最終話・借りと貸し

 二度目の一目惚れをしたあの日から、良い事と悪い事が一つずつできた。

「紗霧ちゃんもやってみればいいのに」

「見てるだけでも楽しいよ」

 相変わらず心春の後ろ姿とゲーム画面を眺めるだけ。それでも足繁く通っていく内に、距離が縮まった気がするのが、まずは良いこと。

 心春からは『あんな泣かされたのにまだ来るとか、ほんとマゾだよね』と失笑混じりに言われたけど。

 もう一つ、悪いことについて――

「で、話ってなに?」

「……私と美桜が付き合ってるって噂が立ってるの」

「まーこれだけ家に来てたらね」

 ゲームが一段落ついた心春は私の隣に腰を掛け、真剣味な表情をしてくれた。

「噂を真にするって方法もあるけどね」

「え?」

「美桜はさ、紗霧ちゃんのこと本気で好きだと思うよ。だから突き放した。傷つけないために」

「……それでも、それが美桜の選んだ道なら、私は踏み込まないって決めたから」

「お互い頑固だねぇ」

 私はどうなってもいい。そもそも美桜に想いを告げた時点で、もし付き合うことができたらどんな批難にも耐える覚悟はできていた。

 しかし美桜は、そうならない為に、多くの好意へ平等に応えてきたんだ。なのに私はその調和を崩してしまった。

「で、それを私に言う理由わけは?」

「お願いがあるの」

 ああ、美桜と心春に出会ってから、私という人間がいかに自己中なのかを何度実感してきただろう。

「これから先、心春の言うことを何だって聞くわ。その代わり……学校に行って欲しいの」

「……なるほど、ね。確かに美桜と紗霧ちゃんの潔白を証明するにはそれが一番だ」

 心春は声のトーンを落とすと、膝を抱えて顔を埋める。

「でも今更学校行くなんて……カロリー高くてきついし……怖いよ。ネットで繋がったゲーム仲間ならさ、美桜を知らないから比較されることもない。自由で、安心できる」

「私は何があっても心春の味方だし、どんなことからも守るって約束する。一瞬だって離れない」

「あはは、紗霧ちゃんおも~い」

「それにこれは心春にとっても悪い話じゃないと思うの。なんてったって美桜にも一個貸しが作れるわけで!」

『重い』という言葉に心臓を射抜かれ、慌てて冗談めかした事を言うも、どうやらソレが心春にとっての決め手になったらしい。

「ううん。それは違うな」

「違うって?」

「……これでようやく一個、美桜に借りを返せる。自分の恋心を殺して、紗霧ちゃんに会わせてくれた借りを」


×


「はぁ~緊張するな~」

 次の月曜日、私は心春と共に通学路を歩いていた。美桜は生徒会があるため先に学校へ向かっている。

「ねぇ、何でもお願い聞いてくれるって言ったでしょ? 一個思いついたんだ」

「なに?」

「もしも美桜が自分の気持ちと向き合って、紗霧ちゃんを求めたときは、ちゃんと応えてあげて」

「……わかった」

「でもそれで、私を蔑ろにするとかもありえないから」

「うん」

「ちゃーんと、平等に愛してね」

 問題はまだ山積みだけど、向けられた心春の――心春だけの笑顔を見て、思う。

 私はもう、十分報われた。

 だからこれからは、彼女達が報われるその時まで、二人を支え続けたいと。

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貴女は『じゃない方』じゃない。 燈外町 猶 @Toutoma

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