第一話 赤の朝皇

この異界での最初の記憶は、頰に伝わる床の硬く、冷たい感触だった。


今いる筈の“空間”は、ただ暗闇に包まれ何も見えない。


一寸の光の余地もない。視力を奪われたも同然だ。


「ここ……どこ?」


誰かの声が遠く反響する。その声で、どうやら空間が室内であること、そしてその室内はかなり広く、例えるならば聖堂のような施設であろうとオレは推測した。


「おい!?……みんな生きてるか!?」


烏丸の大声が響いた。クラスメイトたちは、状況に対する不安をかき消すように彼に返事をする。


「烏丸ーッ!」「おおおおおい!!」「生きてるぞおおおおおッ」




「…………“静かにしろ“」


一人の男の声が聞こえるまでは。


「………!!!」「…!」「………!!」


その瞬間、誰一人の言葉も消える。喋るのをやめた訳ではない。



「……!?」「!!!…………!!!!!…?!……」


どんなに声を出そうとしても、声が出ない。


どんなに暴れようとも、音が出ない。


全く音を発することのできない超常的な状況にオレたちは瞬く間に、それも同時に陥ってしまったのだ。


「……だから若い奴は嫌いだ。」


「“照らせ”」


そう男が呟くと、瞬時に蝋燭に明かりが灯る。真っ暗だった室内は、昼のような明るさを得て、その広く美しい内装を確認できるほどだった。


感覚を取り戻す事は相当な安心感があったようで、何人かの女子は寄り添いあって号泣している。


が、取り戻したと同時にその情緒が一瞬で反転するであろう事実に、俺たちは気づいてしまった。



「おい……! 10人ちょっとしか居ないじゃねえか!!」




俺達がいるクラスは全員で39人。 気を失う直前はテスト前だった事もあって全員あの場に居た。つまりこの聖堂には39人居るはずだと、誰もが思っていたのだ。


だが実際は三分の一。13人しかこの場には居ない。


残り26人は何処に行ったのか? 最悪の想定が、全員の脳裏によぎる。


そんな中、広中が広い聖堂の構内を走り、その男に近づこうとする。


既に沈黙の魔法は解かれてはいたが、13人しかいないこの状況で声を出すものは誰も居なかった。


「てんめえええええええッ!! 他の奴らどこだあァッ!!!!!」


広中龍太郎、ただ一人を除いては。


野球部のエースであり、クラス一の瞬足を誇る広中とその男の距離はすぐに近づき、

彼の手足が男に届きそうなほどに近づいたその瞬間だった。


「“隔てろ”!」


「おい止まれ広中ッ!」


その男の大声に嫌な予感がした烏丸が、広中を止めようとするが時すでに遅し。


約2秒後には、にぶち当たる広中の姿があった。


「んぐっ……」


膝をつき崩れ落ちる広中。 そして同時に、男が鉄で造られた円形のを取り出し、それを口元に当て喋り出す。


するとその瞬間、突然脳内に直接声が響いたのだ。


『何もせず、落ち着いて私の声を聞け』


『私の名前は朝皇。端的に言えば、君達をこの場に呼び寄せた人間だ。』


『私には君たちが今どこにいるのか、何故ここに呼ばれたのか、』


『そしてなぜ10人程しかいないのかを説明する義務があるだろう。』


それから朝皇によるこの世界の説明が行われた。


要約するならば、この世界は巨大な三つの国に分かれており、それぞれが戦争を続けている事。


その戦争の膠着状態を打破するために俺たちを召喚した事。


他の二国も同じように召喚して、おそらくクラスメイトはその国々にいて、洗脳され兵士にさせられた事


そして他の世界から来た俺たちは、この世界の人間より何倍も強い能力を持つ事が説明された。


「何倍も強いって、どうやってそんなのわかんだよ。」


いつのまにか意識を取り戻した広中が質問する。


『それを今から確かめるんだ。』


そう言うとサイクルは左手を円を描くように動かし、小さく唱えた。


『“板”を用意しろ』


すると空気が歪み、何処からともなく楕円形の小さなガラス板の様な物が現れる。


そしてその瞬間、その空気が音を立て震え、クラスメイト全員の指を小さく切ったのだ。


真空による異常な低気圧がそうさせたのは容易に理解できた。


いわゆるだ。だがそれが出来たのかは分からない。


かまいたちを引き起こさせた、朝皇が持つ力が俺たちにも備わっている、という事なのか?


『板に血を垂らせば力の詳しいことがわかる。 私たちはそれを“ステータス”と呼んでいる。』


『さあ、垂らせ。』


言われるがままに俺たちは血を垂らす。


まだ、俺たちは運命を知らない。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る