イチゴ

あべせい

イチゴ


「あなた、このイチゴ、買っていい?」

 保安員の加嶋の前で、30代の女性が、前を行く夫らしい40代の男性に、そう声をかけた。しかし、男性は聞こえないのか、振り返りもしない。

 加嶋は、戸惑っている女性を見て哀しくなった。結婚して何年になるのだろうか。こどもは? 収入は? いろいろ知りたい。女性はかなりの美形だ。それでも、夫には忠実のようだ。手にしていたイチゴパックを売り場に戻し、前を行く夫の後から静かについていく。

 加嶋は、女性が戻したイチゴパックを手にとり、じっと見た。税抜き¥780。真っ赤な大粒のイチゴが15粒詰められている。これが高いのか。この程度のものを買うのに、夫の許しがないといけないのか。彼女は、あんなに美しいのに……。

 加嶋は万引き摘発という本来の仕事を忘れて、女性の後を追った。加嶋は、中堅どころのスーパーマーケット「VS」に派遣されている保安員だ。VSは1階が食料品、2階が衣料品売場になっている。

 女性は夫のそばにいた。そこは牛肉売り場。和牛、国産牛、外国産牛肉と多くの種類の牛肉が並んでいる。

「あんなもの、うまいかどうか、食ってみないとわからんじゃないか。それに高すぎる」

 夫が独り言のようにぶつぶつ言っているようす。

「あなた、ステーキでしょう? この和牛がおいしそうだわ」

 夫は無言でパック詰めの牛肉を眺める。

「これがいい。これにしよう」

 夫が指差したのは、真っ赤な米国産牛だ。

「あなた、アメリカのお肉は固いわ。それに以前、狂牛病という騒ぎがあったから、不安だわ」

「いいから、これにしろッ!」

 夫は怖い顔をして命じるように言った。

「はッ、はい……」

 女性は、ステーキ肉2枚が詰められたパックを店内用バスケットに入れた。すると、夫は、同種のパックを素早くもう一つ取って、バスケットに投げ入れた。

「おれは、量を食べたいンだ」

 と、女性が初めて、鋭い目つきで夫を見上げ、

「わたしはそんなに食べられません。固い牛肉は、少しでけっこうですッ」

 叫ぶように言った。

「だったら、残りは全部。おれが食べる。それで文句はないだろう」

 女性は夫の顔がブルブルと震えそうになるのを見てとると、急に静かになり、

「ハイ。おっしゃる通りにします」

 逆らうことなく素直に従った。

 加嶋は2人の背後に立ち、そのやりとりを聞きながら考える。

 この夫の職業は? 妻は専業主婦なのか?

 再び、この夫婦についてのさまざまな疑問が浮かぶ。女性に対する関心からなのだろうが、こんな男の妻であることが許せない。じゃ、どうすれば……。

 加嶋は38才、独り身だ。結婚歴はない。これまで2人の女性と同棲したことがある。それぞれ3ヵ月と短い期間だった。同棲を解消したのは、ほかにいい女が出来たからだ。加嶋はそんな男だ。しかし、加嶋は思う。この女性は違う。絶対に何とかしなきゃ……。

 そのとき、加嶋の職業意識が反応した。グレーの帽子を被った50代女性の手の動きがおかしい……。加嶋は一瞬迷ったが、仕事優先だ。夫婦のそばを離れて、帽子の女性に意識を集中させた。

 帽子の女性は、肉コーナーから見ると、縦スジのお菓子コーナーをうろうろしている。カートに取り付けてあるバスケットには、ネギと豆腐、コンニャクしか入っていない。

 加嶋は、彼女が店の品物をカートにぶら下げている手提げバッグに入れる瞬間を、現認しなければならない。さきほどは、何を入れたのか、よく見えなかったからだ。このまま見過ごせば、保安員としての適格性を問われかねない。

 帽子の女性がチョコレート売り場の前で立ち止まった。粒チョコが入った大きな袋を棚から手にとり、店内用のバスケットに入れた。しかし、手はまだチョコの袋を掴んだままだ。加嶋は、「やるゾ」と直感する。緊張が走る。

