【SS】ある冒険者組の新生活

「成程な。事情は分かった」


目の前の席に座っている大男は、冒険者を引退したっつうのが嘘としか思えないほどたくましい体をしてた。ぺっかりとした頭は窓辺から差す夕日を反射していて、口周りに生い茂っている黒々とした髭は、その発育場所を間違えたみてえだ。


通常、そんな風貌をした男が居ればつい軽口を叩いてしまうんだが、俺達は背筋を伸ばし、緊張していた。


腕を組んだ大男が、俺達を目線だけで殺すかの様に品定めしていたからだ。俺達がどんな人間か?嘘は言っていないか?その全てを見透かす様に向けられた視線は、特にやましい事が無くても目を逸らしてしまいたいくらい厳しかった。


だが、起こった事全てを4人で説明した結果、一応の信頼は得られた様で顔を見合わせホッとした。


「しかし何だ、いくら必死だったと言っても支部長に説明する時間くらいはあったんじゃねえのか?」


片眉を落として訝しがる大男の質問に、ネリアが手を震わせながら答えた。


「確かに仰る通りですがっ!フェンビウムであの長男の恐ろしさを知らない人は居ないんです!1度目を付けられたらどんな目に合うか…」


目を伏せて言葉を詰まらせたネリアの代わりは俺が務める事にした。


「支部長さん、あんたの言わんとしてる事も分かる。だが、あの国での公爵家の力は強大だ。何の罪もねえ人が難癖付けられただけで奴隷行きにさせられたなんて話はごまんとある。それだけ逼迫した状況だったって事なんだ」


机に片肘を突いた大男は軽く溜息をつくと、俺の言葉に同調した。


「ウワサは聞いてるぜ。爵位を持った相手にも高圧的に我を通す事もあるらしいな。この国にも似た様な貴族は居るが、そこまでのモンじゃねえ。まぁ何というか不憫だったな」


大男の素直な感想が俺達の肩をガックリと落とした。そう、一言で言えば俺達は不憫だったんだろう。あのワケの分からねぇ仮面の男さえ追っていなければあんな状況に陥る事もなかったのによ…


「メルキードの支部長には俺から連絡しておこう。んで?お前達これからどうするつもりだ?」


肩を落としていた俺達は、不意を突かれた様に目を丸くしてお互いを見合わせた。フェンビウムから逃げる事だけを考えていて、追手が居ないか常に神経をすり減らしながらパイロ大陸にある冒険者支部まで駆け込んで来たから、その後を全く考えていなかった。


「そう言えば…どうするよ?」


俺の言葉を聞いた大男は、突いていた肘が砕けそうになっていた。


「どうするよってお前…何も考えてなかったのか?」


「いや…だから本当、必死で逃げて来たんでそれ以外の事を考えるヒマが無かったっつうか…」


俺の言葉にウンウンと頷く3人を前に、大男が改めて俺達を見据えた。


「だったらお前達4人、ウチで仕事しねえか?」


大男の申し出に再び目を丸くする俺達4人。


「ここで?」


「ああ、元々ウチには黄金級冒険者組は2組居たんだが、実は最近その1つがバカやらかして除籍になってな。今はウチの筆頭冒険者組ともう1つの黄金級組が、不足した分の対応に追われてバタバタしてる。そこでお前達が現れた訳だ。メルキードで筆頭やってたんだろ?実力もある程度見込めそうだ。どうだ?悪い話じゃねえだろ?」


固まった3人を見て、俺が素朴な疑問を投げかけた。


「えーと、いいのか?こんな…逃げて来た様な冒険者を匿って」


再び腕を組んで顔を上げた大男は、ズシリと響く声で俺達に言った。


「問題ねえ。俺からメルキードに話すりゃいいだけだ。お前達を見ていたが嘘をついている様にも見えなかったからな。勿論身辺調査はするが、特に犯罪を犯した訳でもねえのに卑屈になるな。で、どうすんだ?」


その言葉が耳に届いて意味を理解するまでしばらく時間が必要だったが、揃って状況を飲み込んだ俺達は、満場一致でそのお誘いを受ける事にした。


「やる!やるぜ!支部長さん!ここで仕事させてくれ!」


俺の威勢の良い声に支部長さんは机をバシンと叩いた。


「おっしゃあ!じゃあお前達は今日からここショルヘ支部所属の冒険者だ!改めて自己紹介するぜ。ここの支部長やってるドロム・バンズだ。俺の命令は絶対だからな?少しでも反抗しようもんなら鉄拳制裁が待ってると思え。いいな?」


