魔法の剣技

 俺の投げつけた漆黒球のアイテム「闇光の手玉」は、違う事なく赤鬼にぶつかり……破裂した!

 その直後、赤鬼の身体に「闇光の手玉」から噴き出した黒い霧が纏わりつく!

 赤鬼はそれを嫌い、何とか振り払おうとするんだが……無理だね。

 それは所謂「魔法呪物」と言われる物で、単なる煙じゃあないんだからな!


 ―――魔法呪物「闇光の手玉」。


 敵の身体にぶつけて破裂させる事で発動させるその手玉は、攻撃アイテムじゃあなく攻撃補助アイテムとして中級以上の冒険者には有名な物だ。

 勿論、こんな「始まりの町」近辺で手に入る様なアイテムじゃあない。

 もう少し進んだ先でないと入手は困難だし、何よりもこんな高価なアイテムを使わないと勝てない魔物が出現するのは、やっぱりもっと強い敵が出現するエリアだろう。

 ……まぁそういう意味では、この「鬼族」がこんな場所に現れる事自体が異常事態なんだが。


「アレクッ! あれは一体何っ!?」


 すでに、赤鬼を取り囲んでいた煙は消え失せている。

 でも奴はその場で、まるで踊っているみたいに藻掻もがいていた。未だに自分を取り巻く「闇」を振り払うかの様にな!


「あれは『闇光の手玉』ってアイテムで、今奴は暗闇に囚われて周囲が見えない状態になっている! 攻撃するなら今だ!」


「あ……『闇光の手玉』って、聞いた事があるけど、すっごい高いアイテムじゃない!」


「暗闇に囚われる幻術が封じられていたのか。それで奴は」


 俺の説明を聞いて、マリーシェとカミーラはそれぞれ思う処に感心していた。

 まぁ、確かに今の俺たちには高価な代物なんだが、今はそこが問題じゃあ無いだろう。


「やるぞっ!」


 そんなマリーシェの驚きに対応している場合じゃあない。

 俺は、持っていた「リヒト小薬」と「マチス小薬」を口に含んだ。他の3人も、同様に薬を口にした気配が伝わってくる。

 この小薬を得た以上、もう俺たちには時間が残されていない!


「アレクッ!?」


 俺は赤鬼の盲滅法めくらめっぽうな攻撃を掻い潜り、一気に奴の懐へと入り込んだ!

 その動きを見たマリーシェが、驚きの声を上げる。

 そりゃあ、そうだろう。

 さっきまでの俺の動きから比べれば、信じられないくらいに攻撃速度が向上しているんだからな。


「ふんっ!」


 攻撃範囲に奴を捉えた俺は、思いっきり剣を振り下ろした!


「グアァッ!」


 俺の攻撃は、奴の太腿を捉えてそこに深い傷跡を残したんだ! さっきの攻撃から考えれば、ダメージを与えている事は明らかだった。


「……分った!」


「なるほど」


 俺の動き、そして攻撃力を見て、マリーシェとカミーラも同様に動き出した!

 俺よりも更に電光石火の動きで奴の振り回した金棒、そして太い腕を躱して肉薄し、赤鬼の身体に紅い筋を幾つも付けて行く!

 でも、そのどれもが決定的な一撃とはならなかった。流石に、奴に今一歩大きく踏み込めないでいたからだ。

 奴は常に動き続けているし、その攻撃は出鱈目だけど威力は冗談で済まないものを秘めているからな。躱す事はさっきよりも格段に楽になってるけど、うっかりその攻撃を食らっちまったら目も当てられない。

 無意識で攻撃よりも防御や回避に比重を置いた動きとなっているから、結果として致命的な攻撃を加えられずにいたんだ。

 このままじゃあ、「闇光の手玉」の効果もその内切れちまう。


 その時、サリシュの朗々たる詠唱が聞こえて来た。

 さすがはサリシュとでも言おうか。

 俺たちがアイテムの効果だけで倒し切れない場合を見越して、すでに魔法発動の準備に入っていたみたいだ!


「……凍土の貴婦人……死出の拘束。……純粋なる氷結持ちて……彼の者を捉え逃がすな。……氷硬凍鎖陣ハルトゲロー・カテーナ!」


 本当にサリシュは、よく勉強をしている。

 この魔法は、Lv25から使用出来る「氷硬凍鎖陣」。

 その効果は。


「奴の周囲に、白い霧が……!? いや、あれは……氷霧?」


 カミーラの、驚きを含んだ声が耳に入って来た。

 サリシュが魔法を発動させると同時に、奴の身体を取り巻く様に白い靄が出現した。それは、さっき俺が投げつけた「闇光の手玉」の黒霧と対照的な光景だ。

 でもその効力は、幻術を見せるだけとは似ても似つかないものだった。

 白い靄がどんどんと集約して行き、まるで幾本もの太いロープが奴に絡まっているみたいだ!

 そしてそれは更に密集し、終には白い氷の鎖に変化したんだ!

 赤鬼の首、両腕、胴体、両足に絡みついたその鎖は、見事に奴の動きを封じ込める事に成功している!

 しかも、それだけじゃあない。

 白鎖に絡みつかれた部位は徐々に凍結して行き、更に赤鬼の動きを封じ込めていった。

 さすがはLv25の魔法だな!


「今だっ!」


 俺は唖然としているマリーシェ達に向けて叫び、それと同時に集中を開始したんだ!