 と、そのとき、商品棚の陰にいた加嶋の後ろから、男が現れ、帽子の女性に近付き、話しかけた。あの、イチゴの夫だ。

「あなた、万引きは犯罪ですよ。商品を元に戻しなさい」

 と、ささやくように言った。

 女性はハッとして、男を見る。

「すいません……」

 女性は、手提げバッグから、ソーセージ、蒲鉾、袋入りキャンディの3点を取り出し、おずおずと目の前の商品棚に並べた。

 イチゴの男は困った顔して、それらの商品を手に取ると、

「一緒に戻しましょう」

 と言い、先に立って歩いていく。帽子の女性は観念したように、その後に従った。

 イチゴの男はスーパーの保安員の経験があるのだろうか。しかし、万引き犯の検挙は、店を出てからが原則である。なぜ、そうしないのか。なぜ、未然に防止したのか。

 加嶋は、仕事を奪われたような空虚感を覚え、しばらくその場に立ち尽くした。そのとき、イチゴの女性のことは、彼の頭から完全に消えていた。


 加嶋は保安員になる前、生活安全課の刑事をしていた。しかし、警察手帳と捜査メモを相次いで紛失し、同じ頃、つきあっていた女性に男が出来たことが重なり、人生に嫌気がさして警察を退職した。

 彼の唯一の趣味は食べること。独身の気楽さもあって、休日のたびに、うまいと評判の店に出かける。

 その日は平日だったが、勤務は休み。加嶋は正午過ぎに、高級住宅街にある京料理店に出かけた。

 元々は民家だったが、1階部分を改装して、テーブル席が5卓に、厨房の前に5人がゆったりと腰掛けられるカウンター席が設けられた店になっている。先月、テレビで紹介され、加嶋はその放送を見てすぐに予約を入れたが、ランチでもなかなかとれず、この日になった。

 ランチは5千円のコースのみで、飲み物は別料金。加嶋は案内されたカウンター席の右端に腰を落ち着けてから、周りをざっと見まわした。

 女性客ばかり。それも年配客がほとんど。加嶋のいるカウンター席も、女性客で埋まっている。鹿島の左隣は、中年女性の2人連れ、その左隣は……、アッ、加嶋の眼が光った。どこかで見た美形……! 

 3ヵ月ほど前になるが、あのイチゴの美女だ。たちまち胸の鼓動が激しくなる。加嶋は、間にいる2人の中年女性を呪った。

 イチゴの美女は、ランチの京弁当をほぼ食べ終えている。加嶋の前にランチを持って来た店の女性が、加嶋のそばを離れると、イチゴの美女の所に行き、イチゴの器を置いた。デザートだ。テレビでも宣伝していたが、この店では、デザートに、小さな鶏卵ほどの大きさがある特大イチゴを2粒出す。一粒、千円は下らない品で、農家と特別な契約しているから出来ることだと、店の主がテレビで話していた。

 イチゴの美女は、鶏卵に負けない大きなイチゴを、うれしそうな表情を浮かべながら口に運んでいる。

 加嶋は考える。彼女は、夫に隠れて贅沢を楽しんでいる。いいじゃないか。あんな夫に忠義を尽くす必要があるものか。彼女はもっともっと、己の欲望に対して、忠実であるべきだ。

 加嶋は目の前に置かれたランチを、味わうことなく大急ぎで胃袋に入れた。イチゴの美女はイチゴを食べ終え、席を立とうとしている。加嶋は、最後にデザートのイチゴを大急ぎで頬張り、席を立った。手にイチゴの赤い色がしみつき、ハンカチで擦ったが、なかなか落ちそうにない。

 それから、半時間後。イチゴの美女は電車に乗り、ふた駅目で降りると、デパートに入った。加嶋は尾行を続ける。話しかけるきっかけが欲しい。

 イチゴの美女はエレベータへ。加嶋は彼女のすぐ後ろから乗った。ほかに3人の客がいる。そのとき、何気ない彼女の視線が、加嶋を捉えた。加嶋も彼女の眼を見た。しかし、反応はない。覚えているわけがない。3ヵ月前のあのときも、彼女はおれを見ていないから。

