第23話 唸れ自制心

 部屋に作られた巨大で豪華なソファに腰掛け、スマホをいじる。

 上級魔法に含まれた、各種魔法。

 それに屋外散策用の、サバイバル系アプリ。これは水探索とか、色々なアプリと統合されたか。

 鑑定アプリは、一度鑑定したデータを保存しているみたいだ。

 そして、地図アプリ……ん?


「地図アプリに変なアイコンが生まれてる。これは……っと! “ブレイブグラム”に繋がったぞ!?」


 地図とSNSが繋がる?

 一体どういうことなんだ。

 ちょこちょこと画面を触っていたら、セシリアのアイコンが点滅した。


「えっ? これはこの城の見取り図……。

もしかして、この光ってる点がセシリアか? おい……おいおい、ちょっと待て」


 俺は震える指で、見取り図の光る点に触れてみた。

 あっ。

 頭上から見下ろす映像になる。

 湯気で曇って見えにくいが、二人が広い浴室で座って、何か話をしている光景が見える。

 い、いけない。

 これ以上見ては、セシリアの信頼を裏切ってしまうことになる……!


「う、うおおお!! 俺の自制心を舐めるなああああ!!」


 俺は絶叫しながら、アプリを落とした。

 最後の瞬間、セシリアが不思議そうな顔で頭上に目をやった気がした。

 声が届いてた……?


 しばらくすると、バスローブ姿になった二人が戻ってきた。

 ほこほこに温まったようだ。


「良いお風呂でした。水もお湯もないのは、初めてでした。あの、カイル様、どうです?」


 セシリアが俺の前でくるりと回ったら、なんだかいい匂いがした。


「いい匂い」


 さっきから思考が停止している俺は、思ったままを口にする。

 すると彼女は微笑んだ。


「良かった! 香りのする油を塗り込んでくれたんです。髪の毛も、つやつやしているでしょう?」


「サラサラのロングだものね、セシリアちゃんは。うちはほら、天然のくせっ毛だから」


 三つ編みを解いたエノアは、真っ赤な髪がウェーブを描いて広がっている。

 彼女もやっぱり、いい匂いがした。

 これはこれで可愛いと思うんだがな……。


「いい匂い」


「むふふ、ありがとうカイルくん。

君もお風呂に入ってきたら? 生き返るよー? あ、これ、うちにしか許されないジョークね」


 今日、本当に生き返ったエノアが言うと説得力があるな。


「じゃあ、俺も風呂に入ってくるよ。つまりこれ、いわゆるサウナなんだな」


「サウナ? カイルくんの世界のお風呂の呼び方かな? それより……ちょっと残念だったなあー」


 チラチラと俺を見るエノア。

 今後も絶対に覗かないからな!?

 いや、覗きかけたけど、俺の自制心で留まったのだ。


「あの……カイル様?」


「うん、どうしたのセシリア?」


「お風呂では垢すりとかするみたいですから……よかったら私がやりましょうか?」


「いえ結構ですっ……!!」


 俺は彼女の申し出を辞退し、風呂へとダッシュしたのだった。

 なんだなんだ。

 どうして俺との距離を詰めてこようとするんだ!

 女子との距離感なんか分かるか……!!


 そして俺は風呂に入り、何故か入ってきたハマドと談笑し、垢すりしてもらい、風呂上がりのドリンクを楽しんでから部屋に戻った。

 さっぱりした。


「カイル様、お風呂はどうでした?」


 なんと、セシリアが風呂の前で出待ちをしていた。


「気持ちよかったよ。でも男の入浴風景など聞いても面白くないのでは……」


「私が聞きたいんです!!」


 鼻息も荒く、セシリアに詰め寄られた。


「いい香りがするお風呂だったよ。

俺の世界だとサウナって言うのに近いけど、そこまでは暑くなかったかな。

ハマドとこれからのディアスポラ、みたいな話をしながら汗を流してきた。

壁際に、階段みたいになったベンチがあるんだな」


「はい。あそこで私とエノアも、座ってのんびりしました。

汗がどんどん流れてくるから、持って入った布もすぐに濡れてしまって……」


 その光景は頭上からちょっとだけ見ていました。

 鳥瞰図みたいな見方をしても分かる、セシリアの胸元……。

 いかんいかん。

 忘れろ、俺。例え脳裏に焼き付いているとしても、あれは見てはいけない光景だぞ。


「カイル様? 顔が赤いようですけど、お風呂が熱すぎましたか?」


「いや、そ、そうでもない」


 部屋に戻ったところで、夕食が運ばれてきた。

 鳥を蒸し焼きにしたものとか、どこで獲ってきたのか魚のグリルとか。

 これに香草がたっぷり掛けられていい香りがする。

 ピザっぽいパンとか、ピラフっぽい料理もある。

 フォークなどは無い。

 ディアスポラは手づかみで喰うのだ。

 ちなみにスープだけは、木製のスプーンが付いている。


「食べながらでいいから聞いて欲しい」


 俺はむしゃむしゃやりながら切り出した。

 手のひらでピラフのお米をまとめ、次々に食べているエノア。

 そして、豪快に鳥の蒸し焼きにかぶり付くセシリア。

 男前な食べ方をしている二人は、パッと動きを止め、俺に注目した。


「これからの目的についてなんだけど、俺はよくこの世界のことを知らない。

だから、しばらくこの国で世界の情報を集めようと思うんだ。

ディアスポラは、世界中から戦士が集まるんだろ? 

なら、ここ以外の国のことを知っている人も多いはずだ」


「いいと思います!」


 セシリアは一も二もなく賛成した。

 彼女に聞けば色々教えてくれそうだが、俺は自分自身の目と耳で、世界のことを知りたいと思ったのだ。


「うちも賛成ー。

セシリアちゃんに聞いたけど、君達ちょっと生き急ぎすぎ。

なんで数日そこらで、黒貴族を二柱もやっつけてるの。

確かに凄いことだけど、準備する余裕も無かったんじゃない? 

命が幾らあっても足りないよ」


 エノアの意見はなかなかシビアだ。

 確かに、勢いだけで黒貴族に挑んでいた気がする。

 今までは乗りで勝ててしまったけれど、そういつも上手く行くとは限らない。

 むしろ、俺とセシリアが、そろそろ悪魔達にマークされている可能性だってある。

 準備をしたり、調べ物をしたりは絶対に必要になるだろう。

 さすがエノア、先輩英雄姫は言うことが違うな……。


「うちさ、二百年経つと食べ物も、着る物も割と変わってて楽しいのね? 

ってことで、ちょうど観光とかしたかったからゆっくりしてくれるのは嬉しいわけよー。

あ、カイルくんとセシリアちゃんが真面目に仕事するのはいいことだと思うよ!」


 前言撤回だ!

 いや、心の中で思っただけだけど。

 そうか、エノアは自分も得をするからこういう提案をしたんだな。

 それはそれで彼女らしい。


「じゃあ、明日からの予定は、俺とセシリアは調べ物で、エノアは観光だな」


 俺がまとめたところ、エノアが「は?」と言った。


「何言ってるの。カイルくんとセシリアちゃんも一緒に決まってるじゃない」


 当たり前みたいな顔で言ってのける。

 今度は、俺とセシリアが「はい!?」と言う番だった。

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