 アイテムのお陰で、今の俺はレベル以上の能力を宿している。

 それはつまり、普段では使えない「技」を使用出来るって事なんだ!


「おおおっ! 『爆炎撃エクリクスィ・フロガ』ッ!」


 俺は「剣技」を放った! 狙いは、未だに金棒を握りしめている……奴の右腕だ!

 俺の剣が、雁字搦がんじがらめに囚われている奴の右腕にヒットする!

 いくら能力が向上されていても、視界を奪っただけでは自由に動ける赤鬼の右腕を的確に狙うなんて出来なかっただろうな。

 この魔法を選んだ、サリシュの妙と言って良いだろう。


「ゴアアッ!」


「な……なにっ!?」


「こ……これはっ!?」


 俺の剣が奴の右腕を斬り付けると同時に、そこから爆発が発生した!

 俺の放った「爆炎撃」は斬る、燃やす、爆ぜるを同時に行う魔法剣だ。

 この技は本来、Lv25以上にならないと使えない。

 剣の技量も然る事ながら、この技には魔力を上手く調整する技術が必要になって来るんだからな。

 魔力ってのは、何も魔法使い系の職業だけが保持しているものじゃあない。前衛職でも、魔力は体に宿っている。

 では何故、前衛職は魔法を使わないか? その理由は簡単だ。

 前衛職ならば、魔法で攻撃するよりも武器で戦った方が早く強力だからに決まってる。そして前線に居ながら、悠長に魔法を唱える時間も無いだろう。

 それを考えれば、戦士系が魔力を有していながら魔法をあえて使わないのも理に適ってるってもんだ。

 でも上位の戦士ともなれば、魔法じゃあなく武器に魔法効果を付与して行使する事が出来る様になる。

 ただその為には、己の中にある魔力を感じ、それを自分の得物に纏わせ、任意の効果を発揮する様に条件付けをする。これらの行程が必要となる訳だけどな。

 そんな事は、本来ならすぐには出来ないだろう。やり方を書物で調べたり伝授してもらい、それを何回も練習して、実戦で少しずつ試してゆく。そうしてやっと、実戦闘で使い物になるんだ。

 だが幸いな事に俺は、前世の記憶からその「魔法剣」を繰り出す方法を理解していた。


「爆炎撃」の直撃を受けた奴の右腕部は爆発を起こし、そのまま千切れて床に転がった!

 俺の攻撃は奴から右腕を失わせただけじゃあなく、その武器である金棒も奪ったんだ!

 これで、奴の脅威度が格段に下がったのは言うまでも無い。

 でも俺は……ここまでか。


「マ……マリーシェッ、カミーラッ! い……今だっ! たたみ……かけろっ―――っ!」


 俺は気力でその場から離れると、膝をついて何とかそれだけを2人に伝えた!

 この機を逃す訳にはいかない。俺はもうすぐアイテムの効力を失うだろうし、サリシュの魔法も永続的に続く訳じゃあないからな。


「まかせてっ!」


 真っ先に動き出したのは、怖いもの知らずと言って良いマリーシェだった。

 彼女も俊敏に赤鬼へと近付くと、手に持つ小剣には似つかわしくない大振りの構えを取った。

 何だ? 何をする気なんだ?


「ん―――……こうねっ!」


 そして彼女は、その剣に炎を纏わせ一気に振り下ろしたんだ!


「グワアアッ!」


 身体正面から袈裟切りに斬られた赤鬼の傷口から炎が噴き出し、奴の絶叫が響き渡る!

 驚く事にマリーシェは、初めてにも関わらず魔法剣を使用したんだ!

 彼女の使用した技は「煉獄斬ブルがトリオ」。

 小剣技で初めて使用される事の多い魔法剣技だ。

 その効力は……見ての通り。を纏わせた剣で敵を斬り付け、その傷口から炎を発火させるっていう殺傷力の高い技だ。

 ただ剣に火を宿らせるだけじゃあ、それは

 それでは殺傷力を上げるどころか、傷口から発火させるのは無理だろう。そんな剣の攻撃では、衣服を燃やす事が出来るだけで精一杯なんじゃないだろうか。

 だからこその「魔法剣」だとも言えるんだが。

 魔法で具現化した炎は、通常の火とは違う。様々な条件が付け加えられていて、傷口から発火させると言うのもその1つだ。

 マリーシェの使用した「煉獄斬」はまだまだ未完成ながら、炎により切れ味を向上させ、切り口を燃やす事で威力を増大させた必殺剣とも言える。


「や……やったっ! 出来たっ! ……って、はれ?」


 俺の技を見よう見まねで行使するなんて、彼女は本当にセンスが良いな。

 初見で魔法を剣に纏わせるなんて、誰にでも出来る事じゃあない。しかもそれを実戦に通用するレベルで放つなんて、驚きに値する。

 でも、少し魔力の調整が不完全だったみたいだ。

 通常の彼女ではとても使えない様な剣技を使用し、しかもそれに炎化させた魔力を纏わせるんだ。その疲労は、想像を絶するものに違いない。


「マ……マリーシェッ! 下がれっ!」


 放って置けばその場でひざまずいてしまいそうなマリーシェに声を掛けると、彼女は何とかその場から離れる事に成功し、そのままがっくりと膝をついてしまったんだ。

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