第二章「白い黒烏」

 あの女は黒か白か。あるいは白い黒烏か、はたまた黒い白鳥か。所轄捜査陣全出動で初動捜査が進められた。

 そして結果を発表するため、東平署は二階の捜査会議室へ集められた。防音を防ぐための白いアコスグラスボードの壁。楕円形を半分に切った用に並べられた下ろし椅子と、長いテーブル。中央にはホワイトボードと全てが白で統一されているかに見えたが、ホワイトボードの前にあるのは茶色の長テーブルだった。そこだけ昭和の古臭い刑事ドラマの用で、河内はいつも苦笑してしまう。

「ほいて、犯行時刻はいつがなだぁ?」

 さっそく甲ノ浦警部がその昭和机に手を置き、お守り役の小池がホワイトボードの前でマジックを握った。

「犯行と言わんといてください、それにアリバイ崩しなんて……俺はミステリ好きだけど愛タンには立派なアリバイがあるんですよ」

 ほぼ泣き顔となった野根淵を無視し、一人の鑑識が答えた。

「犯行時刻は東京都千代田区のとあるマンションです。ブログの写真を解析し、本庁にも問い合わせた結果、村瀬愛の自宅に間違いありませんでした」

 個人情報の保護とは一体何だったのか。本庁まで乗り気らしい。大丈夫か? 日本警察。

「ほこに男の影が写っちょったがぁいうんやなぁ?」

 次は奥後知が立ち上がる。

「はい。写真はおそらく携帯から撮られた物なのでしょうが、本庁の鑑識と共にほぼ間違いねぇと当たりをつけておりやす。パソコンの画像ソフトで加工した形跡も無し。ちなみに村瀬愛の携帯端末の当たりもつけやした。協力してもらった本庁捜査陣からですけんどね。内密に家宅捜索がさいれしたところ、ド○モ製の旧式ものでした。こいつで撮った写真は確かに手ブレしやすいんですと」

 奥後知がニヤニヤしながら、野根淵を見て席についた。野根淵はまさしく慟哭と憎悪と偏愛という感情を、涙、鼻水という形で出し会議室の机を汚していた。いや、そんな事よりも、もっと突っ込むべきところはあるだろう。河内はまた頭痛がしてきた。

「次ぃ、村瀬愛ホシはどこにおったがぁよ」

「愛タンにホシのルビだぁ、ふらんとってください!」

「ほんなもんはカクヨムの機能に言えがだぁ!」

 甲ノ浦警部と野根渕のメタな会話を横に、「はい、これは僕が調べました」と、言ったのは警部の横にいた、アニメについて語り出したら止まらなかったミステリ好きの――ミステリマニアの野根渕に言わせると、アイツのミステリの知識はあくまで机上のものらしい――小池である。

「えーまず、このブログ写真が撮られた時間。ブログの上の方に日付の次に時間まで表示されている、二〇一二年五月一日、午後一時二十分。愛ちゃんは我が高知県は東平市、駅前に聳え立つ東平プラザの一室で、顔出しラジオ『土佐っ子娘』にゲストとして生出演しちょった様です。先ほどの奥後知主任と警視庁の合同捜査で、ブログ写真は東京のマンションと割れていますが、こいつはどうも矛盾しちょります」

「村瀬愛言うのが双子、もしくは似た姉妹がおるっちゅぅ事は無いがか?」

「いえ、一人っ子のようです」

「飛行機を使った可能性は?」

「それもあり得んのちゃいますかね。愛ちゃん以前、とある飛行機事故の影響で飛行機恐怖症になっていますから。移動は全て新幹線や電車、バスを使っているようなんで……」

「これやったら、村瀬愛に羽根がついっちょって空を飛べんでもせん限り、絶対不可能とちゃうがか! がっがっが!」

 甲ノ浦警部のその声の上に野根渕が重ねる。

「やめてください、愛タンは……愛タンはそんな妖魔ようまめいたもんやありませんよ」

 その様なミステリに心当たりがあるのか、ミステリマニアの野根渕は警部をにらみ返した。一方の河内は「ふぅむ」というと席に着いた。つづいて周囲を見てみる。各刑事たちの心理状態も怪しい。甲ノ浦警部自身は事件自体を面白がっているふしがある、というか、単に面白がっている。奥後知は完全に黒と決め付け、アリバイ工作がなされており愛は東京のマンションにいたと疑っている。これは本庁の刑事たちにも言える。小池は愛を「ちゃん」付けしているように疑っていないが、野根渕などのような過激派かげきはでは無く、穏健派おんけんはに思える。先の捜査にしても、刑事としての職務をストイックに果たしている印象がある。つづいて平成一桁の野根淵。彼は愛を白にしたいという一心で、ブログ側の写真を疑っている。

