幕間 『選定候の娘達の談笑②』
「――初めの時から、ずっと嫌いだった。いきなり私達の輪に入って来たと思ったら、頑固で、我儘な子で、シャルが一番苦手な類の子だった」
「――――」
「我が物顔でパーティーの一員と振る舞うあの子が、シャルは嫌いだった。――皆もそう感じてるって思ってた」
シャルは「なのに……!」と語調を強めて、
「皆から愛されて。持て囃されて。あの子が人気者でいられる理由が、シャルにはわからなかった……!」
「――――」
「最初は我慢してた。私情を持ち込んだらダメって。――でも、ハンスがあの子に誑かされそうになった時に、限界が訪れた。なんであんな子が良いのって、聞いたのに、全然答えてくれなくて……!」
「――シャル、一旦落ち着け。そんなに感情を表に出すのはらしくないぞ」
アンナが昂ったシャルを宥めようと、肩に手を伸ばすと、シャルは素早く身を引いた。
「――ッ! 触らないで! アンナも、あの子の味方なんでしょ!! あの子ばかり贔屓して!!」
「ま、待て。それはフィーネとは古くからの友人だからであって……!」
「――関係無い!! あの子を否定しない時点で、アンナも同類!!」
シャルの他を一切寄せ付けない勢いに、アンナはたぢろぐ。
それを見たシャルは、上がった息を整え、幾分か落ち着きを取り戻す。――そして口角を上げて満足げな顔になった。
「でも、シャルが我慢しなくちゃいけない時間は終わった。あの子が調子に乗って奴隷に落ちたと聞いた時、全ては救済された」
「――――」
「アルスミス様はシャルを見てくれていたんだって。やっと天罰を降してくれたんだって。笑うのを必死に堪えてた」
「シャル……」
「だから、アンナとは一生分かり合えない。わかる?」
シャルは右手を口元に寄せ、アンナを見やる。
それでも尚、寡黙を貫くアンナに面白く無いと感じたシャルは、「この前」と話題を移して、
「公衆浴場であの子と鉢合わせた。今頃酷い目に遭っている筈のあの子が暢気にお風呂に入っている姿に腹が立った。――だから、言ってやったの。『奴隷として過ごす日々は幸せ?』って。……そしたら、なんて言ったと思う?」
「……フィーネのことだ。無視したんじゃないか?」
「違う。――『思ったより、悪くないわよ』って、あの子は言った。でも、そう言ったあの子の顔は曇ってた。奴隷に落ちても、見栄っ張りな部分は変わらないんだって感心したくらいで、それ以上は何も無かった」
シャルは勝ち誇ったように薄ら笑いを浮かべ、薄桃色の髪を人差し指で弄り、
「だから、フィーネを奴隷にしたあの男は、奴隷の扱いの体裁だけ良く見せて、裏では酷い扱いをするのが好きな本当の下衆なんだって安心した。一目見た時からあの子を反省させるにはもってこいの人間だって言う見込みは、当たってた」
「……私は、あの男が下衆だとは信じたく無いな。あの男が下衆だとしたら、私はもっと下衆だということになる」
「……なんで? シャルはそう思わない。あれは、ただの下衆。まあ、下衆であればあるほど、シャルにとっては良いんだけど――」
「――私は、あの男が羨ましいよ」
前振りも無く割り込んで来たアンナに、少し驚くシャル。
アンナは両手を後ろに立てて自重を支え、目線を天井に上げてから口を開く。
「シャルはあの場面にしか居合わせていなかったから、仕方が無いかもしれないな……。現に私も、そのように思っていた。――しかし王都を出立する前に遭遇した時の彼は、大きく違っていた。あの男は、本気でフィーネの幸せを考えていた。直感で、彼にならフィーネの人生を任せても良いと感じてしまったんだ」
「――――」
「フィーネも、心から楽しそうだったよ。あんな顔は、演技なら出来ない。そもそも、演技などするような子ではないからな」
アンナは「くくっ」と笑い、エルフの少女の笑顔を思い出す。その行為で再び心残りを感じたが、下ろした赤髪を揺らして払拭し、
「何が彼の心変わりを齎したのかははっきりとは予想出来ないが――恐らく、彼もフィーネの性分に惚れたのだろう。私と同じようにな」
「――なに。なんで。どうして、そんなにあの男を買うわけ? あの男は、人を奴隷にしても何にも思わないような、ただの屑人間。そんな簡単に人は変われない」
「……何でだろうな。実は私にも、私の真意が測りかねない。変な話なのだがな。しかし、あの男は――」
「――ごめん。今日はもうアンナとは話したくない。やっぱりハンスの部屋に行ってくる」
シャルはてきぱきとで荷物を回収して立ち上がり、廊下へと繋がるドアの方向へと歩いていく。
そしてアンナの制止の声を待たずにドアノブを引いて、それっきりシャルの姿は見えなくなった。
「行ってしまったか……」
唯一の同室者が居なくなった途端に、部屋は静まる。
他の人間達とは違って特別に与えられた部屋であるが故に、他に同室している人間はいない。
「…………」
周りを確認して誰も居ないことを知ったアンナは、自分の荷物からなにやら白い衣服のようなものを取り出す。
「やはり、甘い香りだ……」
その布に顔を埋め、アンナは息を一杯に吸い込む。そうすることでアンナは最も生きた心地がした。
「ああ、また私は……」
アンナは自己嫌悪をしつつ、衝動を抑えられずに右手を腰から脚の間に下ろしていく。
「――んっ」
自らのズボンに手を入れた瞬間。アンナの甘い声が漏れる。
エルフの少女を短期間に思い出し過ぎた弊害で、アンナの中で少女に対する想いが倍増していた。
だからなのか――、
「フィーネ、フィーネ、フィーネ……っ」
エルフの少女の名を唱える度、アンナの胸が高鳴った。
「私が……男で、あれば……」
いつからだったのか。
女が女を好きになるなんて、気味悪がられると思ったから。
気持ちを伝えるのが怖くて、だからいつも逃げていて。
「んっ……! はぅっ……」
彼女に相応しい人物が現れた事に安堵して、仕様が無いと自分を納得させる理由が作れて。
でもどこか自分でも気付けないような悔しさも滲み出ていて。
「はぁ……はぁっ……ぅ、んっ」
そんなやるせなさに溺れている女の嬌声が、淡々と、部屋には響いていた。
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