第27話 『縁起物』
「ここで待ち合わせって聞いてたけど……」
「商人らしき人間は見当たらないわね。私達が一足先に来てしまったということかしら」
フィーネと王都を食べ歩いて時間を潰し、いざ集合時刻に待ち合わせ場所まで来たわけなのだが、肝心の依頼主がまだ到着していないようだ。
「もう正午なんだけどな……。まあ、遅刻してるだけかもしれないし」
ゆっくり待っておこうか、と次の言葉は出なかった。
それもその筈。どこかで見たことがあるような紫髪の少年が、「おかしいですね……もう集合時刻は過ぎているはずなんですけど」と顎に手を添えて呟いているのが見えたからだ。
「いや、まさかな」
依頼主がこんな小さな子供の訳がない。きっと、恰幅の良いおっさんとかに違いない。と、首まで出かかっていた憶測を切り捨てる。
その結論に至り、視線を戻そうとした俺に――例の少年が近づいてきた。
「あのー、すみません。もしかしてぼくの護衛依頼を受注してくださった方でしょうか?」
「……そのまさかだった」
悪い予感が的中。口振りからするに、依頼主はこの少年で間違いないだろう。
驚きと困惑状態にいる俺の代わりに、フィーネが腰を低くしてその少年と視線を合わす。
「ええ、そうよ。あなたが依頼主のカイ……なのかしら?」
「え、えっと、は、はい! そそうです! ぼくがカイです!」
テンパった様子の少年――カイの言葉が依頼主の特定を裏付けた。
にしても、
「ちっさいな」
「小さいわね」
「き、聞こえてますよ! 僕はこれでも十四歳なんです! 立派な大人です!」
「……十四歳だなんてまだ中学二年生じゃないか。大人と言い張るのには無理があるんじゃないか」
「なんですか! あなた達もまだ若いじゃないですか!」
ぷんすか、と俺より頭一つ小さいカイが不機嫌を露にする。
現代なら義務教育すらまともに終わってない年齢なのに、立派な大人と主張することに文化の違いを感じた。
カイは加えて「はあ……」とため息をつき、
「経験が浅い方が来ちゃうのも……報酬が少なかったのでしょうがないですよね……。依頼を受けてくれただけ喜ぶべきですか……」
「む、失礼ね。こう見えても私はSランク冒険者なのよ?」
「――はい? またまた〜。冗談はよしてくださいよ。そんなことで騙されるわけが――って本当だった!?」
小声を拾ったフィーネが、むすんと掲げた白金のギルドカードを見て、カイは口をあんぐりと開けた。
カイ君や。プライドの高いフィーネにそんなこと言っちゃ好感度は下がって行く一方だぞ。なんていうアドバイスは、なんだか敵に塩を送るようだったので控えた。
「ま、まさかあなた様が、かの『精霊姫』フィーネリア様だったなんて……! い、いや凄い美人だとは聞いていたのですが、あろうことかあなただとは思いませんよっ!!」
せいれいき? フィーネのことだろうか。
……ふむ。勝手に付けられる恥ずかしい二つ名と見た。
「あまりその名で呼んで欲しく無いわ。それと、様付けも要らないわよ。呼び捨てで構わないから」
「いえいえ、呼び捨てだなんて滅相もございません! ……誰も隊商を組んでくださる人が居なくて幸先の悪いスタートだと嘆いていたのですが、まさかフィーネリア様が護衛に付いてくださるだなんて……! み、身に余る光栄です!」
知ってはいたが、変わらずフィーネの知名度は凄まじいらしい。
有名であることは、それだけ功績を残していることでもあるので、俺は彼女の上に立てる人間では無いのだなとまたもや思い知らされる。
すると調子良く喋り続けていたカイが「ん……でも」と怪訝な顔をして、
「どうしてこんな割が悪い依頼を受けてくださったのですか?」
「この依頼以外に護衛依頼が無かったからよ。でも、報酬が少ないからといって仕事に手を抜くつもりは無いから安心しなさい」
「そ、そうですよね。こんな時に護衛依頼なんて出している人なんて、出遅れちゃったぼくぐらいしかいませんし……。えっと、不束者ですがよろしくお願いします!」
「ふふっ、よろしくね。カイ」
カイが目をキラキラさせて。フィーネが微笑を湛えながら、双方が握手を交わす。
俺は蚊帳の外である。完全におまけ扱いされているな。これは。
「カイ……でいいかな。俺はトオル・イチジョウだ。よろしくな」
「あ、はい。イチジョウさんもよろしくお願いします」
一応俺も自己紹介をすると、フィーネと違ってテンション抑え目に俺の手を握るカイ。
分かりやすくて結構――なんて思っていると背後から忙しい足音が鳴り響いたので振り返る。
「――は、はあっ、すまん……っ、見送りに、遅れたな……っ。ただ、間に合った、ようでなに、よりだ」
すると人の良さそうな顔をした、いかにも高級そうな服に身を包んだ男が息切れをしながら登場。
見送り、と言ったのでカイと関わりのある人物だと思われるが、一体何者なんだろうか。
「親方! 見送りなんて必要無いって言いましたのに……!」
「そんな訳にはいかんだろう。ほら、お前の家族から御守りを預かっている。受け取れ」
息を整えた男が懐からじゃらじゃらと鈴の付いたお守りのようなものを取り出し、困惑した様子のカイに渡して、
「なんでも妹さんが作ってくれたそうだ。大事にしな」
「え、ティアナが……」
「カイ。これは半人前から一人前になるための試練だ。行って帰って来れたら、一人前だと認めよう。だから、ちゃんと商人として学んだことを遺憾無く発揮して、そして――帰ってこい」
「――っ、分かりました! 親方!」
男は話は纏まった、といった様子でこちらに振り向き、
「カイを護衛してくれる冒険者かな。こいつをよろしく頼む」
「ええ、何があっても守って見せますよ」
「それは頼もしい。私の大事な初めての弟子なのでな。死なせてくれるなよ」
「親方! 縁起の悪い事言わないでくださいよ!」
「ハハ、冗談だよ。カイ」
男は少し笑った後、真面目な顔に持ち直して、
「今は商人として大躍進できる機会に満ち溢れている。しっかり自立する術を学んで来るように」
「あったりまえです、親方!」
そうして別れを済ませたカイが、「では、早速出発しましょう!」と威勢よく言ったので、俺達もその少年に続いた。
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