 5階で降り、食器売り場を歩く。加嶋は間に5メートルほどの距離を空けている。彼女にとって、おれは通りすがりの男に過ぎない。加嶋は少し大胆になった。

 彼女は、贈答用の食器を見ている。茶碗、汁椀、湯呑み、それぞれを手にとって、明かりにかざすように見ていく。

 デパートの店員が彼女に近付いた。すると、彼女はサッと身を引くようにしてその場を離れた。再び、エレベータへ。加嶋は迷わず続く。こんどは、彼女と2人きりだ。彼女は加嶋を見る。意味のある視線だ。彼女は「B1」を押した。加嶋も続いて手を伸ばしたが、押そうとしてやめた。この動作を彼女はどのように受け取るだろうか。彼女は後ろに立っている加嶋を、不愉快そうにチラッと見た。

 地下食料品売り場。彼女はまっすぐに果物コーナーに進む。彼女の大好きなイチゴが並んでいる。さきほど口に入れた大粒のイチゴもある。

 彼女がイチゴの棚からメロンの棚に目を移したとき、売り場の若い男性が親しげに彼女のそばに立った。優しい顔立ちをした細身の男。

「きょうは何にする?」

 すると、彼女は後ろにいる加嶋のほうにチラッと視線を送り、男に何かささやいた。男は、反射的に、加嶋を見た。鋭い矢のような視線だ。

 加嶋は一瞬、怯んだ。男はイチゴの彼女より一回り若い。背が高く、短髪、マスクもいい。加嶋の敵ではない。

 加嶋はその場から離れた。人ごみにまぎれて足早に遠ざかる。しかし、歩きながら思う。彼女のことは何も知らない。このままだと、再び会うことは難しい。加嶋は立ち止まると、すぐさま踝を返し、果物売り場に戻った。そっと、静かに、2人に気付かれないように。

 加嶋は果物売り場に最も近い柱の陰に立ち、イチゴの女性を見つめた。女性は、マスクメロンを選ぶように眺めている。さきほどの若い男はいない。と、突然、加嶋は、ポンと肩を叩かれた。

「エッ!」

 果物売り場の若い男だ。加嶋が驚いていると、男は親指を曲げ、売り場の背後を示す。細い通路を介して事務所や関係者控え室などがあるエリアだ。

 加嶋は刑事時代の癖で、拳を作り、上からハンカチを巻いた。殴られれば、お返しはする。加嶋のやり方だ。

 加嶋は男の後についていった。男は細い通路に入ると、すぐに立ち止まり振り返った。

「あんたがだれとは聞かないが、もう2度と来るな。おれはケンカが出来ないンだ」

 男はそう言って、内ポケットから、手垢のついたカードを出して示す。それには、顔写真とともに「空手有段者」の文字が見えた。それまで気がつかなかったが、男の手指の関節が節くれだっている。優男と思ったのは大間違いだ。

 加嶋は、

「わかった。帰る」

 とだけ言い、その場を離れた。

 女性の浮気相手は、若い格闘家だった。しかし、加嶋には、それが何なのかわからないが、違和感が残った。


 加嶋はビルの陰に立ち、じっと待ち続けた。イチゴの女が若い男と出てくるときを。

 デパートの出入り口は2箇所あるが、加嶋の位置からはかろうじて両方を監視することができる。距離にして約50メートル。間には、片側3車線の車道と幅5メートルの歩道があり、多くの車と歩行者が絶えず行き来している。

 そのときは、意外に早く訪れた。30数分後、イチゴの女が現れた。ひとりだ。男とは、あとで落ち合うのだろう。

 加嶋は直ちに行動を開始した。尾行は、刑事時代にやった記憶はない。警察学校での講義や同僚の話から、コツは心得ているつもりだ。

 対象者との距離は、30メートル以上保つ。対象者が振り返った際、絶対に目を合わせてはいけない。

 女は、加嶋がいる方向にやって来る。駅に行くらしい。しかし、女は改札口を素通りして、駅のコンコースから反対側に出た。JRと私鉄2本が入っている駅だ。雑踏のおかげで、尾行は楽だ。

