第22話 ふたたびディアスポラ

「なんと……黒貴族アスタロトを倒したとは……!!」


 驚きのあまり、へなへなと腰が抜けるディアスポラ国王。

 傭兵の国の王様だけれど、彼は武人という気質ではないみたいだ。


「我は信じますぞ。

つい先程、ディアスポラの各地で土地が沈降する事件が起こりましてな。

ついて来てください」


 第二王子ハマドが、俺達を連れて先日の見張り台へと向かう。

 そこの窓から見える光景は……。


「うわっ、あちこち地面が崩れてるなあ。あれ、間違いなくアスタロトの核撃の余波だ」


「本当ですね……。民に被害は出たのですか?」


「いえ、幸い、予兆がありまして。

地面が突如隆起したので、近隣の住民が避難したのです。

その後、隆起から突然の陥没が起こりまして。

お陰で、負傷者はいるものの奇跡的に死者はありません」


 その辺りは、さすが国民が皆傭兵の訓練を積んだディアスポラだ。

 危険を感じたら、楽観視しないで避難したんだな。


「ま、これってカイルくんのあの魔法も関わってるでしょ? 

でも、地上で使わなかっただけ被害は少なかったほうだよね」


 俺の肩口からひょこっと顔を出して、エノアが遠くを見回している。

 彼女は目がいいようで、かなり離れたところの陥没現場もよく見えるようだ。

 馴れ馴れしく俺にくっつくエノアと、隙あらば彼女を俺から引き剥がそうとするセシリア。

 そんな光景を見て、ハマドが首を傾げた。


「ところでカイル殿。そちらの娘は何者ですか? 

迷宮に潜られた時には、いなかったと思いましたが」


「ああ、彼女は、英雄姫エノアだ」


「ははあ、英雄姫エノア……」


「よろしくー」


 エノアが、状況をよく理解していないらしいハマドに、馴れ馴れしくボディタッチした。

 ハマドはしばらく考えていたようだが、ようやく言葉の意味を理解したようだ。


「英雄姫エノア…………!? 

か、か、彼女がですか!? 

いやしかし、彼女は二百年前に迷宮に消えたはず……! 

年月が経ちすぎていますし、姿を現すはずがない!」


「ほい」


 エノアが魔弾の弓を持ち上げ、ハマドの鼻先に突きつける。


「むおっ! こ、これは……!! 間違いなく、魔弾の弓……! 

しかも、飾られていたものよりも明らかに使い込まれている……。

では、まさかあなたが……!!」


「よろしくー」


 エノアはまた、馴れ馴れしくハマドの胸板にボディタッチした。

 むむう、男を勘違いさせかねない、エノアの仕草である。

 ちなみに俺とセシリアと比べて、エノアが一番小柄で……実は一番年上だった。

 鑑定アプリで調べたところ、彼女は魔弓使いであり、二百年のブランクを除いても年齢は十八歳。

 二つ上かあ……。

 とてもそうは見えない。


「おっ? カイルくん、今何か、失礼なことを考えていなかったかな?」


「あっ、そんなことはないので、俺のお尻にタッチするのはやめてくれ」


「エノアーッ!!」


 セシリアが怒った。




 謁見の間に戻り、国王に改めてエノアの事を伝えた。

 すると、とうとうこの王様、腰を抜かしてしまったようだった。


「あわわわわ! 

とうの昔に亡くなったはずの英雄姫が復活して、眼の前にいるだと!? 

国の地下にアスタロトがいたと言うし、そのアスタロトは倒されたと言うし……!! 

今日はなんという日なのだーっ!?」


「陛下は頭がパンクしかけておられるようですな」


 真っ赤な顔になり、うんうん唸りだした国王に代わり、俺達の相手はやっぱりハマドがしてくれることになった。

 彼は俺達に、王宮の一室を提供してくれるそうだ。

 アスタロトの迷宮を攻略したばかりの俺達、流石に疲れ切っているし、エノアなんて二百年分の時差ボケみたいなものがある。

 ありがたく好意に甘えさせてもらう事になった。


「……同室か……」


 広い部屋に案内された。

 キングサイズの天蓋付きベッドがどでんと一つだけある、そんな部屋だ。

 ここが、俺達・・の部屋。


「あの……いいんですかね」


「何がです? 

勇者カイル殿は、英雄姫を従える存在だとセシリア様から聞いておりますので。

それに、ディアスポラにこれほど大きく、豪華な部屋は他にありませんから」


 ハマドがちっとも分かってくれない。

 例えば、女子と付き合ったこともない男がいるとしよう。

 つまり俺のことだが。

 それが、とんでもない美少女二人と同じ部屋で暮らすことになる。

 しかもベッドまで一緒だ。

 そもそもベッドがでっかいの一つしか無い。


「どうしろと……どうしろと言うのだ……!?」


 俺はわなわなと震えた。

 アスタロトと戦った時でも、これほど強い戸惑いを感じたことはない。


「まあ、カイル様。テントで共に夜を越した仲ではありませんか。寝台を一つにするくらい、なんです」


 セシリアが平然とした風に言う。

 そ、そうか。

 この世界では、それくらいの事は当たり前に行われてるのかもしれない。

 郷に入らば郷に従えとも言うしな。

 俺は、「そういうもんか」と言おうとセシリアに振り返った。

 もう、セシリアが耳まで真っ赤なの。


「ええっ……」


「カイル様は勇者で、私はあなたに従う英雄姫です。全然、これっぽちも変な事なんてないです、ええ」


 セシリアは、英雄姫としての精神力をフル動員し、平然としたような声色を作っていたのだ……!


「覚悟しちゃいなよ、カイルくん。と言っても……二人とも、当分心配はなさそうに思うけど?」


 エノアはけらけら笑うと、不思議そうな顔をしたハマドを追い出したのだった。

 そうか、ハマドの奴、一応第二王子だもんな。

 女の子とその……あれなくらいは普通なのかも知れない。

 だが、俺に、そんなガッツは無いっ。


「じゃあ、ベッドを区切るので、ここからここは俺の寝るところということで……」


「は、はあ」


「へたれー」


 エノアの罵倒が痛い!


「俺達は、黒貴族を倒さなくちゃいけないんだ。

そのために、何か間違いがあっちゃいけないだろ? 

そ、それに、ほら、万一子供とか出来たりとか、だな?」


「はっ……! ひゃ、ひゃい!」


 セシリアがこくこくとうなずく。

 よし、俺とセシリアの気持ちは一つになった。

 問題はエノアだな。

 この英雄姫、無責任にき付けてくるからなあ。

 要注意だ。


「じゃあ、俺はこれから、アプリをチェックするから。

新しいのをダウンロードしてこれからに備えなきゃだし。セシリアはゆっくり休んでなよ」


「はい。そうさせてもらいますね」


「ねえセシリアちゃん。この国のお風呂ってどんなのだか知ってる?」


「お風呂……? お風呂があるのですか?」


 むっ……?

 スマホをいじりながらも、俺の耳が反応する。


「お湯を沸かしてね。熱い石に掛けて蒸気で部屋を蒸すの。汗がどーっと出て、気持ちいいよ。行かない?」


「ちょっと興味が湧いてきました……」


「決まり! じゃあお風呂沸かしてもらお? じゃあ、うちらお風呂行くから。カイルくんは後でね」


 エノアはセシリアの手を引くと、部屋を出ていった。

 去り際に、俺にちらりと意味ありげに流し目をくれて、ニヤリと笑った。

 あいつめ、俺に覗けとでも言うのか……!!

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