【ライトニング】 ~坊主頭の100m最速を目指す少年がひょんな事から始めたサッカーに目覚める物語~
@takex0622
運命の出会い
第1話 運命の出会い その1
6月某日
静岡県 某陸上競技場
全国小学生陸上大会 100m走 小学6年生の部
静岡県地区予選の決勝が今まさに始まろうとしていた。
100m走の静岡県代表として全国大会に出られるのは決勝に進出した8人の内、たったの一人だけ。
小川颯太はそれまでの予選を見事に勝ち抜き、代表になるべく最後の一人を決めるその舞台に立っていた。
あいにくと空は厚い雲に覆われており、見上げれば鬱々とした気分になる。
雨こそ降らないものの、梅雨独特のジメジメとした重く嫌な空気が颯太の体にベッタリまとわりついていた。
競技場のトラックに足を踏み入れてからはより一層不快感が増す。
生ぬるい熱気が足元から這うように体を登ってきて、とにかく気持ちが悪かった。
……ムワっとしてて嫌だなぁ、蒸されるってきっとこんな感じなのかな?
よし、とにかく決勝だ……
今はレースに集中しろ!!
颯太は自分にそう言い聞かせると、両頬を激しく叩き、闘志を高めながらレーンに入っていった。
小学6年生ながら170cmはあろうかという恵まれた体格、刈ったばかりの綺麗な坊主頭、狙うようなギラギラとした眼差しで100m先のゴールを睨み付ける。
レーンでの佇まいはすでに王者の風格だった。
一つ……また一つ……大きく呼吸をしながらこれから始まる最後の戦いへの準備を整える。
俺ならできる!!
絶対に勝てる!!……ねえ……
大丈夫、スタートだけだ……キミ……
スタートさえしっかりすれば……ねえ……
俺は誰にも負けねえっ!!
「ねえ、キミ!!」
ハッと気付いて振り返ると颯太の真後ろには他の選手が立っていた。
「……ここ僕のレーンなんだけど」
「!!!!……悪い」
いつもの悪い癖だ。
全く周りが見えなくなっていた。
颯太はここ一番でプレッシャーに弱かった。
間違えた……一つ隣だった……恥ずかしい!!
くそっ!!まずい……胸が……
落ち着け……ピストルが鳴ったらあそこまで走り抜けるだけだ……落ち着け俺!!
「颯太!!お前なら絶対にやれる!!絶対やれる!!スタートだけだ、いいな!!スタートだけに集中しろ!!」
所属クラブの仲間たちが観客席から颯太に声援を送るが、もはや彼の耳には欠片も届いていなかった。
やばい……心臓がバクバクしてる……いつもそうだ……ここぞっていう時に……くそっ!!
……あ、靴紐、靴紐は大丈夫か?……よし、大丈夫だ!!
短パンの位置が気持ち悪い……やっぱこの短パンにしなきゃ良かったかも……
そういえば今日ちゃんと右足から家出たっけ?
あー!!もうどっちだったかわかんねぇ!!今日は絶対右足から出ようって決めてたのにすっかり忘れてた!!
……ダメだ、ダメだ!!
今は余計なことは考えるな……俺はスタートが下手なんだから……とにかくスタートだけに集中しろ……
何としても全国に行くんだ……もう一度……絶対行くんだ!!
……それにしても始まるまでが長いんだよ……いっそ今日は中止にてくれないかな……
あっ!!!!
体調悪くなったって言えばもしかしたら日程の変更を……そんなわけないか……うぅ……ダメだ、ダメだ!!
今は全国に行くことだけ考えろ!!
颯太は、次から次へと湧き出る煩悩を追い出すように自分の坊主頭をワシャワシャと音を立てて掻きむしった。
「……ねぇ、アイツやっぱメチャクチャ緊張してんじゃない?レーンも間違えてたし……ずっと調子良かったのに……やばい、絶対やばい、だってあれダメな時の顔だもん」
観客席にいた夏海が明らかに挙動不審になっている颯太を見て言った。
「顔がなんだ!!走りに顔なんて関係ない!!颯太なら見ろ、充分イケメンだ!!大丈夫!!俺はやる男だって信じてるぞ!!アイツならやれる!!大丈夫!!……大丈夫……え?ほんと大丈夫?大丈夫だよね?」
コーチや周りの仲間たちも、夏海の言葉に次第に不安になっていった。
いつの間にか颯太の両眉はすっかりと情けなく垂下がり、腹痛にでも襲われ苦しんでいるかのような表情になっている。
どう見てもこれから100m走を控えた選手の顔つきではなかった。
「おーい!!私と約束したでしょー!!
しっかりしろー!!イガグリー!!
アホ面すんなー!!」
夏海は颯太に向かって思いっきり叫んだ。
色白で線が細く、一見すると大人しい良家のお嬢様というのが彼女の印象であったから、発した言葉のギャップに周囲からは一瞬どよめきが起きた。
その反応に夏海は「何よ」と言ったような表情をすると、構わず颯太に向かって前よりも更に力強く叫んだ。
「死ぬ気で走れー!!!!勝たないと絶対に許さないからねー!!!!」
!!!!
鼓動ばかりが大音量で鳴り響く颯太の耳だったが、夏海の声だけは何故だかはっきりと聞き取れた。
……夏海!!
真っ白だった颯太の頭の中が少しずつ鮮明になっていく。
「そうたーっ!!がんばれーっ!!一番になって帰って来い!!夏海に負けるなー!!」
仲間たちも堰を切ったように颯太に声援を送る。
みんな……
颯太は震える手を強く握って拳を作ると、それを天高くかざしてみせた。
「ホント手が掛かるんだから……」
その姿を見た夏海はようやく胸を撫で下ろし、気が抜けたようにポツリと言った。
夏海の隣では友人の女子たちが、どこか気恥ずかしそうにニヤけている。
「……何?どうしたの?……???」
夏海は彼女達のその様子に、ただただ訳もわからず首を傾げるだけだった。
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