第156話 暗殺者の末路
頂上に追い込まれた暗殺者は、近衛兵に囲まれていた。
幾ら暗殺ギルドの実力者で腕が良いとは言え、相手は天下の近衛騎士団だ。
暗殺者は暗殺が専門なのであって、暗殺ならば目の前の近衛兵も条件が揃えば易々と殺して見せただろうが、正面から対峙されると為す術はあまりなかった。
実際、毒針の吹き矢も、タウロによって近衛兵に知らされて対策を取られている。
「大人しく捕まって、雇い主を吐け。今回の件では誰も殺してないだろう」
近衛兵の一人が暗殺者を説得しようと試みてみた。
その言葉が暗殺者の自尊心を大いに傷つけた。
そう、今回、誰も殺せていないのだ。
一流の暗殺者を自負している自分が、子供一人殺せていなかった。
追い詰めたはずの子供にはどういうトリックなのかこの塔の頂上からまんまと逃げられ、さらには、その子供に罠に嵌められ、窮地に立たされている。
屈辱でしかなかった。
……待てよ?子供が飛び降りて使ったトリック、まだ、残っているとしたら……、自分にもできるのではないか?
考える暇はない。
どちらにせよ、捕まったら暗殺者として終わりだ。
イチかバチかやるしかない!
暗殺者は近衛兵に包囲されながら塔の縁に立つと、タウロが取った行動の一挙手一投足をマネした。
何がトリックのスイッチになっているかわからないからだ。
もちろん、その様なトリックは無いのだが、本人は最後のチャンスとばかりに真剣だった。
「それでは僕の勝ちです、さようなら」
タウロが暗殺者に言った台詞までマネすると、後ろに飛び退る。
もちろん、背後には何もないのだから地上まで真っ逆さまだった。
うわー!
暗殺者は叫び声と共にタウロの目の前に落下して大きな音を立てると亡くなるのだった。
「……まさか飛び降りて自害するなんて……。敵ながら何という決断……」
暗殺者は助かりたい一心でタウロのマネをしただけなのだが、もちろんタウロはそこまでは想像していないのだった。
タウロはその遺体に手を合わせると後処理は駆けつけてきた衛兵達に任せる事にした。
「これで厄介な暗殺者は排除できたけど……。早くエアリスの為に有力貴族の信用できる後見人をみつけて、ヴァンダイン侯爵夫人の魔の手を払いのけ、野心をへし折らないと駄目だよな……。こちら側に付く貴族はかなり増えたけど、今はただそれだけだもの」
タウロは宿屋に戻りながら、あれこれと考え込んだ。
フルーエ王子との次の面会予定もたっていない。
あちらも学校や、王子としての職務もあって、暇ではないのだ。
何か大事な話があるようだったのだが、会ってみないとわからない。
それにダンサス村を離れてもう、ひと月が経っている。
一応、こちらの状況は手紙にしてシンとルメヤに出したが、二人は大丈夫だろうか?と思ったが、あちらも多分エアリスの心配をしている事だろう。
あとどのくらいかかるかわからないが、今はエアリスの事に集中しなくてはと思うタウロであった。
宿屋に到着すると貴族のものとわかる馬車が止まっていた。
今日は、面会予定はなかったはずなので、貴族側から訪れたという事だろうか?
タウロは急いで部屋に戻ると、エアリスの部屋の前で貴族の使者と思われる人物がエアリスに対して、我が主との面会の為に邸宅にご招待します、と言っている最中であった。
「あ、タウロお帰りなさい!今日は早いのね。こちら、アヤンシー伯爵の使者の人」
エアリスが助け舟を求めて、タウロに話を振った。
「アヤンシー伯爵?」
使者は、首を縦に振らないエアリスより、こちらの子供を説得した方が早いと思ったのか、
「我が主、アヤンシー伯爵が今から、お会いしたいと仰られてるので、使者としてやってまいりました」
メンツを気にする貴族が自分の方から会いたいとは、珍しい。
勝ち馬に乗りたいという事だろうか?
アヤンシー伯爵と言えば、確かハラグーラ侯爵派閥で有力な貴族だったと思うのだけど…。
ハラグーラ侯爵は宰相であるバリエーラ公爵と派閥争いをしている歴史ある上級貴族勢力の領袖だ。
いくつか派閥があり、その中でも力があるのだが、この派閥は現在の貴族らしい、貴族至上主義な噂が多いので、タウロとしてはあまり関わりたくなかった。
だが、わざわざ使者を立ててお願いしてきてるのに、断ると後々エアリスの立場に影響があるかもしれない。
タウロはそこまで考えると、エアリスに頷くと出かける用意をした方がいいと、促すのであった。
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