反撃の狼煙

 乾坤一擲の総攻撃。

 つまりそれは、俺たちの今持てる力をな訳だが。

 そんな事は、そう簡単に出来る訳じゃあない。もしもその攻撃を往なされれば、俺たちにはもう後が無いんだからな。


 でも、それしか決定打を与える算段が無いというのも……事実だ。

 長期戦は、望む処じゃあない。傷を癒し魔力を回復する事が出来ても、疲労はそうは行かないからな。

 一か八か。結局は、その捨て身ともいえる作戦をするしかないって事か。


「……サリシュ」


 赤鬼への攻撃参加を中断して、俺は一度そこから大きく距離を取り、後方で支援攻撃に徹しているサリシュの元までやって来ていた。

 サリシュは俺の方へと顔を向けることなく、戦いの中心部へ目を向けたままだ。でも、ちゃんと耳は俺の方へと傾けている事はその気配から分かった。


「このままじゃあ、時間ばかり食っちまって埒が明かない。……全力攻撃を仕掛けるぞ」


 俺の提案に、彼女は考える間も置かずに頷き返して来た。

 完全に信用されてるって分かる行為になんだかちょっとむず痒くなったんだが、今はそんな事でムズムズしている場合じゃあないな。


「お前にも魔法で攻撃してもらうんだが……使?」


 そこで俺は、肝心要のサリシュの現状を確認したんだ。


 魔法ってやつは、レベルが上がればすぐに使える様になるってもんじゃあない。

 神殿でレベルが上がりギルドに認定されれば、頭の中に魔法の言葉が浮かんで来る……そんな都合の良い事なんて起きる訳がないからな。

 魔法を使いたければ、魔法書に記されている魔法の呪文を覚える必要がある。

 いや……別に覚える必要なんてないな。魔法書を持ち歩いて、その場の状況に適した魔法を調べ唱えるって手もない訳じゃあないか。

 もっともその場合、戦いの最中に調べるって時間がいるんだがな。

 ただ平時ならともかく、戦闘中ならその時間が命取りって事もあり得る。だから殆どの魔法使いは、自分が今使える魔法は暗記しているんだ。


「……Lv50までは、もうとっくに覚えてるわぁ」


 俺の問い掛けに対して、サリシュは想像以上の返答をくれた。


「もうLv50までの魔法を? すげぇな」


 俺は思わず、素直に彼女の事を称賛していた。

 そしてサリシュは俺の言葉を聞いて、頬を赤らめて照れている。


 自分のレベル帯の魔法しか覚えていなければ、レベルが上がる毎に魔法を覚える時間が必要になる。まぁ、お勉強の時間ってやつだな。

 それだと、魔法使いがいるパーティはレベルが上がる度に足踏みしちまう事になる。

 だから魔法使いは、暇さえあれば魔法書を読んで少しでも……1つでも多くの魔法を覚える努力をしているってのが専らだ。

 以前シラヌスに「本ばかり読んで楽しいのか?」と聞いた事があったんだが、返事は「この上なく至福」だったっけ。

 魔法書には魔法だけじゃあなく、様々な理論や摂理が記されているらしい。

 俺にはさっぱり理解出来ないけれど、多くの知識を知る機会と言うのは何物にも得難いみたいだ。きっと、サリシュもそうなんだろうなぁ。

 そして今回は、そんなサリシュの勤勉具合が大いに役に立つという訳なんだ。


「……いいか、サリシュ。さっき渡した『薬』を飲む事で、俺たちの能力は格段に引き上げられる。多分『実』の力で引き上げられている今のお前なら、Lv30くらいの攻撃魔法は使用可能だ。これから俺たちが、赤鬼に隙を作る。それを確認したら……」


「……分った。を撃てばええんやんな?」


 話が早いサリシュの台詞に、俺は頷いて応えていた。

 でも簡単に「全力」と言っても、本当に全てを出し切る真似はして欲しくない。……と言うか、それをすれば後々大変な事になる。


「だけどサリシュ。能力をで全ての力を絞り出せば、その後どうなるか……分かるよな?」


 アイテムで無理やり引き上げられた能力は、本来の自分の力じゃあない。

 その状態で動くだけでも、身体には多大な負荷が掛かる。それこそ五体満足なんて望むべくもなく、下手をすれば……。

 その上で全力を……となれば、そこには間違いなく「死」が見え隠れしちまうんだ。


「……分かってるって。……あいつを倒せばええんやろ?」


 俺の話を聞いても、サリシュの返答にはブレが無かった。

 いっそ穏やかと言って良いその笑みを見ると、彼女の芯の強さをヒシヒシと感じられてどうにも頼もしいんだが。

 もしかして、また無茶でもするんじゃあないだろうな?

