第162話 傭兵視点
ヴァンダイン侯爵夫人によって送り込まれた刺客達は、総勢三十五人。
暗殺ギルドの者のみならず、俺の様な傭兵に、冒険者崩れ、浮浪者などを急遽かき集めた人数だ。
本当なら襲撃は明日の夜、宿屋を襲撃し、目撃者も含めて皆殺しにするのが作戦だったが、標的が場所を移動し、護衛も一人欠けて三人になったのでチャンスだという事で、急遽夕闇に紛れて襲撃する事になった。
夕闇と言っても、もう、一帯は真っ暗で襲撃する時には完全な暗闇だろう。
あちらは、周囲に人がほとんどいない見渡しが良い一軒家に移動したらしいから、目撃者を気にする事なく襲える。
標的の女はまだ十五歳だそうだからうまみは少ないが、報酬はいい。
それにこんな汚れ仕事だ。
雇い主からは今後もこの事をネタに強請れる事だろう。
遠目に、灯りを宿す一軒家が見えた。
標的のいる家はあれの様だ。
そろそろ周囲に散って包囲する様に接近した方がいいのではないか?と、思ったが寄せ集めの悲しさか、誰も言いださない。
そんな時だった。
一瞬大気を切り裂く音がしたと思った時だった。
ぎゃ!
ぐはっ!
うぎゃ!
痛ぇー!
隣にいた男が短い叫び声と共に倒れると、その背後の男達も立て続けに倒れた。
暗闇でよく目を凝らすと一番後ろの男の右肩に一本の矢が深々と突き刺さっている。
それは、つまり、一本の矢が三人の男を貫通し、四人目にも重傷を負わせたのだ。
それを確認するかしないかの次の瞬間にも同じ様に数人が一本の矢に致命傷を負って叫び声を上げる。
「こんな暗闇でなんて威力で正確な矢を放ちやがる!散らないと、良い的になるぞ!」
俺は驚愕しながら、周囲に注意を促す。
その瞬間にはもう、また、次の犠牲者が一本の矢で数名出た。
「盾のある奴の影に隠れろ!」
遮蔽物の無い拓けた場所だ。
盾を持っている者が、暗闇から飛んでくる矢を防ぐしかなかった。
俺も盾を構えながら前に出る。
すると、遠くに見える一軒家の灯りが消えて完全な暗闇になった。
次の瞬間、その暗闇の向こうから白い光が宿った。
「『照明』魔法か?あれを目標にこっちも攻撃するんだ!」
指揮系統を無視して命令した事に指揮者が怒った。
「勝手に命令するな!指揮は俺が──
盾を構えた兵の背後に隠れながら指揮官の男が叫んだ時だった。
暗闇の光が高速で迫ると盾を構えた兵を盾と共に貫通し、指揮官の男の胸に矢が突き刺さっていた。
「矢に付与した光の矢だと!?護衛は魔法付与が出来るぞ気をつけろ!」
盾を貫通する光の矢の威力に、周囲は怖気づいた。
寄せ集めの浮浪者達はこれを見ると、悲鳴を上げて逃げ出した。
だが暗殺ギルドから参加してる五人の刺客は怯まず、当面の標的を弓矢を放つ護衛とみなし、左右に散って迫っていく。
俺もそれに追い付こうと走るがさすが暗殺ギルドの刺客、早くて追いつけない。
次の瞬間だった。
一番前を走っていた刺客が見えない壁に触れて雷に撃たれた様に悲鳴を上げて煙を上げて痺れると動かなくなった。
「結界魔法によるトラップか!」
高等魔法に驚いて足が止まっていると、他の刺客は怯まず、踏み出した。
結界魔法によるトラップは一度発動すると消えるからだ。
だが更に一人、見えない壁に触れて炎に包まれた。
「二重トラップ!?」
これには刺客達も思わず足が止まる。
そこに、また矢が飛んできて一人の刺客が短い叫びと共にその場に倒れた。
残った刺客二人は短弓を構えて飛んでくる矢の先に向けて矢を放ち牽制した。
俺は足の止まった刺客に追い付くと、そのまま追い越して罠を恐れず、踏み込んだ。
何も起きない。
「結界のトラップは二つだけだ!」
そう後に続く連中に教えた瞬間だった。
顔の側を唸りを上げて二本の矢が大気を切り裂いて刺客二人を射抜いた。
俺は慌てて盾を構えると矢を放つ護衛に迫った。
暗闇の中で捉えたその恐ろしい敵は……、
「子供!?」
俺は、驚きのあまり、歩みが止まった、その瞬間、子供が構えた弓から矢が放たれた。
俺が目撃したのは矢が眼前に迫る、それが人生最後の映像だった。
タウロに、寄せ集めの刺客が迫ってきた。
光の矢を放って応戦するので暗闇で一層目立ち、敵は光に集まる羽虫の様にタウロに殺到してきたのだ。
そこに、護衛の近衛兵二人がエアリスから離れて参戦した。
「君、凄いな!敵は我々二人に任せて気にせず矢を放て!」
矢を掻い潜り迫る敵を斬り捨てながら近衛兵が言うのだった。
戦況は、暗殺ギルドの刺客五人は倒したが、残りの敵も腕が立ち一進一退だった。
矢を放っていたタウロも敵が肉薄し過ぎてきた為、小剣を抜いて応戦する。
徐々に数が有利な敵に押され始めた。
誰かが、
「標的は家の中だ、誰か先にそっちを狙え!」
と、言った時だった。
馬のいななきとその馬蹄の音と共に、騎馬の一隊が現れた。
コノーエン伯爵率いる近衛騎士団だった。
敵は、戦況が一変した事に気づいたが、逃げる間もなくあっという間に包囲されると降伏するのであった。
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