第40話 試練の紅白戦 後編 その4


 小川、俺からボールは取れねえぞ、腹が痛いだけだろ?

 サッカーなんて好きでも何でもないなら……

 無駄に痛い思いする必要なんてねえんだ



 だから諦めろ……全部諦めちまえ!!!!



 トドメとばかりに姫野が勢いよく体を反転させ、その凶悪な意思を持った鋭利な肘先を颯太の腹の奥深くまで突き刺した。



「うっ!!!!」


 颯太は思わず苦悶の表情を浮かべてその動きを止めた。


 呼吸が止まり、腰は折れ曲がり、戦意までもがコートの外へと持っていかれる。



「ガハッ!!!!」


 体と心が沈み込む寸前だった。


 颯太は肺の手前に留まった空気を強引に吐き出して、大きく足を一歩前へと踏み出し、崩れ落ちるのを何とか堪えた。


 耐え難い苦しみは確実にあったが、それでも颯太は崩れなかった。

 右手に宿ったその熱が、颯太を支える大きな力となっていた。


 あの時紘に貰った勇気が颯太の中にはずっと消えずにあったのだ。



「効くか!!!!こんなの!!!!」


 颯太はまとわりつく痛みを吹き飛ばすように、叫びながら顔を上げた。


 遠ざかる姫野の背中が颯太の視界にハッキリと映り込む。



「ヨーーーーーイ……」



 颯太はそう言ってスタンディングスタートの姿勢を取り、大きく息を吸い込んだ。

 大量の酸素が全身を駆け巡り、颯太の集中力が急速に高まっていく。


 水中に飛び込んだあの時のように、颯太の耳からは周囲の雑音が一斉に遠ざかった。



 まただ……


 コイツ……

 またアレ・・をやる気だ!!!!



 側にいた勇人が即座に颯太の異変を感じ取った。



「姫野!!!!小川が行くぞ!!!!」


「ドン!!!!!」

 勇人が姫野に叫んだのとほぼ同時、颯太は自ら合図してそこから一気に駆け出した。


 次元が違う飛び出しのスピードに、勇人は体を当てる事すら出来なかった。



「!!!!!!」


 勇人の声に姫野が振り向くと、颯太の顔面がすぐそこにあった。


 割れんばかりに歯を食い縛り、鼻の穴は小銭でも詰めたかのように大きく広がっている。

 ギラギラと不気味に輝く眼球を剥き出しにして激走する颯太の顔面がすぐそこに。


 姫野は颯太の形相に圧倒されたのか、珍しく驚いた顔を見せて急停止した。



 コイツ……

 クソッ……何て顔見せやがる……


 後で大人しく痛がってろよ!!!!



 颯太は姫野の動きについていけず、そのまま一人密集地帯へと突っ込み、敵味方を掻き分けながらその中を走り抜けて行く。


「ふぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬっ!!!!!!」


 中々勢いを殺せずある程度距離はとってしまったが、砂埃を上げながらも何とか強引にブレーキを掛ける事が出来た。



「テメエッ!!!!危ねえじゃねえか!!!!

 ポジション分かってんのかよ!!!!」

 松山が、猛スピードで目の前まで迫ってきた颯太に若干取り乱しながら叫んだ。


 颯太は叫ぶ松山を無視して直ぐに体を反転させると、今度は逆方向から猛スピードで姫野に襲い掛かっていった。



 小川君、凄いけど……滅茶苦茶だ……

 ポジションなんてもう全く関係なくなってる……

 ……ていうかもう皆滅茶苦茶だ……



 颯太が縦横無尽に駆け巡り混乱するピッチの中、それでも大成は虎視眈々とボールの流れだけを読み続けていた。



「チッ……!!!!」


 何なんだよコイツ!!

 滅茶苦茶に動きやがって……


 つーか馬力ありすぎだろ!!!!


 迫り来る颯太の圧に押され、ボールホルダーの姫野は思わず後の栗田へと一旦ボールを下げた。


 彼らしくない、随分とぬるい逃げのパスだった。


「あ、姫野が逃げた……」

 藤波が戻りながらポツリと呟いた。



「晴明、稲葉!!!!」

 大成が栗田の側で身構えていた晴明と紘に叫ぶ。


 その声にハッとした晴明が、まるでスピードの無い栗田へのパスをドギマギしながらインターセプトする。


「稲葉!!!!」

 迫る姫野の気配に気付いた晴明は、上へと駆け上がる紘の名を呼び、目線を合わせてパスへの予備動作に入る。


 追い付いた姫野が足を出し、紘へのパスコースを完全に塞いだが晴明の狙いはそれとは別にあった。


 パスを放った足先は目線とは別方向、後方から猛然と駆け上がってきた颯太へ向けられていたのだ。



「おっしゃああああああ!!!!」



 敵味方の意表を突くトリッキーなパスだったが、颯太は持ち前の反射神経でボールに触れる事が出来た。


 だがしかし、優しさの欠片も無く触れられたボールは大きく前方に飛び跳ねて無情にも颯太から遠ざかっていく。


「トラップはきっちりしねーとな!!!!」

 コントロールもされず目の前に転がってくるボールをクリアしようと、勇人がゴール前から狙いを付けて駆け上がってきた。


 ところが彼は直ぐ様驚きの表情を見せてディフェンスの構えを取る事になる。


 瞬く間に颯太がボールに追い付いてみせたのだ。


 勇人の経験上、それは絶対に有り得ない筈の距離だった。


 ゴール前、いつしか颯太と勇人の一騎討ちの形が完全に出来上がっていた。



 !!!!……認めてやる

 スピードだけは大したもんだ……


 ……恐らく島崎にだって負けてねえ


 だが素人のお前に俺は抜けねえぞ!!


 来い、小川!!!!




 これしかねえ……俺が皆に勝つにはこれしかねえ!!!!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る