騎士団屈指の凄腕ヒーラー集団に憧れて入団したものの、なんか思ってたのと違った。
こがゆー
憧れの治癒部隊へ入れそうだけど、なんか思ってたんと違う。
「はぁぁぁぁ................大っきいなぁ........」
ね
人やモノが行き交う中、道の真ん中に佇んだまま少女は独りごちる。
ここは天下のエレノニア。大陸の片隅にあるエレノニワール王国の首都だ。
偉大なる弓使いによって創られたこの国は、三方は山々に囲まれ、一方が海に面している。そのため、海の幸、山の幸には事欠かない恵まれた土地だ。そして、その地理的性質から、外国の侵攻を受ける機会も少なく、永き平安を保ってきた。穏やかで平和な国。それが旅人たちの総評である。
さて、エレノニワールは小国ではあるが、その首都は諸国に負けないほどには活気に満ち溢れている。そこら中から聞こえてくるのは呼び込みの声。値下げ交渉の様子も垣間見ることができる。駆けていく子供を追いかける大ぶりの商人。馬蹄と轍が繰り出す軽快なリズムも、数が多すぎてもはや聞き飽きてくるほどだ。
地元では見たことのない光景に惑わされながらも、少女は地図が描かれた羊皮紙を握りしめ、目的の場所へと向かう。
「あ、すいません!」
「っと。あぶねえなぁ、お嬢ちゃん。前はしっかり見とけよ?」
「はい、すいません……」
歩くこと数時間。目的地に到着した頃には、すでに西日が強くなっていた。
「おかしい。場所はここで合ってるはずなのに。」
少女が探していたのは王国軍治癒部隊の詰め所だ。幼少期、その部隊の隊員に助けられて以降、ずっと目標にしていた憧れの職場。
「ねえ、お兄ちゃん。わたしも、お兄ちゃんみたいな、りっぱなチユシになれるかなぁ?」
「きっとなれるよ。………そうだ、この地図をやろう。もし君が大きくなっても治癒士の夢を諦めていなかったら、ここに向かうと良い。裏に私のサインも書いておこう。………よし、オッケー。『ケインに紹介してもらった』こう言ったら優遇してくれるはずだよ。」
当時、まだ幼かった少女に、その細身の治癒士はこう言ってくれたのであった。
いや、回想に浸っている場合ではなくて。
「なんで治癒部隊の詰め所なのに、体育会系のゴリゴリマッチョばかりいるの……!?」
少女は絶望した。今までずっと夢見てた華やかな治癒部隊。幼少期に会った彼らはとてもキラキラしていて、将来は私もその仲間入りができるかもと意気込んでいた。
それなのに。
どう見てもギラギラしているようにしか感じない。
いや、ちょっと待ってほしい。そもそもの前提が間違っていたのだ。地図をもらったのは10年前。その間に自分たちの村だって色々変わった。ということは王都も変わるはず。特に国の設備なんてコロコロ場所が変わるのが当たり前ではないか。
改めて、少女は詰め所探しを始めることにした。
「あの、そこの衛兵さん。治癒部隊の方々の詰め所を探しているんですけれど…」
「ん?じゃあ幸運だな。嬢ちゃん。ここがその詰め所だ。」
「あ、やっぱりそうなんですね。ありがとうございます。」
一縷の望みはあっさりと絶たれた。
父さん、母さん、ごめんなさい。私は志半ばにして邦に帰ります。こんな不甲斐ない私をどうかお許しください。
「んで嬢ちゃん、何しにここに来たんだ?非公開ってわけではないが、ここの場所は紹介を受けたやつしか知らない………そうか、その手に持っているやつが紹介状か。ちょっと見せてみろ。っておい、ちょっと待て、逃げるな!」
さらば治癒部隊よと言わんばかりにスタコラサッサと逃げる少女を追いかける衛兵。この奇妙なチェイスは衛兵が首根っこを掴むことであっけなく幕を閉じる。
「おーろーしーてー!!!」
「うるせぇ。最初から黙って応じりゃよかったんだよっ。」
詰め所に戻り、少女を椅子に縛り付けてから、再び衛兵は話しかけた。
「さ、落ち着いたところで自己紹介といこうじゃないか。おれはアリスター。治癒部隊の隊員だ。」
「……………」
「そんな顔するなよ。別にとって食おうってわけじゃないんだから……」
「………………」
「そう睨むなって。嬢ちゃんの名前は?」
「…………………」
「だんまりか。じゃあ質問を変えようじゃないか。紹介で来たのか?」
