第486話 懐かしき鍛冶屋

 タウロは夜のサイーシの街を散歩していた。


 三年前のこの街ならこの時間お店は閉まり、通りは暗いのが当然だったが、今は夜も商売をしているお店が多い。


 やはり、ミスリル鉱石の需要が大きく人通りが多いからだろう。


 現在、この地は王家の預かりだからその収益も王家に入っている。


 どのくらいの額が年に王家に入っているのかは知らないが、このまま王家直轄領になった方が、旧サイーシ子爵領の領民は幸せかもしれないと思うタウロであった。


 通りではこの時間にも拘らず、人形劇を行っている者もいた。


 タウロはふと懐かしくなって歩みを止めてその人形劇を見てみる事にした。


 そう言えば、自分をモデルにした物語が広まった時期があったなぁ。


 タウロは自嘲気味に三年前を思い出した。


 それが嫌で、対抗策にリバーシを流行らせたのだが、それが王都に行くきっかけになり、ガーフィッシュ商会会長マーダイさんやバリエーラ宰相、今では身分を越えた友人フルーエ王子などと出会う事になったのだから人生はわからないものだ。


 あの時は、自分に力がなく、有名になる事を恐れ、ジーロ・シュガーの名を名乗って権力者などから狙われるのを避けたりもしていた。


 そんな自分を支部長のレオさんをはじめ、冒険者のモーブさん、受付嬢のネイさん、色んな冒険者のみんなには、とてもお世話になり、護ってもらってたなと、無力な当時を振り返るのだった。


 タウロは自然と変わってしまった通りの建物を通過していると、角に位置する小さいお店が変わらずにあった事に懐かしさを覚え、その路を曲がり、自然とある鍛冶屋の前までやって来てしまう。


 そこはアンガス鍛冶屋店だった。


 そのお店の店主、アンガスにはとてもお世話になった。


 鍛冶の事もそうだし、今使用している小剣『タウロ改』もアンガス製だ。


 どこまでもこの店主のドワーフのアンガスさんとは縁があるなと思うタウロであったが、訪れたアンガス鍛冶屋の店構えは以前の面影が無くなり、大きくなっていた。


「アンガスさん、お店建て替えたんだ……。ちょっと意外」


 今ではアンガスが王家に剣を納めるまでの名匠として有名になっている事は噂でも聞いていたから当然と言えば当然なのだが、以前のままのお店で鉄を打っている想像をしていたのでちょっと残念であった。


 お店はすでに閉店していたが、鍛冶スペースと思われる部屋の窓には明かりがあり、時折笑い声が聞こえてくる。


「アンガスさんの声じゃない?」


 タウロはその声に興味を惹かれると、庭の方に回って鍛冶スペースと思われるところを覗いた。


 そこには、見た事が無い若い鍛冶師たちが談笑していた。


 そこにアンガスの姿は無い。


「店先の看板にはアンガス鍛冶屋って書いていたけど……。誰?」


 タウロは首を傾げた。


「誰だい?もうお店は閉まっているよ。また、明日来てくれないか」


 若い鍛冶師がこちらを覗いているタウロに気づいて声を掛けてきた。


「あ、すみません。アンガスさんはおられますか?」


 タウロが、若い鍛冶師に聞く。


「アンガス師匠?──なんだ、また、弟子入り志願か?師匠はもう、明日に備えてお休みしている。それにこれ以上は弟子を取らないと言っているから帰んな!」


 若い鍛冶師達はどうやら、アンガスの弟子のようだ。


 他の弟子であろう者達も片付け作業の手を止めて、タウロを見ると、


「まだ、若いじゃないか。他所で十年は腕を磨いてから改めて来な」


 と、タウロに帰るように促した。


「いえ、弟子入り志願ではないのですが……、いないのなら仕方が無いです。言伝をお願いできますか?」


 タウロはアンガスに会えない事は残念だったが、お礼を伝言してもらう事にした。


「言伝?アンガス師匠は忙しい。内容にもよるが、問題のないものなら伝えてもいいぞ」


 弟子の鍛冶師達は散々この手の相手をしてきているのだろう、慣れた感じで反応した。


「それでは……。──アンガスさん、お久し振りです。あなたの打ってくれた小剣は殿下から確かに僕の元に届いています。そのお陰で何度も命拾いしました。ありがとうございます。いつまでも健康でいて下さい。──とお伝え下さい」


 タウロは一瞬目を閉じ、アンガスを脳裏に思い描きながら感謝を伝えるのであった。


 弟子の鍛冶師達は目の前の少年の言葉が理解出来ずポカンとしていたが、内容にちょっと引っ掛かるところがあったのか、名前を聞いてきた。


「あ、すみません。名乗っていませんでしたね。僕の名はタウロです。アンガスさんにはそう伝えればわかってもらえると思います」


 タウロは笑顔でそう答えると、一礼してその場を立ち去るのであった。



「タウロ……って」


 タウロが去った後のアンガスの弟子達は首を傾げた。


「アンガス師匠の大師匠がタウロって名前じゃなかったっけ?」


「そうだけど、タウロってどこにでもいる名前だからなぁ。それに相手は子供だぞ?アンガス師匠の先生なら、もっと歳がいってるんじゃないか?」


「でも、さっきの少年の言ってた内容って、以前に王家に納めた小剣『タウロ改』の事じゃないか?」


「王家に小剣を納めた話、あれって今じゃあ、この界隈では有名な話だぜ?それにお師匠、その辺りの話、あまり詳しい事教えてくれないからなぁ」


「どうする、伝えるか?」


「明日の朝、一応、タイミングをみて伝えておこう。さすがに起こして伝える程の事じゃないだろう」


 こうして、タウロとアンガスの三年ぶりの再会の機会は失われる事になったのであった。


 翌日の昼前、弟子から伝言を聞いたアンガスは「なぜ、昨日のうちに知らせなかったのだ!」と弟子を怒鳴りつけると同時に、その場で涙を流したという。


 それが会えなかった事の残念な涙なのか、嬉し涙なのか、弟子達はそれを理解出来ずに戸惑うのであった。

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