 女はしきりに腕時計を見ている。だれかと待ち合わせなのだろうか。もう一人男がいるのか。

 女は駅前の大きな交差点を渡る。さらに「××会館」と表示された7階建ての建物に入って行く。エレベータホールには、エレベータが2基。その脇に、腰の高さほどの立て札があり、「旭丘高校3年B組同窓会会場 5F」と紙に認めてある。

 加嶋は彼女が一人でエレベータに乗るのを確認すると、エレベータホールに行き、階数の表示ランプを見つめる。間違いない。加嶋は彼女を追った。

 エレベータを降りると、受付が見える。加嶋は急いだ。参加費用3千円とあり、受付台には出席者リストと書かれているA4の用紙がある。

 コレだッ。加嶋は内心、小躍りする。23番目に「池麻麗果」とある。「いけあされいか」と読むのだろう。その横に記された住所と電話番号を素早く頭に叩き込む。元刑事の腕の見せ所だ。

「あのォ、お名前をお願いします」

 受付の女性が、加嶋を見て催促する。彼の後ろに、もう一人の男性が立ち、待っている。もう、ここには用はない。

「急用を思い出したので、失礼します」

 加嶋は踝を返した。

 夜はあの男と会うのだろう。他人の情事を覗いても仕方ない。やるべきことはやった。加嶋は満足していた。


 加嶋が食品スーパー「VS」に派遣されて、あと5日で6ヵ月になる。加嶋が勤務する会社では、スーパーの保安員は6ヵ月ごとに派遣先を変えることになっている。顔を覚えられなくするためだ。

 その日、加嶋がVSの事務所に顔を出すと、店長が渋い顔をして、腰掛けている。店長の前には、20代の女性が下を向いている。2人の間のテーブルには、商品の入ったレジ袋が置かれている。女性の顔には見覚えが……、!

「店長、どうされたンですか」

「キミのところの新人さんだろうッ」

 と言いかけたとき、

「加嶋さん、すいません」

 若い女性が伏せていた顔をサッと上げた。加嶋が昨日、会社で上司から紹介された、ことし入社した新人の岳那味(だけなみ)だった。しばらく研修させたいということで、きょうから3日間、このVSに来ることになっていた。加嶋はいまそのことを思い出した。

「わかるように説明してくれないか」

 加嶋は、那味に言った。

 すると、店長が横から、

「万引きを見つけたのはいいが、誤認らしいンだ」

「誤認ッ……」

 保安員が最も気をつけなければならないことだ。加嶋にも経験がある。

「いいえ、誤認なンかじゃ……」

 那味は加嶋の眼に向かって懸命に訴えた。しかし、声に力がない。

「しかし、品物が出て来ない。当人はご立腹されている。当然だが……。いま奥の部屋におられる。男性だ」

 事務所の奥には、四畳半と狭いが、金庫置き場を兼ねた店長の部屋がある。

「現場は見たンだな」

 加嶋は那味に念を押した。

「ハイ。イチゴのパックです。それもとびきりの大粒、2粒入り¥1980のパックです」

「エッ!」

 店長が驚いた。

「さっきはそんなことを言わなかっただろう。イチゴのパックとしか言わなかったじゃないか」

「いいえ、言いました。高級イチゴパックをコートのポケットに忍ばせた、って」

「加嶋さん、どうしようか?」

 店長の不安はこうだ。お客は普段着とはいえ、シャれた小ぎれいなジャケットを着ている男性。年齢は52、3才か。目鼻立ちはすっきりしていて、知性を感じさせる。理屈では勝てそうにない。誤認摘発が公になると、店長の身分が危うくなる。

 店長はテーブルの上のレジ袋を引き寄せ、中からイチゴパックとレシートを取り出す。

「このイチゴパックは、間違いなく支払いが済んでいる。しかし、お宅の新人さんは、同じ別のイチゴパックをコートのポケットに入れたと言うンだが、それが出て来ない……」

 那味は、男性がイチゴを2パックバスケットに入れたが、そのうち1パックを万引きし、1パックだけの料金しか支払わなかったので、店の外に出たところで声をかけ、事務所に来てもらったと言う。

