第140話 婚約者登場

 帰郷の夜。


 エアリスはギルドの報告書の作成の手伝いを、タウロは商業ギルドでの登録手続きとお互い疲れて家に帰ってくると、もちろんゆっくりするつもりでいたが、その家のリビングにはマーチェスが訪れていた。


「……えっと。マーチェスさん、僕達長旅で正直疲れてますので、明日にして貰っていいですか?」


 タウロは、流石に今日は勘弁して欲しかったのでオブラートに包まずマーチェスに伝えた。


「え、後でと言われたので待っていたんですよ?」


 そうなんだけどね……。


「……はぁ。まあ、そう言ったのは僕ですから、話はしましょう。でも、具体的な話は今日はしませんよ、そんな話したら寝れないので」


 念を押すタウロであったが、マーチェスが魔道具ランタンや濡れない布の説明を求めてきたので答えているといつの間にか熱がこもり、気づくと深夜になっていたのだが、それを見ていたエアリスは呆れると途中で早々に寝てしまっていた。



 翌日の朝。


 タウロは寝ていて起きてこない。

 エアリスもそれがわかっているので起こさずに放置しておいた。


 そこにシンとルメヤが訪れた。


「え、タウロはまだ寝てるのか。じゃあ、今日は3人で薬草採取クエストでもやる?」


 シンが二人に提案した。


「そうね、他にも何か簡単なクエストがあったらついでにやりましょう」


 エアリスは答えると、二人を少し待たせて準備をして、三人はタウロ抜きでギルドに行く事にするのだった。



 三人はギルドの前まで来るとギルドの前に貴族風の男とその部下の板金鎧に身を包んだ兵士三人が立っていた。


「なんだ、ありゃ?」


 ルメヤがダンサスの村に似つかわしくない連中に気づいて声を上げた。


「貴族っぽいけどこんな田舎で何してるんだろう?」


 シンも気づいて首をかしげる。


「本当だわ。悪趣味な服装がまるで……」


 エアリスは何かに例えようしていたが、途中で言葉を止めた。


 シンとルメヤは、エアリスの言葉に反応して振り返ると、そこには青ざめた表情のエアリスがいた。


「エアリスどうした、顔色が悪いぞ……?」


 ルメヤがエアリスの顔を覗き込んだ。


 シンはエアリスの視線の先の貴族風の男が関係してると思い、咄嗟にエアリスとの間に立ちはだかる様に体を入れると視界を遮った。


「アイツが原因かエアリス」


 シンは察するとルメヤにもあちら側からエアリスが見えない様に体を入れさせた。


「……あの男、縁を切った私の母の不倫相手で、私の婚約者予定だったウワーキン。没落子爵家の次男よ」


「なんだそれ……。情報量が多過ぎるだろ……!」


 ルメヤがエアリスの複雑な不幸設定に呆れた。


「それはまた……、エアリスが青ざめるのもわかるよ。そんなクズ、会いたくないよな」


「よし、この場を離れよう」


 ルメヤがエアリスを隠しながら来た道を引き返そうとした。


「おい、そこの二人待て。そして、その陰に隠れている者は見えるところに出て来い」


 ウワーキンがシンとルメヤの後ろ姿と、そこから少し影が見えたエアリスに目ざとく気づいて呼び止めてきた。


 だが、三人はその言葉に気づかないフリをして無視するとその場を離れようとする。


「お、おい!ヴァンダイン侯爵家の人間(になる予定)を無視するとは無礼だぞ!おい、お前達、あの者らを止めよ!」


 ウワーキンは連れていた兵士三人に命令する。

 兵士達は言われるがまま、走ってこちらに向かってくるとルメヤとシンの肩を掴んで振り向かせようとする。

 シンとルメヤは引っ張られる勢いに合わせて振り向くと手を撥ね退けた。


「何だお前ら、抵抗する気か!」


 兵士達は手にしていた槍を構える。


「お、武器を構えたぜこいつら」


「人の肩を不用意に掴んでおいて何言ってるんだ?」


 ルメヤとシンはウワーキンの視界を遮る様にエアリスとの間に立ちながらやる気満々だ。

 すると、表の騒ぎにギルドからクロエが出てきた。


「何事ですか!」


 珍しく語気を荒げて、割って入ってきた。


 ウワーキンと兵士達はその声にクロエに視線が集中した。


「何だ、娘。吾輩はヴァンダイン侯爵家の人間(になる予定)だぞ?」


 ウワーキンはクロエを足元から舐め回す様な視線で全身を見ながら、権威を振るってきた。


「私は冒険者ギルドダンサス支部長です。貴族の方であろうとも、国とギルドの誓約で冒険者ギルドに干渉する事は許されていないはずですが?うちの冒険者に武器を向けるとは、どういったご用件でしょうか?」


 クロエは内心では侯爵という肩書にビビりながらも、表面上は支部長として権威を示した。

 視線の片隅にエアリス達が建物の影に逃げる様に隠れるのを確認すると、役目は果たせたと、内心安堵するのであった。

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