3 告白

 駅前の服屋で適当に上下一式と、イメージを変えられる程度のウィッグを揃えて着替えた後、持ってきた鞄に今まで着ていた衣服を入れる。

 それから駅のロッカーで、必要な物だけを抜いた鞄を片付ける。

 駅員さんには悪いが、この荷物を受け取りに来る事は無い。

 不法投棄だ。

 申し訳ない。


 それから必要な物を。

 この前の花火大会で手に入ったお面を手に改札を潜り、移動を始めた。

 そう、お面が必要。

 新しい衣服もウィッグも。

 姿を変えられるような物が必要だ。


「……うまく行けばいいけど」


 多分俺の取ろうとしている作戦は、限りなく穴しかないボロボロな作戦なのだと思う。

 早い話が変装だ。

 メリーが俺を殺せない可能性を潰すには、メリーに俺では無いと誤認させればいい。

 雑で穴しかないけれど、俺が全くそのままで素顔を晒してそこにいるよりは幾許かはマシだろう。


 そして準備を終えた俺は電車に揺られ目的地へと向かう。

 これから電車とバスを乗り継いで、ちょっと山の方へと向かう。

 事が起きる時、可能な限り妨害が起きないような状況の方がいいだろう。

 例えばあの時。

 明人にメリーから電話が掛かってきた時、俺が臆していなければ、メリーにバットを振り下ろしていたかもしれない。

 それに……もうこの世界にそういう人がいる事が理解できたのだから。

 すれ違う人の中に、柿本さんの様な人がいるかもしれないから。

 だから妨害の為にも。最後までメリーの身の安全を確保する為にも。

 事は人気の無い所で行われるべきだ。

 そう考えながら。

 この先の事をシミュレーションしながら電車に揺られていた時だった。

 スマホに着信音が鳴ったのは。

 数か月前に新調した、今のメインの方だ。


「誰だ?」


 ポケットから取り出して液晶に視線を落とす。


「……メリー?」


 一瞬、予定が早まったのではないかと考えた。

 だけど最後の一行に掛かれていた番号が、変わらず俺の古い方のスマホである事は確認していて。

 そして掛かってくる時は非通知で掛かってくる。

 だからこれはきっと……ただの普通の通話。

 もう無いと思っていた。

 これ以上はないと思っていた。

 メリーとの会話の延長戦。

 ……この通話に出ない理由なんて、当然の事ながら何処にもなくて。

 俺はその通話に出る。


「もしもし」


「あ、将吾。ごめんね。多分予定で忙しいのに」


「いや、まだギリギリ移動中」


 そんな事を適当に言った後、メリーに問う。


「それで、どうかしたか?」


「……あはは、えーっと……なんて言えばいいのかな」


 メリーはどこか躊躇うようにそう言って。

 だけどそれでもどこかで決心が付いたように。

 多分俺に聞かせる気の無いような小さな声で「……よし」といった後、言葉を続ける。


「お別れの時さ、私何か言いかけたじゃん」


「そういやそうだったな。あれ何だったんだ?」


「それをさ、やっぱり言っておかないと未練残るなーって思って……だから、それを伝えようと思って。だからさ……聞いてよ」


 そしてメリーは一拍空けて。

 そしてどこかまっすぐな声音で言う。


「私さ……将吾の事、好きだよ」


「……え?」


「私にとって最初で最後の恋って奴だよ。ははは、もっと早くから面と向かって言ってればなーって、ちょっと後悔だね、うん」


「……」


 そんな突然の告白に。果たして俺はどんな言葉を返せばいいのだろうか?


「良かったら……良かったらさ。返事、貰えないかな」


「……」


 ……俺自身、メリーに一体どんな感情を抱いているのだろうか?

 その答えを探り当てるのは、とても簡単だった。


「そう……だな。いきなりで正直考えが纏まらねえけど……俺もメリーの事が好きだよ」


 吉崎将吾という人間の行動原理は罪悪感だ。

 だけど罪悪感だけで命を投げ捨てられるかと言われれば。

 今の選択が取れたかと言われれば心から頷くことは難しくて。

 そうしなかった可能性も考えられて。

 だとすれば結局俺にとって今のメリーは、罪悪感を感じていれば死ねるような相手だったのだろう。

 自分を殺す相手に嫌われたくないと思うのも、きっとそういう事だ。

 ……だからきっと、自身の姿を偽るのは、半分は自分の為なのだろうと今更気付く。


「……そっか」


 静かに。

 だけど嬉しそうにそう言ってくれる彼女の中の吉崎将吾を、何一つ変えずに綺麗なままで終わらせたい。

 メリーが気兼ねなく自分を殺せるようになんて最もらしい理由を付けておきながら。

 その実その半分は、そんな自分本位の願望によるものだった。

 そして……そんな願望を抱くような人間なのだ。

 メリーが言ってくれた言葉は死ぬ程嬉しくて。

 ……死ぬ事に強い躊躇いを覚えるような物だった。


「……それが聞けたら、もう未練ないなぁ」


 メリーは静かに笑った後に言う。


「じゃあ今度こそ、これで最後。それが聞けたから……これ以上将吾と話していたら未練が残る。もう、切るね」


「……メリー」


 俺は最後に言う。

 俺の事を好きだと言ってくれた女の子に送る、最後の言葉。


「頑張れよ……気を付けてな」


「うん。将吾も元気でね」


 そう言ってメリーとの。きっと今度こそ最後の会話が終わる。

 そして通話が切れた後、俺の口から自然と言葉が漏れ出した。


「死にたく……ないなぁ」


 分かってる。

 例え俺が最終的に生き残っても、そういう未来があるのかはわからない。

 だけど……だけど。

 メリーとこの先も生きるような未来が脳裏に何度も映って。

 そんな幻影を追いかけるように、生への渇望が湧いてくる。

 ……だけど。

 そんな感情を抱かせてくれる相手だからこそ。


「……」


 そんな醜く自分本位な感情は抑え込め。

 やる事は何も変わらない。

 きっと強い未練は残るだろう。

 だけどそれを押し殺してでも。

 メリーに殺されるんだと、そう改めて決意する。

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