そう言って、ドロムさんは袖を捲って丸太の様な右腕を見せて来た。あんなモンに殴られた日にはソッコーであの世行きだ。


生唾を1つ大きく飲んで、激しく首を振った。


「あと分かってると思うが、冒険者同士のいさかいも厳禁だ。何か問題が起こったら必ず職員を間に入れて解決を図れ。それがこの支部の絶対規則だ。分かったな?分かったら下に居るイレネスという副支部長に説明して早速手続きをしてくれ」


さあ行け、というドロムさんに敬礼しながら俺達4人は意気揚々と階段を下りて行った。


メルキードからパイロ大陸に船で渡った所はイゼリフ王国の港町ターシュケルで、そこにも冒険者協会支部はあったんだが、どうせなら逃避行がてら王都まで行ってショルヘで保護してもらおうと言うのが俺達の考えだった。


もしかしたら何かの厳罰が下る事も覚悟していたんだが、まさか何のお咎めも無い上にそのまま所属させて貰えるとは思ってなかったから、言うまでも無く最高の気分だった。


そして、副支部長が居る1階の事務室の扉を開けて、俺の目に飛び込んで来た人を見て、その気分は絶頂に達した。


奥の方に構えている重厚な座席の前に立っている3人。左には黒髪の小柄な女、右には頭に布を巻いている目つきの悪りぃ男。


だが、その間にいる女性がこちらを振り向いた時、俺の脳天に雷が落ちた。


少しだけ浅黒い肌にピンと尖った耳。

腰まで伸びたキラキラと光る茶髪。

非の打ち所の無い顔に、俺の煮えたぎる気持ちを映しているかの様な真っ赤な瞳。

何より引き締まったエロい体。


その存在全てが、俺の理想とも言うべき寿人の女性がそこに居たんだ。


彼女以外の何もかもが視界から消え失せて放心していた俺は、本能の赴くままに腰に下げていた大容量鞄からある物を探していた。


目的の物になかなか手が届かない時間がもどかしい。後ろの3人はおそらく、またいつもの事か、と呆れ顔をしているに違いない。


だが、今回は本当だ。

俺は出会ったんだ。


運命の人に。


彼女の横に居る2人も俺を見て、何だコイツ、と言う顔をしている。


だがそんな事はどうでもいい。

急いで鞄を探していると、やっと見つけた。


そのブツを手に取り、俺は彼女の前まで歩みを進めて跪いた。周りの職員が何事かとこっちを見ている中、俺は貢物をするかの様に両手を差し出し、宣言した。


「この花を貴方に」


彼女は左手を口に当て、驚いた顔で俺を見下ろしていた。良かった、意味が通じたみてえだ。寿人は自然と共に生きていたと聞いていたが、本当だった様だ。


俺が差しだしたのは、パラチネの花。

赤い花弁が3つ付いた大きめの花だ。

花言葉は『永遠の愛』。


フェンビウム王国では、男が女に求婚する時に差し出す縁起の良い花だ。フェンビウム魔窟前の宿場町の周りに群生していたので、採取しておいて正解だった。


過去何度も一目惚れした女に差し出した事があるが、今回の激情は過去のどれとも違う。さっき脳天に降り注いだ雷は、今は俺の心を毛布の様な優しい温かさで包んでくれている。


俺は固唾を飲んで彼女の反応を伺っていた。

経験上、片手を口に当てて驚くのは喜びが勝った女性の率直な反応だ。既に彼女との甘い生活を描いていた俺は、ショルヘに骨を埋める決心をしていた。


彼女が左手を下ろし、俺の方へ伸ばして来る。

そしてその手は俺の胸倉を掴み…

片手1本で俺の体を持ち上げて…

顔は眉を吊り上げて…

いかにも激怒した様な…


えっ?


「貴様…私に喧嘩を売っているのか?」


ただでさえ赤い瞳がその色を更に燃え上がらせていた。


「はっ?えっ?いや、この花は俺の国では…」


「私が好きなパラチネの花をロクに手入れもせずに鞄に入れてボロボロにした挙句、その私に贈るだと?貴様やはり喧嘩を売っているな?いいだろう、表へ出ろ」


「ちょっと、パンタフェルラさん!?冒険者同士の御法度は厳禁だとこの前決定したばかりですよ!お2人も止めて下さい!」


「イレネスさん、ありゃあ無理だ。どう考えてもアイツが悪い。寿人にあんなゴミクズみてぇになった花渡すなんてな。俺なら恐ろしくて絶対出来ねぇ」


「別にいーんじゃない?誰か知らねぇけど冒険者なんだろ?この支部の筆頭の怖さ理解すんのにいい機会だって。そんな事よりイレネスさん早く報酬の計算!報酬!計算!」



ショルヘ支部の外に連れ出された俺は、そのまま愛しの君に片手で投げ飛ばされた。


空を舞っている間、俺は思った。



やはりこの国に来たのは間違いじゃなかった、と。





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