第164話 侯爵家の屋敷
外で待っていたタウロとエアリス、そして近衛兵四人が、迎えに来たメイドによって屋敷内に招かれた。
屋敷の外には他に近衛兵が六人待機しており、何か起きた時にはすぐ対応する手はずになっていた。
招かれた屋敷内にはメイドや使用人達がずらっと並び、エアリスを迎えた。
エアリスには約二年ぶりの懐かしの王都の我が家だったが、知ったメイドや使用人が少なくなっていた。
そんな中に、仲が良く自分をとても可愛がってくれていたメイド長のメイがエアリスの姿を見て目を潤ませていた。
使用人の中にもこの約二年で成長し、綺麗になったエアリスを見て涙ぐむ者もいた。
エアリスもわずかに残る自分が知っている者達の姿に感極まり泣きそうになったが、夫人との対決を前に泣いてはいけないと思いとどまり、ぐっと堪えるのだった。
この王都の屋敷の執事を担当していると思われるエアリスが知らない初老の男が、涙ぐむ者達を叱責したが、すぐメイド長のメイが前に出て皆を庇うとエアリス達の案内を買って出た。
執事の男は、このメイにも苦言を呈そうとしたが、
「ちょっと!私達を案内もせず、人前で侯爵家の醜態を晒すつもり?恥を知りなさい!」
と、エアリスが執事を叱責するとメイド長のメイに案内をお願いする。
「わかりました、こちらへどうぞ」
メイド長は会釈すると、エアリス達一行を貴賓室に案内するのだった。
タウロの目に映るこのメイド長は、丸眼鏡をかけていて、長い紫色の髪を後ろに結いあげ、メイド服の上からもわかる恵まれた胸、それに反して細いくびれと形よく突き出たお尻、立派な大人の男なら目が必ず止まるだろう。
年齢は二十六くらいだろうか?
色気漂う美人だがその目は優しくエアリスを気にかけていた。
そのメイド長がエアリス達を先導して歩きながら本当は色々と話したい事もあるのだろう、何か口にしかけたが、グッと我慢して無言で貴賓室まで案内した。
メイド長は改めてエアリス達に会釈すると、他のメイドがいるので自分は部屋を出て行った。
エアリスは声をかけたがっていたが、そのチャンスを失うのだった。
貴賓室で待っていると赤子の泣き声が貴賓室に近づいてくるのが微かに聞こえてきた。
扉が開けられた瞬間、赤子の泣き声はマックスだった。
ヴァンダイン侯爵夫人本人に抱かれて赤子が登場した。
おぎゃあおぎゃあ!
「ああ、愛しの我が娘エアリス!今回は不幸な行き違いがあったとか、母はそれを聞いて胸を痛めていました。この子も──」
おぎゃあおぎゃあ!
ヴァンダイン侯爵夫人の三文芝居は赤子の泣き声に邪魔された。
このままでは話にならないと思ったのか、
「この子も胸を痛めてあなたの為に泣いてくれてるわ」
と付け足しながら、
「でも、ここからは大人の話し合いだから、悲しむ我が子には外して貰いましょう」
と言って、傍のメイドに赤子を渡した。
赤子はさっきまでの大泣きはどこへやら、ぴたっと泣き止んだので、これがタウロ達には滑稽に映ったが、メイドに抱かれて退室するのを見送った。
「それでは──」
ヴァンダイン侯爵夫人が話そうとすると、
「すみません!お腹が痛いのでトイレに行っていいですか?」
と、タウロが遮って言った。
「……それではうちのメイドに案内──」
「トイレぐらい自分でわかりますよ、お母上。タウロ、トイレの場所は……」
エアリスが説明するとタウロは頷き、そそくさと部屋から退室するのであった。
タウロは貴賓室を出た瞬間、『気配遮断』で一気に気配を断つ。
そして、まっしぐらにエアリスに教えて貰った執務室に向かった。
エアリスの予想では、執務室の金庫にある可能性が高いらしい。
何でも特注の品だそうで、大きくそこから動かすのは困難で、さらに鍵が三つあり、ひとつには魔法による解錠が必要だという。
だがそれは侯爵家の魔法を心得る者なら解錠できるそうだ。
なのでエアリスが貴賓室から結界魔法を応用して遠距離から魔法の解錠はしてくれる。
問題は残りの二つで、鍵は夫人と執事が持っているはずなので、これをどうにかしないといけないのだが、タウロはそれを必要としていなかった。
そう、タウロは短時間でこの二つの鍵を自力で開けるつもりでいた。
前世のドラマや映画の様に簡単に開けれるわけはないのだが、今は、『精密』と『神箭手』の二つによる器用補正でタウロの手先はチートとも言える領域にある。
さらに、こちらの世界の鍵は前世ほど複雑ではない事は確認済みなので自信はあった。
執務室に辿り着くと、扉が少し開いていた。
『気配察知』には人の気配があり、『真眼』でも人のシルエットを確認できた。
なので扉の隙間から慎重に室内を覗き込むとメイド長が慌てながら執務室の引き出しを開けて何かを探していた。
その奥にはとても大きな金庫があって一か所の鍵穴にはすでに鍵が差さっているのが見えた。
どうやら、メイド長と自分の狙いは一緒の様だった。
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