第482話 聖女一行、野営する

 隊列的に王太子の後を、少し距離を取って聖女とルワン王国側の一行と護衛が付いて来ていたのだが、前方で起きた魔物の襲撃に少し様子を見て遅れて駆け付けると、タウロ達『黒金の翼』の活躍を丁度目撃する事になった。


「驚いたわ……。エアリス嬢はただの侯爵令嬢ではないのね」


 聖女マチルダは眼前で繰り広げられた魔物討伐で自分と同じ歳のエアリスの活躍に素直に驚いた。


「エアリス嬢だけでなくタウロ殿の活躍も素晴らしいですな。オーガといえば、物理耐性を持つ魔物としてかなりの強敵。その証拠にサート王国の近衛騎士達にも被害があるようです。それをああも易々と……。強い事は報告を受けて聞いておりましたが、目の前で見るとまた違いますな」


 ドナイスン侯爵は、王太子一行に対する信用度はすでに皆無であったが、タウロ達は別であったから、褒め称えた。


「そうね、冒険者をしているだけあって、魔物討伐が得意なのはわかったわ。──オーガってそんなに強いの?」


 聖女マチルダは聖女である自分にもできるのではないかと少し思ったようであった。


「聖女殿、絶対真似しては駄目ですぞ?」


 ドナイスン侯爵はすぐに聖女マチルダの言わんとする事に気づいて釘を刺す。


 そして、


「それよりも聖女殿。負傷者を治療して護衛への感謝の意を示してはどうでしょうか?」


 とドナイスン侯爵は提案した。


 だがその必要はなかった。


 負傷者の治療はすでにタウロの回復ポーション、エアリス、シオンの治癒魔法ですぐに行われ始めていたのだ。


 聖女が馬車を降りてやって来た頃にはほとんどの近衛騎士の負傷の治療は終えていた。


「なによ。もう負傷者いないじゃない。大した被害ではなかったのね」


 聖女マチルダが治療を丁度終えたエアリスに声を掛けた。


「これでも何人かは重傷だったのよ。タウロのポーションと私達の治癒魔法で回復したけど」


 エアリスが聖女マチルダを注意するように答えた。


「私でも重傷者の治療には時間が掛かるわよ。それを一般人のアイテムや魔法ですぐに治療できるわけないじゃない」


 聖女マチルダの言う事も間違ってはいない。普通ならば。


 タウロは貴重な中級以上のポーションを自作して大量に保有していたし、エアリスとシオンは竜人族から直接学んだ上位の治癒魔法を駆使できる立場だから常人には真似できないだろう。


 それどころか聖女しか使用できないと思われている『祝福』もエアリスは使用できるのだから普通と比べるのが間違っていた。


「それを出来るのが、私達『黒金の翼』なの、マチルダ。世の中、上には上がいるものよ。もちろん、私の上にも遥か超位魔法やスキルを極めた人(真聖女)がいるわ」


 エアリスは聖女マチルダを諭す様に事実を伝える。


「私は聖女よ? この百年ずっと地上に現れる事が無かったくらいの存在なのにその上がいるわけないじゃない。面白い事を言うわね」


 聖女マチルダはさすがにそれは無いと思い、冗談として受け取った。


「あなたの今後の為にも引き合わせておきたいところだけど……(チラッとタウロを見る)、──まぁ、それは後で考えるわ」


 エアリスはこれ以上は言うだけ無駄と思ったのか止めるのであった。


「聖女殿。今日は残念ながらこの襲撃で時間を大幅にロスしたので予定の村に明るい内に到着できそうにないとの事。そういうわけで、開けた場所を見つけて野営する事になりそうです」


 ドナイスン侯爵が責任者の王太子と話をしてそう決定した事を報告しに来た。


「えー、そうなの……?」


 聖女マチルダとしては一日中馬車に揺られる移動時間は相当苦痛であった。


 だから、温かいベッドで休むのが安らぎのひと時であったので、それが駄目になって不満な顔をするのであった。



 森を抜け開けた場所に出た一行は、日が落ちかけていたから早速、野営の準備を始めた。


 近衛騎士達が準備するテントは、もちろん、ジーロ・シュガー作の濡れない布を使用した製品の数々である。


 同じく魔道具ランタンで周囲を照らす。


 今回、初めての野営という事で、荷馬車に積まれたまま活躍の場がなかったが、ついに登場であった。


 ジーロ・シュガーがタウロ自身である事は、エアリス達仲間しか知らない事実であるから自慢は出来ないが、タウロは実際に他人が使用するのを見ると嬉しくなるのであった。


「タウロ、私達も野営の準備をしましょう」


 エアリスがタウロに荷物を出すように促す。


「ああ、ごめん、ごめん。つい嬉しくなっちゃって。──それじゃあ、ラグーネ、アンク、シオンはテントをお願い」


 タウロはそう言うと、マジック収納からオリジナルである濡れない布を使ったテントを出して渡す。


「じゃあ、私は……、うーん……。──念の為、ここ一帯に結界を張るわね」


 エアリスが少し考えて迷ったのは、王太子一行が連れていた結界師が丁度、目の前で魔物除けの結界を張ったのだが、それがとても小さく聖女一行全体を覆うものではなかったからだ。


 範囲は王太子の取り巻きと聖女の周囲の一部しか覆えていない。


 最初に張られていたものをエアリスはすぐに真聖女マリア仕込みの結界で簡単に覆い尽くすのであった。


「!?」


 結界師が新たに張られた結界に気づいて上空を見上げる。


 そして、周囲を確認するのだが、ルワン王国側の誰かが張ったと思ったのだろう、結界師がルワン王国側の人間に声を掛けて誰が張ったのかと確認を始めた。


 ルワン王国側の魔法使いもそれは同じだったのだろう。関係者同士でざわつき始めている。


「後々面倒だから、エアリスが張った事を伝えた方が良いよ?」


「もう、仕方が無いわね……」


 エアリスはタウロの指摘に溜息を吐くと騒ぎを収拾する為に自分の魔法である事を伝えに行くのであった。


 タウロがマジック収納からかまどを出して火を点けていると、エアリスとその周囲の魔法使い関係者達は今度は違う意味でざわついている。


 ときおり、エアリスを賛辞する声が聞こえてきた。


「やっぱり、エアリスは会わない間にかなり魔法を上達させていたんだなぁ……。それにしても竜人族に何を習ったらああも成長するんだろう? シオンも短期間で成長したし、僕も『竜の穴』というところで修行した方が良かったかな?」


 タウロが料理を作りながら何気にそう漏らした。


「た、タウロ、止めておくのだ……! あのような地獄は軽はずみに体験するものではないぞ……!? くっ、殺せ!」


 ラグーネが聞こえていたのか、タウロの肩を掴んで止める。


 そしていつもの口癖が出るのであった。


 その傍ではシオンが激しく何度も頷いている。


「タウロ様はタウロ様のままでいて下さい! 『竜の穴』は、駄目です! くっ、生きる!」


 シオンもいつもの口癖と共にタウロを止めるのであった。

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