第33話 星一つ

 店主はハルートと言って、歓楽都市ラスヴェールで料理の修行をして来た人だった。

 この味付けは、ラスヴェールの流行りに独自のアレンジを加えたものだとか。


「味には自信があるんだけどね」


 兵士達はこの店に通って、お金を落としていってくれるらしい。

 お陰でなんとかやっていけているとか。

 ちょうど、仕事途中っぽい兵士がやって来て、ケバブサンドを頼んでいる。


「ちょっといい? この店が有名になったら困る?」


 兵士は突然質問してきた俺を見て、訝しげな顔をしていたが、すぐに答えてくれた。


「そうだなあ。もうちょっと混んでるくらいがいいんじゃないか? 

店が潰れちまったら、俺も美味いケバブが食えなくなるからさ」


 やっぱりそうだよな。

 よし、それなら俺の力で、少しでも店を宣伝してやることにしよう。


「ヘルプ機能、星による評価機能を追加」


『追加しました。評価をして下さい』


「星五つだ」


 俺は店の感想を書き込むと、星を五つ入れた。

 すると、温泉都市ゴーラムのグルメ情報の中で、この店がぐんと順位を上げる。

 あ、そうか。

 他には星が入ってないから。


『これから、ゴーラムにある店には利用客からの星が評価基準として入ることになります』


「みんなネットにアクセスできないのに?」


『人の深層心理に働きかけるようになるのです』


「へえ……」


「カイル様、またその板とおしゃべりして……。私、その声、絶対自分と似てないと思うんですけど」


 新しいケバブサンドをパクつきながらセシリアが言う。

 それ、三枚目だよね?

 朝食なのによく食べる……。


「あれ、こんなところに店が」


 突然、声がかかった。

 横を見ると、観光客らしい家族連れがいる。


「言ったでしょ。こっちに店がある気がしたの。ねえ、このお店で一番美味しい料理をちょうだい」


「喜んで! うちはどれでも美味いよ!」


 家族連れは、口々に注文をしている。

 店主のハルートは嬉しそうに、料理を作り始めた。


「すげえ。速攻で客が来た」


『人の深層心理に働きかけています。ニーズがある方を呼び寄せる効果があり、彼等の印象が良い場合、また新たに星が付きます』


「へえ……」


 料理を食べた家族連れが、「美味い!」「美味しい!」と連発し始める。

 あっ、星がついた。

 また、店の順位がぐんと上がる。


「おっ、あったあった!」


「美味そうな匂い……!」


「いらっしゃい!」


 どんどん人が来るぞ。

 俺は接客を始めようとするハルートに声を掛けた。


「これから客がかなり増えると思うから、誰か雇った方がいいかもしれないですよ」


「えっ? そうなら嬉しいな。ありがとう、あんた達が来てから、客がどんどん来るようになったよ! まるで幸運の運び手だな!」


「そりゃそうさ。こっちには伝説の英雄姫がいるんだ」


 俺はそう言って、三枚目のケバブサンドを食べきったセシリアを指し示した。


「ほむ?」


 ソースで口の周りを汚したセシリアが首を傾げてくる。

 その姿を見て、俺もハルートも笑った。


「可愛い英雄姫様だな! だけど、それが本当なら百人力だ。どんどん売るぜ!」


 ハルートはやる気になったようだ。

 俺は、このままでは四枚目を食べることになるセシリアを店から引き剥がし、帰ることにしたのだった。






「カイル様の力って、本当に便利ですよねえ。まさか、商売の役に立つこともできるなんて」


 まんぷく湯けむり亭の扉をくぐりながら、しみじみとセシリアが呟いた。


「うん、それだけ色々な種類のアプリがあるわけだからね。それが全部、現実に効果を及ぼすってのは俺もびっくりした」


 グルメ情報アプリで、俺が良い星をつけてやれば、その店は繁盛するってわけだ。

 分かりやすい。

 ハルートの店は実際に美味しいし、これで売れてくれたら万々歳だ。


「この世界なら、わざと星1をつけて評価を下げてくるやつもいないだろうしな」


 俺はそう呟いた後、ふと思った。

 ……本当に、星1を付けてくる奴がいないのか?

 だって、俺が星を付けて客を呼んだら、店に勝手に星が付き始めたじゃないか。

 あれはつまり、俺が店を星で評価するシステムを作り出したことになるんじゃないだろうか。

 今は無意識で、客が星を付けてるけれど……。


「あ」


 星がついた。

 星1。

 ハルートの店の総合評価が下がる。

 なんだこれは。

 いや、店の料理には好き嫌いがあるだろうけれど……。


「ヘルプ機能。星による評価機能って、俺以外にも自由に扱えたりする?」


 扱えるわけはない。

 だって、これはスマホを持っている俺だけがアクセスできる、グルメ情報アプリなんだから。

 だが、ヘルプからの返答は俺の期待を裏切るものだった。


『アクセス可能です。この世界“ガーデン”と深く接続した、上位存在であれば』


「それって誰だ?」


『悪魔と呼ばれています』


「おいおい……!」


「悪魔ですか!?」


 その名が出た途端、セシリアが目を輝かせた。

 戦意に満ちた輝きだ。


「悪魔? なになに、出たの!?」


 顔を出してきたのはエノア。

 すっかり元気になったようだ。


「二日酔いはもういいの?」


「うん! 温泉入って、たっぷりお茶を飲んでね、それでスカッとしたら二日酔いが治った! 

だから、うちはいつでも悪魔退治に出られるよ!」


 英雄姫二人がやる気になってしまった。

 こうなると、俺もやらざるを得ない。

 何しろ、俺がこの世界に呼ばれた理由は悪魔と戦うためだからな。


「よし、じゃあ行こうか。と言っても、まだ悪魔が出たとは限らない。

グルメ情報アプリが、ちょっと変な動きをしただけだからさ。もしかして、本当にハルートの店の味が気に入らない人がいたのかもしれないし」


 二人を連れて、元の道を戻ることにする。


「ハルートさんの店を悪く言う人がいたんですか? 許せません!! だってあそこ、とっても美味しかったんですもの!」


 肩を怒らせるセシリア。


「例え悪魔じゃないとしても、嫌がらせをするような人がいるなら、私がこの手で……」


「どうどう、落ち着いてセシリア? うちら英雄姫が本気出したら、シャレにならないから」


「どんな判断をするにせよ、実際に確認してからにしよう!」


 俺達は、ハルートの店がある路地までやって来た。

 そこから、ちょうど一人の男が出てくるところだった。

 上質の衣服を着た、一見して貴族のようにも見える男だ。


「どうぞ」


 彼はそう言うと、俺達に道を譲った。

 あの顔、どこかで見たことがあるような。


「ありがとうございます」


 セシリアが礼を言い、通り過ぎる。

 エノアも「どもども」と口にしながら通過した。

 そして俺も……。


「……思い出した。ナディアのブログに、あんたいたよな」


「ほう!」


 男は目を見開いた。


「あんた、星1をつけたな? なあ、悪魔ダンタリオン……!」


 その名を呼ばれ、男は怪しく笑ったのだった。

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