 駄目だ。班、組織自体の統率が取れていない。とりあえず愛自身が黒か白かはっきりせねばこのアリバイ自体が崩せない事になる。そんな中、奥後知が立ち上がった。

「おぅおぅ、ホシは声優なんやろが。だったらこういう工作はどうやい。まずテレビラジオいうちょるんか? オイラはこう思うがちよ。そのラジオ事態が生やのぉて……」

「おいおい、奥後知よ。生やのぉていうが、生はええもんやぞぉ。ゴムつけちょったら全然無い快感がある。ゴリゴリしちょって挿入れた時、気持ちええもんよぇ! 最近手に入れた女房も良い名器を……フガフガ」

 甲ノ浦警部のあまりにも直球すぎる下ネタを、小池が口をふさいだ瞬間に奥後知は再び喋り始める。

「け、警部の事は置いておいて、まぁ、生放送なんやろが実は生放送やのぉて、録画された映像やったらどうするな? 録画された映像の口パクに合わせて、東京のマンションからアテレコされた声を送り込む。当然本人が以前録画しちょるっちゃやから口の動作も台詞も全て覚えちょる。こいつぁ、ホシボシは愛一人やのぉて、ラジオの録音スタジオのスタッフ全員に言える事かもしれんのぉ。その間、肝心の愛は男とイチャイチャよぇ。まさに声優ならではのアリバイ工作やないかぁ。オイラが聞く限り、処女膜から声が出てねぇんだよ処女膜から!」

 確かに奥後知のアリバイ工作には筋が通っている。昔の吹き替え役者たちが、まだ音声環境も今のように管理されて無い中で、二時間喋りっぱなしNG無しで通していたという話はよく聞く。

 ここで白派の野根渕がニヤリと笑った――ような気が河内にはした。

「主任、残念ながらそいつはありませんよ。愛タンが出演していた放送は確実に生放送ですから」

「なんでぇそう言い切れるんでぃ」

 奥後知がべらんめぇ口調で反論する。これには河内も不思議だったので聞き返す。

「そうや、ホシが録画をしちょらんかったという証拠はまだ無いんやけん、ここはお前、慎重にいかんといかんぞ」

 すると野根渕がノートパソコンをこちらに向けてきた。「画像を拡大してください」というので、小池が慌ててホワイトボードを横に寄せ、映像用のスクリーンをおろす。甲ノ浦警部も「これから何が始まるんだ?」という風に愉快にその作業を眺めている。野根渕は「これでも見てみろ」という風に河内たちの方を見てニヤついている。

 スクリーン横の映写機にノートパソコンのプラグが繋がれる。白いスクリーンは一気に映像を映し出す。そこにはホシ……ならぬ村瀬愛の姿が映し出されていた。地方のアナウンサーと会話している、『土佐っ子娘』の録画である。しかし違和感がある。その違和感の正体を河内は即座に指摘出来た。画面全体に文字が右から左へと流れているのだ。小池が説明する。

「これは『土佐っ子娘』ラジオの一部です。そう、某動画サイトで生配信されちょった、その一部なんです。地元のラジオと言っても、特別なチャンネルを作る事によって、この様に全国配信できます。そしてこの某動画サイトはユーザーが自由にコメントを打てる場所でしてね、打ったコメントが文字通り、右から左へ流れる仕組みになっちょるんです。愛ちゃんもモニター画面で『手を振って』というコメントには画面内で手を振る描写、『東平市の良いところを語って』というコメントには、『彼がいるところかな』とほほ笑んでいる描写があるんです」

「待て、小池! 愛タンには彼などいない!」

 小池の発言に野根渕が声を挟む。どうやら、白派も白派で過激派と穏健派があるのは間違いないようだ。そんな野根渕が奥後知の方を見て胸を張らして言う。

「どうですの? これで愛タンのブログ写真は偽造という事になりゃぁしませんかねぇ、主任。写っちょった男の影は偶然の産物。撮ったブログ写真は自動の時間差で更新されたもの。愛タンは完全に白です」

 何かがおかしい。このアリバイは何かがおかしいぞ、と河内の頭の中には警鐘が鳴っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る