「……………うん…」
「………ケインさんに紹介された……」
「最初っからそう吐けばよかったんだよ。んで何?ケインさんか? えっ、ケイン隊長!?」
「なによ、文句ある?」
「いいや、全然。そっか、あの方に紹介してもらったのか…」
なんだか憐れみの眼差しを向けられた気がした少女は、少しイラッとした。
「なによ、さっきから。」
「いやぁ............そういうわけじゃ無いんだが....」
どうにも歯切れが悪いアリスターである。
しばらく沈黙の時間が続いた後、ついに衛兵は覚悟を決めたかのように口を開いた。
「あのな......嬢ちゃん、1つ、いや、2つほど残念なお知らせがある。落ち着いてよく聞いてくれ。」
「.......」
「まず、ケイン隊ちょ、元隊長は退団なされた。」
「えっ、ウソ........」
「本当さ。気になるなら後で自分で調べると良い。んで、2つ目だ。」
「......更に悪いことでもあるっていうの?」
「まあ、そうだな。人によりけりではあるが。団長が変わって、部隊の方針が大きく変更された。」
戦場にて怪我をした将兵を奇跡を起こして癒し、前線の維持の手助けをし、否が応でも下がってしまう軍団の士気を盛り上げる。それをなせるのが治癒士という職業だ。その為治癒士は騎士団から独立した治癒部隊に配属され、強い権限の庇護の下、より高度な、そして効率的な治癒魔法を極める。
しかし数年前、治癒士業界において革新的な治癒理論が展開された。それは、エリアヒールを展開し、周りの兵士を治癒しながら戦地へ繰り出すというものである。
要するに、「味方を治しながら武器をぶん回したら最強じゃね?」という脳筋理論だ。
そもそもエリアヒールが高度な技で、それの習得に10年も20年もかかるというのが通説だ。武器だって扱い方を知らなければ恰好の餌食になる。当時はどの治癒士も鼻で笑っていた。そんなの机上の空論どころか、初等部の子供が書く将来の夢よりも酷いものだ、と。温厚派として有名であり、治癒魔法の発展に尽力を尽くしていた王国魔術協会の重鎮であった、かのガイアル魔術総監でさえ「笑止。」と歯牙にもかけなかったのだ。
王国自体、実力主義なところあった為、結果を出せないことが目に見えているこの理論は却下される..........はずであった。
しかし、その三年後、王国はこの「ぼくがかんがえたさいきょうのまじゅつし」ドクトリンの採用を決定、速やかな訓練内容の変更を命じた。実在したのだ、その最強治癒士。
当然治癒士業界では上へ下への大騒ぎである。慌てふためく周りをよそに、王国はスムーズな人事異動を敢行。治癒部隊隊長であったケインは治癒院枢密院への栄転(という名の左遷)、そして新しくアーノルドが団長として就任した。そのアーノルドこそが例の治癒士なのである。
それから治癒部隊の地獄の日々は始まった。毎日がトレーニング。筋トレに筋トレを重ね、終わったと思ったら治癒魔法の練習。団長の「やめ」の一言があるまで続けさせられる地獄の日々である。過労死間違いなしなのだが、生憎、彼らには治癒魔法があった。そう、治癒魔法があったのだ。
その様子に、当時犬猿の仲であった騎士団の連中も流石に同情を禁じ得なかったらしい。
アリスターから話を聞いた少女は顔面蒼白である。
完全に来る場所を間違えた。
「そうなんですね………それじゃあ私は、この辺で」
一刻も早く帰ろうとしたところで違和感を感じる。そう、椅子に縛り付けられたままだったのだ。
「あの、アリスターさん、外して」
ください、と言おうとしたところで、ふと、目の前の衛兵が僅かに微笑んでいることに気付く。
「まあ、待てよ。嬢ちゃん。今から団長がお迎えに来るからさ。」
「っ!?」
その日、王都中に甲高い悲鳴が響き渡った。
その後、アーノルド団長にしっかりしごかれ成長した少女が味方を蘇生させながら進撃する女傑、アンリ・セリアーヌとして諸国にその名を轟かせようになるのだが、それはまた、別のお話。
騎士団屈指の凄腕ヒーラー集団に憧れて入団したものの、なんか思ってたのと違った。 こがゆー @kogayu
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