 万引きした商品が出てこなければ、こちらの負けだ。加嶋は覚悟を決めた。

「岳さん、一緒に謝りに行こう」

「でも、加嶋さん……」

 那味はまだ、納得できないようすだ。ポケットに入れたが、気がついて商品棚に戻した可能性だってある。那味は、男性がレジをすませ、店を出るまで、目を離さなかったと言うが、だれでも間違いはある。

「その方は途中、トイレに3分ほど行かれました」

 那味は言い添えた。

「負けは負けだ。あとは相手の寛大さに期待するンだな。さァ、行くか」

 加嶋は那味を促し、店長室に続くドアを開けた。ドアに背を向けて椅子に腰掛けていた男性が振り返った。加嶋はその顔を見て、

「アッ」

 思わず、声が出た。

 イチゴの女性、いや池麻麗果と一緒に買い物をしていた彼女の夫だ。

 男性は、加嶋の反応に対して不思議そうな表情をした。しかし、無言だ。

 加嶋は男性の正面に回り、深く頭を下げてから、

「このたびはたいへんなご迷惑をおかけして、誠に申しわけありません。彼女は保安員になってまだ半年、このスーパーはきょうが初めてです。不慣れとはいえ、失礼な言動をどうかお許しいただきますようお願いいたします」

「あなたは上司ですか」

 男性は、加嶋を見据えた。テーブルの下から両手を出し、テーブルの上で拳を作る。茶の上質な革手袋をしている。

「私は依怙地になっているわけではない。彼女が自分のミスを認めないから、怒っているンです」

 加嶋は後ろに立っている那味を振り返り、

「岳。お詫びして……」

「はい、すいません。わたしの……」

 と言いかけたとき、ドアが開いた。

 室内にいた3人は一斉にドアを振り返る。

「アッ」

 声を発したのは加嶋ひとりだった。現れたのは、イチゴの池麻麗果だ。麗果は加嶋を見て、エッという表情をした。彼女はデパ地下でのストーカーが加嶋だったことにようやく思い至ったようすだ。

「あなた、どうされたンですか? 駐車場で待っていても戻って来られないから……」

「だから、メールしただろう」

 夫の池麻は、テーブルの下で携帯を操作していたのだ。

「この人たちが、私を犯罪者にしようとしている」

「まァ。主人は、以前万引きを懲らしめたことはありますが……」

 麗果はかわいい口を手で覆い、加嶋と那味を交互に見つめる。

「でも、容疑は晴れたのでしょう?」

「そうですか?」

 池麻は小バカにするように加嶋を見た。

「ハイ、勿論です」

 そのとき、加嶋は、振り仰いだ麗果の夫の唇の下に、小さな小さな赤い点を見つけた。なんだろう? そのとき、加嶋はハッと一気に合点した。

「失礼ですが、素敵な手袋ですが、当店でお買い求められたものですか?」

「冗談でしょう。こういう高級品はこちらのスーパーでは扱っていない……」

 と言いながら、手袋を外した。加嶋は「拝見します」と言い、その手袋を手に取りながら、目は麗果の夫の素手の指先に集中させた。

 やはり……。加嶋は那味にささやく。那味はすぐさま部屋を出て行った。

「お客さん、当店では店内での飲食は禁じております。高級イチゴも例外ではありません」

 麗果の夫の顔色が急変した。さらにガタガタと彼の体が震え出した。

「あなた、どうしたンですか?」

 麗果は夫に歩み寄る。

「いやだ。いつもの発作みたい。すいません。救急車を呼んでいただけないでしょうか。お注射を打っていただけると、すぐに治ります」

 麗果は冷静だが、加嶋は店長に知らせるとともに、119番した。


 那味は、男性トイレのゴミ箱から、イチゴのパック容器を見つけた。勿論、中身のイチゴはなく、容器は小さく握りつぶされていた。しかし、麗果の夫の指紋は出るだろう。素手で食べているのだから。

             (了)

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イチゴ あべせい @abesei

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