第258話 201

 竜人族の戦士達を率いるリーダーは、タウロへ休憩室に逃げ込む様に警告した。


 そして、スライムエンペラーを警戒するリーダーは、土壁に書かれた番号が視界の片隅に入る。


「2……01、……201階層!?」


 リーダーは思わず見返して戦慄した。


 ダンジョン攻略組が数十年以上前に到達して以来、届いていない最深層部だったのだ。


 だが次の瞬間には、戦士達は味方に強化系魔法を使う者、盾を構えて攻撃に備える者、魔法を詠唱しスライムエンペラーに攻撃を加える者、そして、念の為魔物鑑定で分析する者、槍を構えて魔法に続いてスライムエンペラーに直接攻撃を加える者がいた。

 リーダーもタウロが逃げる時間を稼ぐ為に直接攻撃を加える選択をしていた。


 スライムエンペラーは基本、魔法系に高位耐性があり、直接攻撃には弱いとされている。

 ただし、敏捷性に優れていて直接攻撃を当てるのは至難の業だ。


「こ、これは!?リーダー!こいつはただのスライムエンペラーじゃありません!通常の奴は鑑定阻害を持っていないはず!こいつは多分、スライムエンペラーの亜種です!」


 念の為、魔物鑑定を行っていた者が直接攻撃を仕掛けたリーダーに警告した。


 背中に警告を聞きながらももう動き出しているリーダーは、時間稼ぎでぶつけた風魔法をかき消すスライムエンペラーに剣を叩き込んだ。

 もう一人の戦士も槍を突き立てる。


 だが、二人の攻撃は、鈍い音と共に、弾かれていた。


「「物理攻撃耐性持ちだと!?」」


 攻撃を仕掛けた二人のみならず、その光景を見ていた他の戦士達も驚愕する。


 鑑定した者の言う通り、攻略組の持ち帰った情報にあるスライムエンペラーの特徴からかけ離れていた。


 タウロは自分より上の戦士達が為す術もない状況に、このまま自分がここにいたら足手纏いにしかならないと悟り、リーダーの警告通りいち早く休憩室に逃げ込む事を選択した。

 自分がいるとみんな後ろに下がれないのだ。

 それに最悪の場合、味方の全滅もあり得る。


 だが、次の瞬間であった。


 スライムエンペラーの亜種と思われるそのスライムはタウロが休憩室に逃げ込むのを察知したのか、瞬時にその姿からは想像できないほどの敏捷性で戦士達を掻い潜り、タウロと休憩室の間に移動して立ちはだかった。


「は、早い!」


 タウロは、動き出していた足を止めるしかなかった。


 明らかにこちらの会話を理解して逃げるのを妨げた動きだ。


「タウロ殿!」


 リーダーが守るべき対象であるタウロが敵と一番近いところになった事に焦って声を上げた。


 スライムは姿をぷるぷる動かすと体の一部が槍の様な鋭い形に変化した。


「報告にあったスライムエンペラーは形を変えないはず……、タウロ殿気を付けて下さい、何か仕掛けて──」


 リーダーが後ろからタウロに声をかけながら走り寄っていた次の瞬間。


 スライムはその槍に形状を変えた部分を一瞬で伸ばすとタウロを突き刺した。


 いや、タウロがいた空間を突き刺していた。


 一瞬にしてタウロはスライムの側に移動し、さらに次の瞬間には休憩室とスライムの間に移動、最後の一歩で休憩室に飛び込んだのだった。


 タウロは、スライムの物理攻撃を読み、『空間転移』をそれに合わせて使用して逃れたのだ。


「「「「「よし!」」」」」


 竜人族の戦士達はタウロが無事休憩室に逃げ込めたので、ガッツポーズをした。


 スライムは、タウロを狙う事を諦めていないのか、その鋭く尖った体の一部で攻撃を仕掛けるが、休憩室との間の何かに阻まれ、攻撃は跳ね返された。


 その光景を目の前でタウロは見ながら魔力回復ポーションを飲み、立ち上がった。


「……このスライムをテイムしてみます!」


 タウロは、リーダーに聞こえる様に言った。


「通常のスライムなら、ほぼ99%成功しますが、これはスライムエンペラー、それも確認されていない亜種です。成功確率は1%に満たないかも……。余程の運が無い限り成功しないですよ!それに、テイムはその安全地帯である休憩室から出なければ使用できないと思います。そんな危険な事は止めて下さい!」


 リーダーは危険度を考えると精一杯の警告を発した。


 今ここでタウロを失うと、竜人族悲願のダンジョン攻略はまた遠のいてしまうのだ、それは戦士の一人として看過できない事だった。

 だが、タウロにしても、自分がここでテイムしないと、竜人族の戦士達が全滅する危険性がある。

 それは見過ごせなかった。


 スライムは、タウロが何をしようとしているのか理解している様で、攻撃を一旦止めると出方を窺っている様にも見える。


「……では、やります」


「ええい!──みんな!」


 タウロの判断を覆せないと感じたのか、少しでも注意を逸らそうとリーダーは判断し、みなまで言わず全員でスライムに攻撃を仕掛けた。


 その瞬間、タウロは休憩室の結界の外に飛び出し、


「テイム!」


 と、スライムに向けて唱える。


 スライムは、タウロのテイムに微動だにせず、リーダー達の攻撃も痛痒に感じず、飛び出してきたタウロを仕留めようとその体の一部をタウロの眉間に突き立てた。


 しかし、またもタウロは『空間転移』を使ってその攻撃を躱していた。


 タウロはスライムの横に移動すると、また「テイム!」と唱えた。


 スライムは動じず、またも体の一部をタウロに突き立てる。


 タウロは、次の瞬間にはまたも、『空間転移』でそれを避けて移動すると、テイムを繰り返した。


 だが、スライムはその動きも読んでいた。


 タウロが現れる場所に瞬時に移動すると現れたタウロを今度こそ仕留めようと眉間に攻撃を仕掛けた。


「テイム!」


 タウロのテイムと言う言葉とスライムの攻撃により眉間にその一部が突き刺さるのは同時だった。


 刺さった眉間からから血が流れ落ちる。


「………成功……かな?」


 スライムの鋭く尖った体の一部はタウロの眉間に少し刺さって血が出ているが、浅い段階で止まっていた。


「大丈夫……、なのですか?」


 リーダーが、タウロに声をかける。


 それに反応するかの様にスライムは鋭く尖る体の一部を体に引っ込めた。


「……大丈夫みたいです。──ふー……。危なかった……。紙一重でしたが、テイムに成功しました。」


「本当にこの土壇場で成功させてしまうとは……」


 リーダーが、感嘆しつつ、呆れるのであった。


「ははは。一応、『幸運』能力持ちなので、確率はまだ、高かったと思います。まあ、一度では成功しませんでしたけど……、流石に危険でしたね。」


 タウロは我ながら危うい賭けであった事を反省すると苦笑いした。


「……ははは。無茶をし過ぎです。あ、従魔になったからには名前を付けて上げて下さい。そうする事で、従魔との意思疎通もある程度出来る様になりますよ」


「そうなんですね!──じゃあ、今日から君は僕の従魔だ。名前は……、そうだなぁ……、スライムエンペラーだから……、『ぺら』だ」


 スライムはその名前が気に入ったのか、体をプルンと振るわせると、ぴょんとその場で軽く飛び跳ねるのだった。

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