けていた。


 夕飯も終えているし、営業自体は支部長レオに任せているタウロは、遠目から繁盛しているのを確認すると、まだ、灯りが付いている冒険者ギルドに寄ってみた。


 外観が新しくなっていた冒険者ギルドだったが、室内はほとんど変わっていなかった。


 どうやら外装だけ修繕したようだ。


 タウロは変わっていない室内に少し感傷的な気分になった。


 室内には冒険者は全くおらず、夜間の事務兼受付業務を担当している男性が一人、何やら受付の奥で机に向かって作業をしている。


 タウロはその男性に声を掛けずに、室内のクエストの張り出された掲示板を軽く見て回った。


 三年以上前に自分がやっていたGランク、Fランクのクエストも当然あったし、当時は縁もないから見る事が無かったDランク帯のクエストを見てみると、こんな募集をしているのかと新たな驚きもある。


「おや? 君、冒険者かい?見かけないけど、夜からのクエストはお勧めしないよ。また、明日の朝に来な」


 夜の受付の男性はタウロに気づいて声を掛けるとそう勧めた。


 夜は日中のクエスト完了の報告が遅くなった冒険者達を相手にして処理する事がもっぱらであったからである。


「あ、すみません。以前ここで冒険者をしていて懐かしかったので、つい覗いて見ただけです」


 タウロは知らない男性ギルド職員にお詫びする。


「へー! まだそんなに若いのに? 以前という事は、俺がここに就職する前だろうから二年以上前かい? そりゃ、凄いな!それじゃあまるで、この街で語り継がれている少年冒険者みたいだな」


 男性職員は一人で寂しかったのか話し相手としてタウロに標的を絞ったのか話始めた。


 タウロも自分がいない間の話が聞けそうだと思ったのか男性職員に話を振ってみた。


「この冒険者ギルド・サイーシ支部には、通りで人形劇や語り部によって語り継がれる嘘のような少年冒険者の話があるのさ。それがタウロと言うんだが──」


 男性職員は大筋タウロの昔話を、多少尾ひれが付いた状態で話始めた。


「──とまぁ、嘘のような話なんだが、支部長やうちのソロのエース冒険者ミーナさん、同じくそれに並ぶチーム『青の守り手』、最近活躍が著しいチーム『五本の矢』なんかも、この少年冒険者の話をしているから実際にいたみたいだ。俺は二年前田舎からこの街に来てここに就職したから会った事はないんだがな」


 男性職員の長いタウロの思い出を話してくれた。


 タウロはその話を聞いて少し嬉しかった。


 と言うのも、まだ、ミーナや、ロイ率いる『青の守り手』などがこのサイーシ支部で未だ頑張っている事、さらにはそのタウロがお世話になった冒険者のみんなが未だに自分の事を覚えてくれていた事が、とても胸を熱くさせたのであった。


「そう言えば、ここの受付嬢にネイという人がいたと思うのですが、今はどうしているんでしょうか?」


 タウロは自分の面倒をよく見てくれた受付嬢ネイの現在の生活が気になった。


「ああ、ネイさんかい? ──あ、なんだい君。あの人を狙っていたのかな? まぁ、あの人、綺麗でかなりモテたからなぁ。冒険者の間でも人気があったし」


 人気があった?


 男性職員がネイを過去形で話した事にタウロは引っ掛かった。


「えっと、ネイさんは?」


 改めてタウロは確認する。


「ネイさんは、今もうちで受付嬢しているよ。ただし……」


 男性職員はタウロに話しづらそうに、少し勿体ぶった。


「ただし……?」


「ただし、あの人はもう結婚して人妻だから君も諦めな。俺も実は密かに憧れていたんだけど……。最近、一流冒険者がふらっと現われてネイさんと結婚してしまったんだよ。あれはショックだったなぁ。やっぱり、美人は凄い奴が相手だとすぐに落ちるのかと思ったよ」


「えー!? ネイさんが結婚!?」


 タウロは男性職員の言葉に恥も外聞もなく素直に驚いた。


 自分の知る受付嬢のネイさんはガードが固く沢山の冒険者に言い寄られていても笑顔でサラッとかわす人だった。そのネイさんが、フラッと現れた冒険者と結婚!?


 タウロは自分が知るネイと男性職員が話すネイが別人ではないかと思い始めた。


「えっと……。そのネイさんは茶色い長髪に黒い瞳、身長は百六十くらい。優しくてしっかりものの世話好きで笑顔が多い人ですか?」


「あ、ああ。そうだよ? やけに詳しいな、君。本当にネイさんが好きだったのか少年……。そりゃ、ショックだよな。突然現れた一見するとどこにでもいそうな地味目の冒険者だったからなぁ。俺じゃダメなのか!? っては思ったね。やはり、Bランク帯冒険者の肩書きが、受付嬢には魅力的なんだろうな」


 男性職員は溜息を吐くと、タウロに同情的な視線を送った。


「ちなみにその冒険者の名前って?」


「名前?何だったかなぁ……。支部長のレオさんや武芸教官のダズさんとも親しく話していたけど、名前が特徴なさ過ぎて忘れたなぁ……。モブ?だったかモーブだったか……」


 男性職員は考え込んで記憶を辿ってとんでもない名を何気に口にした。


「モーブって……。え、もしかしてチーム『銀剣』のモーブさん!?」


 タウロは驚いて男性職員に聞き返した。


「ああ、そんな名前の冒険者チームだった気がする! そう言えば、二人の会話で少年冒険者タウロの名が頻繁に出ていた気がするなぁ」


 男性職員がそうタウロに漏らすと、タウロは嬉しさに笑みがこぼれた。


 そっか……、ネイさんモーブさんと結婚したのか。なんか納得だ……。モーブさんも隅に置けないなぁ。いつの間に結婚するところまで話が進んでいたんだろう?


 タウロは何年もの間、モーブがサイーシの街を留守にしていたと思っていたので、それが結婚するくらいだ、その間に進展するような事が起きていたのだろうとしか予想できないのであった。


「その冒険者もこっちで欠員の出た冒険者を補充したら、ネイさんを置いてまた冒険に出て行ったけどな。あれ見て思ったね。冒険者との結婚は大変そうだってな。君も冒険者ならその辺り気を付けな。付き合うなら一緒に冒険する仲間とかが良いと思うぞ!」


「あはは……、そうですね。それではもう遅いのでこれで失礼します」


 タウロは男性職員のアドバイスを聞いて苦笑するとギルドを後にするのであった。

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