第418話 追跡の先で

 タウロの予定では当初、有害な薬の製造と売買をするまだ駆け出しの組織を大きくなる前に潰せたらという思惑があったのだが、隠し扉のある地下への階段という大掛かりなものに、どうも小さくない組織が絡んでいそうである。


「……これは本気で進まないと危険かもしれない……」


 タウロは一人そうつぶやくともう一度、姿隠魔法で自分の姿を消すと地下へと向かう階段を下りていく事にした。


 追いかけているグラドは、地下を進んでいるのが『気配察知』で微かにわかったが、それもすぐ消えた。


 どうやら、地下は強力な感知阻害魔法か、そういう仕組みの構造になっている様だ。


 タウロは、『アンチ阻害』を使用して確認するとグラドがどんどん地下の奥に進んでいるのが確認できたので、追いかける事にした。


 地下への階段を降りきると、そこは、領都の下水道施設に繋がっている様だった。


 到着した地下の扉を開けると、悪臭が漂って来たのだ。


「……いよいよグラドの所属すると思われる組織は只者じゃないかもしれない……」


 タウロは、そう推測した。


 というのも、領主が治める領都の地下施設に、こんな地上へ続く階段を作れば普通、すぐ気づかれるはずだからだ。


 つまりこれは、元から作られていたもので、その特殊な出入り口を知る様な立場の者が組織には関わっている可能性が高いという事だ。


 出入り口の扉はいずれも、阻害魔法で隠蔽されている手の込みようだったから、相当な勢力だという事が容易に想像できる。


 タウロは父グラウニュート伯爵からは、そんな大きな組織の存在を聞いた事が無い。それにそんな組織なら噂のひとつもありそうだが、それも聞いた覚えがない。


 どういうことだろうか?


 グラドを追いかけ続けるとその疑問だけが大きくなっていくのであった。


 地下を15分ほど進んでグラドの跡を追いかけていると、ようやくグラドが上に上がる階段を進み始めた。


 そこは一見すると行き止まりだが、例によって阻害魔法で扉が隠されており、それを開くとさらに上へと続く階段がある。


 グラドはその階段を上がって地上へと出るのであった。


 タウロは少し時間をおいて、その階段のある扉に近づいていく。


 するとぺらが一瞬で擬態を解いてタウロの体の横に薄く広がって壁を作った。


 それと同時に、小さい金属音が三度なる。


「罠!?」


 暗い下水道施設内なので、ところどころ魔道具による照明が小さな灯りを灯してはいるが、ほとんど暗闇である。


 タウロが足元に目を凝らすと、細い切れた糸を踏んでいるのが分かった。


「……典型的な仕掛けがしてあったのか。──ぺら、気づいてくれてありがとう」


 ぺらはタウロに褒められると、嬉しそうにタウロの肩の上で何度か飛び跳ねると、すぐに革鎧の表面に擬態して戻るのであった。


 足元には、針の様な長い金属の棒が三本転がっている。


 拾って『真眼』で確認すると、一つには毒の作用、一つには麻痺の作用、一つには混乱の作用と、ご丁寧に各種の毒が塗られていた。


「三種類もの毒なら、耐性持ちにもどれか効果があるだろうという狙いか……」


 タウロは、敵の用意周到な罠に半ば感心すると、より一層警戒して地上へと向かう階段を上がっていくのであった。



 階段を上がり切った扉を開けると、地上の光が差し込んで来た。


 悪臭もない。


 まさに天国である。


「空気がおいしい……!」


 タウロは、警戒しながらも大きく空気を吸い込んで外を満喫した。


 周囲は大小の倉庫が集まっている場所の様だ。


 確か領都内に倉庫が集まる一角があったから、多分そこだろう。


 グラドは、そこから近くの大きな倉庫に入っていくところであった。


 見る限り出入り口には見張りが二人立っており、正面から気づかれない様に侵入する事は、無理っぽい。


 タウロは姿を消したまま、倉庫の周囲を見て回った。


「……窓の類は完全に塞がれているなぁ。開いているとしたら……上だけ、かな?」


 タウロが大きな倉庫の壁を見上げると、換気の為か、それとも光を取り込む為か、いくつか窓があり、そこは開いている。


「ほとんど、壁には足場になりそうなものはないけど……、僕は違うからね」


 タウロはニヤリと笑うと、姿隠魔法を解いた。


 いくら能力『多重詠唱』や、『魔力操作(極)』を持っていても、使える魔法の数には限界があるからだ。


 そして、能力の一つ『浮遊』で少し浮くと壁に取り付く。


 この状態だとタウロの体重はゼロになるから、あとは、指が引っ掛かる程度の何かさえあれば簡単にスルスルと上がっていけるのだ。


 タウロは、下位の土魔法を魔力操作で威力を少し上げると、壁に指程度の大きさのくぼみができる程度に『石礫』を打ち込んでいく。


 タウロは、それで出来たくぼみに指を差し入れて、あっという間に、上まで昇りつめた。


「……ふう。どれどれ……」


 タウロは、窓から内部を覗いた。


 大きな倉庫の内部は、大きく半分に仕切られていた。


 半分は作業場、残り半分はどうやら、居住スペースの様だ。


 洗濯物などが倉庫内の窓にかけられて生活が感じられたから、そうタウロが判断した。


 そして、肝心の作業場は、どうやら薬の製造が行われている様であった。


 上半身裸で、下はパンツ一枚という格好の男達が、色々な道具を使って白い粉を精製し、袋に詰める作業を行っていた。


 前世のこの手の映画などでは、粉を隠して盗ませない様に、作業中は余計な服を身に付けさせないとか説明があったから、きっと同じ理由だろう。


 作業場の男達は十四人。見張りを合わせると、二十人ほどだ。


 そこに奥からグラドと、ここの責任者だろうか?大きな体格の男が、吹き抜けの作業場に入って来た。


「……領内巡検使か。取引先の一つだった盗賊団が、その領内巡検使一行とやらに、全滅させられたと聞いたな」


「そうなんですか!?道理で強いわけだ。うちの自慢の傭兵がやられちまいました。あれは確かに只者じゃないです」


 グラドは、責任者?の男に話を聞いて納得した様子だった。


「だが、ケイシの村の『葉っぱ』が入手困難になったのは、痛いな。せっかく見つけたばかりだったのに」


「すみません。我々の不手際です」


「……ところでお前、ここまでつけられていないだろうな?」


「当然です。念の為、地下を通ってここまで来ましたから付けられようが無いですよ」


「……そうか。ならいい。ボスにもこの事を報告しないといけない。お前はここに残って身を潜めてろ」


「わかりました。自分も逃げてきた身、ここで大人しくしておきますよ」


 ……やっぱり、あの責任者っぽい人、ボスじゃないのかぁ。


 タウロは、背後に大物がいそうだと思うと、気が重くなるのであった。

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