第161話 足掻き

 ガーフィッシュ商会代表マーダイとの商談から宿屋に戻ると、ヴァンダイン侯爵家を調べて貰っている冒険者が報告の為やってきていた。


「あ、ご苦労様です」


「今日の報告ですが……、調査対象が出産した模様です」


「え!?」


 タウロは思わず聞き返した。


「あちらは隠してますが、対象の浮気相手がよほど嬉しかったのか周囲に『子供が生まれたからには、これで、侯爵になれるチャンスはまだある!』と、自慢していました」


 ウワーキンが侯爵になるには、エアリスの成人を待って娶るしかない。

 それはエアリスが拒否するので無理だ。

 それ以外の方法はエアリスとの間に子を成し、父親になる事だが、それも無理だ。


 やはり、ヴァンダイン侯爵夫人とウワーキンは二人の間に出来た子供をエアリスとウワーキンの間の子として発表するつもりだろう。


 エアリスはヴァンダイン侯爵夫人の血が流れているわけだから、血統を魔法で調査する時にエアリスの遺体を処分し、ヴァンダイン侯爵夫人の血を提出すれば子供の血統は繋がっているので誤魔化せる可能性は残る。証言できる夫はすでにこの世にいないのだ、誤魔化し方は何かしら考えているのだろう。


 だが、これには重大な欠点がある。

 エアリスが否定するからだ。

 なので否定させない為にはエアリスを攫い、産後不良で口を封じ亡くなったと偽装する必要がある。

 もしくは、暗殺した後で、死体を偽装するのか……。


 どちらにせよ、エアリスに後見人ができて明後日には発表されるという噂は広まっていてあちらの耳にも入っているはずだから、時間が無いと思っているだろう。


 本当はエアリス誘拐未遂で、ほぼ詰んでいるのだが、報告のウワーキンの様子ならば、まだ諦めていないのだろう。


 エアリスが妊娠していないのは、多くの貴族達との面会で周知の事実なので、まだ、偽装が可能だと思っているところに憐れさを感じるが、発表前までなら大丈夫と思っているのが容易に想像できた。


 実際のところ、王家が後見人に付いた時点で手を出したら、これは王家の判断を否定する事になるから止めそうなものだが、正式な発表はまだされていないからそれが裏目に出たかもしれない。


「……今日か明日か」


 相手の襲撃実行日はこのどちらしかない。

 タウロはエアリスと護衛の近衛兵を集めると、冒険者からの報告とタウロの予想を話した。


「……まだ、諦めてないか」


 護衛の近衛兵は呆れてそう漏らした。


「今日、明日までに今、出せる人員を出してエアリスの命を狙ってくると思います」


「なるほど。……では明日も私は非番にしてこちらに参加しないと」


 近衛兵による護衛は基本、非番の者がしてくれている。

 つまり日替わりなのだが、この人は明日もやってくれるという。

 危険なのだが血が騒ぐのだろうか?


「うん?そういう事じゃないぞ?他の者に危険を知っていて押し付けたくないだけだ」


 タウロの想像に反して責任感が強い人だった。


 この近衛兵は、前回は空木の塔でのタウロ暗殺未遂の時に暗殺者捕縛の指揮を取っていた人だ。


「何度も危険な時にすみません」


 タウロが謝ると、エアリスも一緒に頭を下げる。


「いや、ここまで来たら守り切らないと気分が悪い。ましてや襲撃がわかっているのだからなおの事さ」


 近衛兵は笑うと、他の近衛兵と共に、頷き合うのだった。



 襲撃がわかっているとなるとやる事は決まっている。

 急遽、宿屋から日中訪れたガーフィッシュ商会の布屋の敷地内にある家に移動する事にした。


 相手が手段を問わずに狙ってくる可能性が高い以上、関係ない人々を巻き込むわけにいかないからだ。


 それに、商会の敷地の周辺はのどかで拓けているので襲撃の対策がし易い。



 移動した敷地の家に到着すると、近衛兵達は周囲を確認し、


「これなら、人混みに紛れて近づかれる事はないな」


 と、守りやすくなると納得した。


 ガーフィッシュ商会代表マーダイにも、家を借りる事は宿屋の使用人に頼んで言伝はしているが、もちろん返事は貰っていない。

 同時に巻き込むので近づかない様にとも言ってるので、あちらは断る事も出来ないのだった。


「団長に救援要請を出したので、今晩から多くの非番の人間が駆けつけてくれるはずですよ」


 近衛兵の1人が、タウロとエアリスを安心させる為だろう、そう報告してくれた。


 そう言えば、護衛が三人しかいない、一人が救援要請に出かけた様だ。


「エアリス、後は結界魔法をよろしく」


「やっと、役に立てるのね」


 エアリスは不敵な笑みを浮かべると、二重三重に周囲に結界を張る。

 これで、接近する者、悪意ある者の感知、魔法対策など次々に対応できる状態を作っていった。


「……タウロ。招いてないお客さんが大勢来てるわよ?」


「僕も確認したよ。これは近衛兵の増援じゃないね」


 外にいた近衛兵もスキルで気づいたのか家に入って来て警告した。


「護衛が一人少ないから、チャンスと思ったんだろうけど……」


 タウロは外に出て弓矢を引き絞ると、敵が向かってきている闇に向かって先制攻撃とばかりに矢を放つのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る