その6

『新橋かな?』

『ああ、間違いないだろう』

 ジョージは三本目のラッキーストライクを、サイドブレーキのすぐ脇に置いた小型のドラム缶型灰皿にねじ付けて、鬱陶しそうにワイパーで邪魔される前方を睨みながら言った。

タクシーが停まった。どうするね?ダンナ?』

『ありがとう、降ろしてくれ。ここからは歩く』

『迎えはいいのか?』

『今のところはな。必要になったら、又呼ぶ』

 俺はそう言って、二つ折りにした万札を三枚手渡した。

『オーライ。ご用命の際にはいつでもお声をお掛け下さいな。』

 彼は愛想笑いをすると、俺を残してそのまま走り去った。

 早いもんだ。

 

 俺はそのまま歩道に出て、急ぎ足で彼の跡を追う。

 傘なんかさしている暇はない。

 雨は前よりは小やみになっているから、俺はコートの襟を立て、彼の入っていったアーケードの中に入る。


 川本博はすぐに見つかった。商店街をまっすぐに、歩きなれた道のように、何の迷いもなく歩いて行く。

 何本目かの路地を横に逸れた。

 俺もすぐに後を追う。

 古びたビル。

 看板が曲がった呑み屋や食堂が並んでいる中に、人一人がやっと通れるくらいの階段を横に持つ、一階が喫茶店。二階が雀荘という典型的な雑居ビルがある。

 彼は階段の入り口で一旦立ち止まり、辺りを見回してから中に入ってゆく。

 後を付けて上がろうかと思ったが、ここで待つことにした。

 三階には窓ガラスに、

『輸入雑貨、横手商会』と、大きな文字が出ている。

 大方の察しはついた。


『横手商会』・・・・前から色々と良からぬ噂のある店だ。

 表向きは確に輸かに輸入雑貨を扱っている店ではある。

 しかし裏では・・・・分かるだろう?

 五分ほどして、川本博が出てきた。

 いつもの陰気な顔に、何となく笑みのようなものが浮かんでいる。

 片手で傘を、右手でコートの下をしっかり押さえていた。

 彼は傘を指し、元来た道を引き返してゆく。

 それだけじゃない。

 器用に片手でスマートフォンをいじり、何事かを確認しているようだ。

 俺は少し間を置いて、尾行する。

 彼は大通りに出ると、再び手を上げてタクシーを停めた。


 俺もスマホを取り出して一声かけた。

『足を頼むぜ』

 1分も経たぬうちにジョージが現れた。

 今度は黒の4WDだ。

『ダンナ、どちらまで?』

『つけてくれ。東和タクシーだ。ナンバーは下二桁44。料金は倍払う』

『オーケィ、飛ばすぜ!』


 結局、川本は其の日はまっすぐ家に帰った。

 金を払って車から降りた彼の顔は、さっきの笑みは消えて、また不機嫌そうな顔に戻って、門扉の前でインターフォンを押す。

 玄関のドアが開くと、あの母親が顔を覗かせた。

 それを確認すると、彼は一層苦虫を噛み潰したような顔になり、階段を上がって、出迎えた母の顔を全く見ようともせず、押しのけてそのまま家の中に消えていった。

『どうする?ダンナ』

『少し見張ってみよう。それから今日は帰る』


 俺はジョージの問いに答え、シナモンスティックを前歯で噛んだ。

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