第345話 冒険者の捕縛

「くそっ!」


 ハーゲンはそう吐き捨てると、戦士と剣士に目で合図をすると、証人であるシオンに襲い掛かった。


 証言されるより、観衆が多い中でもシオンを口封じした方がまだマシだと判断したようだ。


「『範囲防御』!」


 ラグーネがそう告げるとシオンの前に半透明の壁が出来てハーゲン達の斬撃から身を守った。


「「「何!?」」」


 ハーゲン達が驚いているところに小剣を抜き放ったタウロとナイフを両手に構えたアンクが一気に距離を詰めた。


 戦士と剣士の利き腕をアンクがナイフで斬り付けて武器を落とさせる。


 タウロは小剣を閃かせるとハーゲンの剣を握る右手首ごと斬り落とした。


「「「ぎゃー!」」」


 3人は思わぬ速度で迫り、斬り付けたタウロとアンクになす術もなく、腕を押さえて床に座り込む。


 ハーゲンは右手を斬り落とされた為、痛みのあまり転げ回った。


「──支部長さん、冒険者ギルド内での抜剣はご法度ですが、正当防衛でいいですよね?」


 タウロは、あっという間に動いて魔法使いの女を取り押さえている支部長に確認を取った。


「ああ、問題ない。ここにいる冒険者達が証人だ。いくら『灰色禿鷹』に、脅されていたとしても今回は協力してくれるだろう」


 支部長がそう言って、ロビーに居合わせた冒険者達を見渡す。


 冒険者達は、支部長の言葉にバツが悪いのか視線を逸らしうつむく者がほとんどだ。


「くそー!俺の右腕に何てことしてくれやがったんだ!畜生!いてぇー!」


 ハーゲンは右腕の痛みに苦悶しながら、自分で止血を試みていた。


 タウロはそこにポーションを投げて血を止めて見せた。


「!?」


 ハーゲンは驚いてタウロを凝視する。


「あなたにはまだ証言して貰わないといけない事が沢山あります」


「……ふん!俺が簡単に口を割ると思っているのか!?」


 ハーゲンは血は止まったとはいえ、右手を斬り落とされた激痛に脂汗を浮かべてまだ、反抗的な態度を取った。


「協力的になった方が身の為なんですが……、──わかりました。あなた以外のみなさんに証言して貰います。縛り首になるその日まで、痛みに苦しんで下さい」


 タウロは治療用の物とは別の痛み止めと思われる追加のポーションを引っ込める素振りを見せた。


「くっ……!お、俺が誰かわかっているのか!?この街の領主とは親しい間柄だぞ?その俺にこんな事をしてタダで済むと──」


 ハーゲンがなお、痛みに苦しみながらも凄んで見せた。


 そこへアンクが、タウロの前に出るとハーゲンの右腕を思いっきり蹴った。


「ぎゃー!」


 ハーゲンはあまりの痛みに大きな悲鳴を上げる。


 そして、蹴られた衝撃で右手から再度出血する。


「おっと、すまん。貴様がまた、怪しい動きをした様に見えたから蹴ったんだが、よく見ると右手は斬り落とされてるから、剣は握れなかったな」


 アンクが、赤い瞳に冷徹な光を漂わせながらそう言った。


 もちろん、わざとだが、誰もそれを咎めようとしない。


「ハーゲンさん。今、あなたは贖罪の機会を失ったと思って下さい」


 タウロはそう告げると、ポーションでまた、ハーゲンの右腕の止血をした。


 そして続ける。


「この街の法はこの街の街長でしょうが、あくまでも寄り親があってこそです。その寄り親、グラウニュート伯爵に直接、この事は報告します」


「……はは!一介の冒険者のガキ風情が領主様にそう簡単に会えるものか!まして、街長であり数代に続けて与力として仕えているコロン準男爵とどっちの言い分を信じると?──つまり、コロン準男爵が裁かれない限り俺も裁かれようがない。俺達は一蓮托生だからな!」


 ハーゲンは苦悶の表情を浮かべながらも、ニヤリと口元に笑みを浮かべて勝ち誇った。


「……それは大丈夫です。コロン準男爵の横領の証拠はすでに掴んでいます。あとはどう伝えるかですが、それは僕にも人脈が有りますので……」


 タウロは敢えて自分が養子縁組をした息子である事は言わなかった。


 いくら息子でもただの子供である。


言ってどうなる事でもない。


「……やれやれ。ハーゲンの問題だけかと思ったら街長の横領まで追求か……。流石にそれは冒険者ギルドの範疇を超えている。私の立場でも伝えるのは難しいぞ?君で大丈夫か?」


 支部長が流石に戸惑って話に入って来た。


「大丈夫です」


 タウロは笑顔で答えると、アンクとラグーネに頷き、ハーゲン達を縛り上げるのであった。




 翌日──


 偶然なのか、はたまた最初から予定されていたのか、領主であるグラウニュート伯爵が、カクザートの街を訪れた。


「伯爵様、新年のご挨拶の時以来です!」


 コロン準男爵は、伯爵の口上無しの緊急訪問に暑くもないのに流れる汗を拭いながら出迎えた。


「久しぶりだな、フート・コロン準男爵。急ですまない。王都より帰って来たら、塩湖の魔物被害が増大していると報告を聞いてな。君も大変そうだから手助けする為に領兵を引き連れて来たぞ」


 グラウニュート伯爵は笑顔で、コロン準男爵の肩を叩く。


 実は、それ以外に息子に会うという口実もあったのだが、流石にそれは口にしなかった。


「そんな勿体ない事で……。ですが、こう言っては何ですが、塩湖の魔物騒動はごく最近、冒険者によってその大量発生も抑えられ始めていまして、領主様自らお越し頂く事もなかったのですよ。ですが、このフート・コロン。街長に就任してごく僅かの若輩者です。お気遣い、ご心配をお掛けして申し訳ありません」


 コロン準男爵は、グラウニュート伯爵の話を聞いて自分の悪だくみが発覚したわけではない事に気づくと、すぐに冷静になって対応した。


「そうかしこまるな。君の父親である先代のコロン準男爵はよく私に仕えてくれた。まさか、わが父と同じように早く亡くなるとは思っていなかったが……。急に跡を継いで君も大変だろうが、何かあれば言って欲しい。いつでも助けるからな」


 グラウニュート伯爵は人の良さそうな笑顔で答えた。


 そんなやり取りが、街長邸の前で行われていると、そこに役人と思われる男が飛び込んで来た。


「領主様!このフート・コロン準男爵は、領主様に納めるべき税を懐に入れ、それを魔物の大量発生で誤魔化そうとしていま──」


 役人の男は最後まで言う暇もなくコロン準男爵の兵に取り押さえられた。


「この男は、先ほど、横領の疑いでクビにした者です。日頃から言動がおかしいところがあったので困っていましたが、ここまでとは……!」


 コロン準男爵は、大げさな芝居をしてこの乱入者を連れて行かせようとした。


「お待ち下さい!」


 そこにまた、乱入者が入って来た。


 今度は冒険者の格好をした少年とその一団であった。


「今度は誰だ!?──おい、誰かその者どもを取り押さえろ!伯爵様の前であるぞ!」


 コロン準男爵が、兵に命令してその冒険者達を取り押さえようとした。


 その相手とは、タウロ一行と、シオンの4人であった。

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