 物静かで冷静沈着と思ってしまうんだが、実は彼女はマリーシェよりも無鉄砲なんじゃないかと最近は思えてきていた。

 だからそんな顔をされると、どうにも心配してしまうんだが……。


「……よろしくな」


 今は、その事を懸念していても仕方がない。実際の話、あいつを倒してここを出る事が出来なければ、死ぬも生きるも無いからなぁ。

 俺は小さくサリシュに声を掛けると、三度戦禍の中へと戻ったんだ。


 戦闘は、正しく一進一退といった処だった。つまりは、進展がないって事なんだけどな。

 相変わらず、赤鬼に大きなダメージを負っている様子は伺えない。でもマリーシェやカミーラにも、致命的な手傷は見て取れなかった。

 ただし疲労度でいえば……明らかにマリーシェ達の方が色濃く見える。

 それもそうだろう。

 赤鬼の攻撃を防御出来ない事を考えれば動きで翻弄するしかなく、彼女達は常に動き回らなきゃならないんだからな。

 しかも、時折放たれる全周囲攻撃にも気を払わなきゃならない。

 その時には通常よりも大きく回避しなければならず、それだけでも疲労は大きく蓄積されるだろう。そんな事を続けりゃあ、いずれは奴の攻撃に捉まっちまう。

 そしてそんな現状を打破する為には……!


「マリーシェッ! カミーラッ!」


 俺は、2人の名前だけを強く呼び掛けた!

 金棒や丸太の様な腕が飛び交う、正しく暴風雨の中心で戦う俺たちには、ゆっくりと作戦を説明している暇なんか無い。

 しかし俺が加わった事で、戦闘の合間に俺と目を合わせるくらいの余裕は出来ていた。

 そして俺たちは、アイコンタクトで何をするのか……何かを考えているというくらいは分かり合える様になっていたんだ。

 まぁ、短い期間ながらも今までいろんなクエストを一緒に熟して来たんだからな。共に過ごした時間が濃密なだけに、明確に意思の疎通とまでは行かなくてもそれくらいは出来る様になるよな。


「……分かった」


「……了解」


 そして2人も、イチイチ俺に了承の意を返して来る事は無かった。それぞれ小さく呟いて、に備えだしたんだ。

 少なくとも彼女たちは、俺が赤鬼に対して何かする……と感じ取った筈だ。ここでそれが何を意味するのかも、恐らくは理解しているだろう。

 後は、開始の合図をするだけだ!


「……よしっ! 行くぞっ!」


 俺から赤鬼の意識が遠のいた瞬間に、マリーシェ、サリシュ、カミーラへと向けて大声で合図をした!

 それと同時に、マリーシェとカミーラは赤鬼から若干の距離を取る。いわゆる「何があっても対応出来る距離」ってやつだ。

 遠過ぎると攻撃するにも相手が防備を固めてしまうし、敵が攻撃する間を与えてしまう事になる。強力な攻撃は、大抵が「溜め」を必要とするからな。

 それを許さない為に、出来る限り接近しての攻撃を繰り出す必要があるんだ。

 相手の攻撃に即座に反応出来、それでいてこちらも攻勢に出やすい間合い。それが「何があっても対応出来る距離」ってやつだ。


 そして俺は、腰袋から1つのアイテムを取り出した!

 漆黒の球体をしているそのアイテムは、敵にぶつけて効果を発揮する「攻撃補助アイテム」だ。

 これを真正面から投げつけても、恐らくはアッサリと躱されちまう。

 でも、奴の関心が少しでも他に向かってるなら、今の俺でもこいつをぶつける事が出来る筈だ!


「……くらえっ!」


 殆ど背後から、俺は赤鬼に向けてそいつを投げつけたんだ!

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