その2

『中を拝見しても?』俺が言うと、当麻氏は何本目かのラークを灰皿にねじ付け、次の一本に火を点けて頷く。

 中身は便箋二枚に細かい文字で、びっしりと”呪いの言葉”が書き連ねてあった。

 ところどころで文法が破綻しており、正直何が書いてあるのか全て判別出来たわけじゃないが、要するに彼が原作を手掛けた作品についての感想が微に入り細を穿って書かれてあるという事だけは分かった。


 しかし、こんな字で書かれてあるんだからな。好意的な内容ではない。

 便せんの最後、二枚目の一番隅にはこうある。

”オマエヲ許サナイ、必ズふくしゅうシテヤル!


『これだけじゃないでしょう?』

 俺の言葉に、彼はラークを消し(次は点けなかった)、傍らに置いてあった

 バッグを開け、大ぶりの封筒を取り出すと、そこには同じような手紙が十通は入っていた。

 見るまでもない。

 封筒のカナクギ文字、宛名はない。

 同じ人間が書いたものとみて間違いはないだろう。

 他にも、彼が自作の宣伝や思うところを不定期でアップしている、自身のブログにも、似たような批判の書き込みが続いているそうだ。


『警察に相談してみちゃ如何です?ざっと拝見したところ、これは明らかに”ストーカー行為”に該当する。これだけ証拠があれば、警察だって動いてくれるでしょう』

 当麻氏はまたラークに火を点け、ふかし始めた。

 狭い事務所オフィスが、ガスに包まれてしまった。

 幾ら煙を気にしない俺でも、流石に根を上げ、窓を全開にする。

『無論相談してみました。でも”これでは何もできない”と言われました。具体的に何か身に危険が及ぶようなことがあれば別だが、というのが、彼らの回答です』

 そう言ってため息と共に煙を吐き出した。

警察オマワリの言いそうなセリフだな”俺は思った。

 確かに、脅迫状が来ただけじゃ、警察は何もしてくれないだろう。いや、出来ないと言った方が正解かもしれん。

 ましてや彼は作家だ。

 世の中にはアンチって存在もいるし、そのアンチが必ずしも対象に対して危害を加えると決まったわけではないからな。

 そんなものにいちいち警察が取り合っていたら、いくら捜査員を動員したところで足りはしない。

『しかし、このままエスカレートしたらと思うと、僕は気が気ではないんです。幾ら僕ら作家が”表現の自由”で守られているとしても、です』

 当麻氏は”自由”という部分をやけに強調して言った。

『要するにこの手紙のあて名の主を探し出せば良いんですね?』

『ええ、出来れば何故こんな真似をするのか、どうしたら止めてくれるのか、その訳を聞き出してくれたら有難いんですが・・・・』

 彼はまた煙を吐いた。

『分かりました。お引き受けしましょう。探偵料ギャラは一日六万円と必要経費。仮に拳銃を出さなければならないような事態に遭遇した場合は、危険手当として四万円の割増料金を頂きます。詳細はこの契約書に記してありますから、良くお読みになって、納得されたらサインをお願い致します。直ちに着手しますから』


 当麻氏は俺が渡した書類をひったくるようにして受け取り、ロクに読みもしないで、咥えたラークの灰が今にも落ちそうになるのも構わずにサインをして寄越した。

 それから財布を取り出して六万円の現金を、

”これは手付です”といって、卓子テーブルの上に置いた。

 

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