煙草

Rosso

煙草

足を止めて街角に佇む。

煙草も吸える所が随分と減った。

喫煙者は肩身が狭い。

きちんとマナーを守る喫煙者としては、マナーを守らない喫煙者に殺意さえ覚える。

街角の煙草屋に設置された、錆びた灰皿に灰を落としながら考える。


どうして体に悪いことを辞められないのと、非喫煙者は言うけれど、ジャンクフードが辞められないのときっと同じだ。

身体をいじめることで快感を得るのは、マゾヒズムに似ている……いやそのものかもしれない。

口寂しいと思ったらポケットを探り、喫煙所を探すのは寂しがりなのかもしれない。

喫煙者は弱い人間なのだ。

そこの所を分かって欲しい。


だからこそマナーを知る"健全な"喫煙者は立ち止まる。

思考するために立ち止まる。

煙草に火をつける時の安堵感に浸りながら、一口目を吸って思考を始める。

少しだけ自分勝手な優しさに満ちて世界を見ることが出来る。


悪が善を産むことだってあるのだと、誰か知ってくれないか。

行き過ぎた善が悪を産むことを、誰か理解してくれないか。

そんなことを無言の紫煙にくゆらせて、吐き出した呼気に無音の哲学を混ぜ込んだ。


一本吸うだけで言葉がポロポロ零れ落ちる。

黙ったままで雄弁に語る。

マナーを守らない者はともかくとして、喫煙者はきっと頭を空っぽにした哲学者だ。


喫煙者同士一箇所に集まっていても、孤独な哲学者。


今日も一人、街角に佇む。

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煙草 Rosso @Rosso58

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