第28話 『異世界紀行』
「これがぼくの竜車です。……ぼくの、と言っても借金をまだ返せていないので、ぼくのものになる予定、ですけど」
「へぇー、竜車っていうのか。これ」
「前に教えてあげたじゃない。早速忘れちゃったのかしら」
「い、いや覚えてたよ? ただ再確認しただけだって」
「……まあ、そういうことにしてあげるわ」
俺達を案内したカイが見せつけているのは、元の世界にあった、馬車の『馬』の部分をそのまま『竜』に変えたような物。
王都の内外で走り回っていたのは何度か見たことがあるから、今更存在自体に驚く事はない。
して、動力源であるその『竜』には、漆黒の光沢を放つ、いかにも硬そうな鱗が列に沿って並んでいる。それが動いている姿を見ると、まるで自分がジュラ紀にタイムスリップしているように思えてくる。
まあ実際には、タイムスリップどころかワールドスリップしている訳なのだが。
「お二人にはこの竜車に乗ってもらいます。で、この子は商人ギルドからお借りしている地竜のベルティロです。ベルティロ、このお二人に挨拶して」
「――ッッ」
カイの促しに従い、真っ黒な鱗を揺らしてベルティロは鼻を鳴らした。
「カッコいいな……」
今まで王都で目にしてきた地竜の中でも一際鋭利な美しさを感じる。翼を生やしたら、正に絵画の中のドラゴンと呼べるだろう体躯だ。
小学生時代に恐竜に憧れていたので、間近で見られると些か興奮する。
「カイ、触って良いのか?」
「はい、多分大丈夫だと思います。この子は比較的人懐っこい方なので」
地竜も魔物の一種であり、気性が荒くない種だけが人間に飼い慣らされていると聞く。
なのでこの地竜もいきなり暴走するなんて事態にならないと思うが、一応聞いてみるとオーケーをもらえた。
「……失礼しまーす」
恐る恐る顎下に向けて手を伸ばす。全長は俺よりも大きいので、近づくにつれ威圧感が増大する。
直前まで近づいても拒否反応が返ってこないのを了承と取り、そのまま第一コンタクトを開始。
見ているだけだとCG映画かと勘違いするような。でも、触れば仮想を否定する妙にリアルな質感。
「スッッ!」
「――うおっ!」
――を感じていると、心底嫌そうにベルティロはぶるんと顔を揺らし、俺の手を振り解いた。
これは……嫌われてしまったぽい。
「トオル。動物というのはね、ちゃんと心を通わさないと懐いてくれないのよ。まあ、見てていなさい」
そう口を挟んだフィーネが「ほら」と手を伸ばす。
すると俺がそんな訳ないだろと言い出す前に、ベルティロは自ら顎を寄せ、目を細めながらスリスリと擦り始めた。
「マジかよ……。なんでフィーネはいとも簡単にできるんだ……」
「ふふん。どうやらトオルはこの子に嫌われたみたいね。――ああ、ちょっと! 舐めないでもらえるかしらっ」
「わわ、ベルティロ!! フィーネリア様に何してるんですか!」
俺が不貞腐れていると、ベルティロは調子に乗ったのか、フィーネの顔をペロペロと舐め出した。
カイがベルティロを引き離したお陰で解放されたフィーネは、「もう、今日はやけにぐちゃぐちゃにされる日ね……」とべとべとになった顔を水魔法で洗浄してから、ハンカチで顔を拭いた。
早速使ってくれてるんだな。なんか嬉しい。
「す、すみません! すみません! 僕のベルティロが粗相をしてしまって……」
「私が調子に乗ったのが原因だから、あなたが気にする必要は無いわよ。……だから、そう畏れないでもらえるかしら」
「――え? えっと。か、寛大なご配慮、誠にありがとうございます!」
カイが顔を真っ青にして謝るが、フィーネは特段怒った顔を見せない。彼女が怒る事なんてそうそう無いだろうから心配はしてないが。
それにしても、カイは固すぎるのではなかろうか。フィーネはなんだかんだ言って上下関係は好まない性質であるのだし。
「まあそれは後々解消していくとして。カイ、そろそろ出発するんだよな? 何か特別事項とかがあれば今のうちに教えてくれれば幸いなんだが」
「えっと。特に変わった事項はありませんね。依頼にある通り、食費はこちらが受け持ちます。そして最終目的地は帝都ハドリアノープルです。その為にシヴドゥン川を東進して、ゲルメカを経由する予定です。報酬は、無事に帝都に到着出来た時にお渡しします。……これくらいですかね。他に何か質問等があれば答えますよ」
「いや、特には。フィーネはなんかあるか?」
大方知っていた内容だったのとセオリーを知らなかったのでフィーネに流すと、
「……ゲルメカは必ず通らなければならないのかしら?」
「はい、そうですね。道中、ドワーフ製の武器類も仕入れる予定なので出来れば通りたいです。一番近道でもありますし。……もしかしてフィーネリア様、何か事情がおありで?」
「……なら、仕方ないわね。――なにもないわ、大丈夫よ」
意味ありげにボソッと何かを呟いたのを拾ったが、カイは気付いた様子を見せずに説明を続ける。
「ぼくがまず運ぶのはこれらのポーションです。王都で評判の薬剤師の方に作ってもらった物なので、帝国でならかなり高く売れる筈なんですけれど」
「ふーん。加工貿易みたいなもんか……。俺が採った薬草で作られた分も探せばありそうだな」
移動したカイが示すのは、竜車の中に置かれている大量の瓶。
ポーションという物をやっと初めて目にしたが、大体イメージ通りだった。飲めばHPが回復しそうなアレである。
「イチジョウさんは薬草採集をされていたので?」
「ああ、まあな。冒険者に成り立て――つっても今もだけど、薬草採集一本で稼いで来た」
「なるほど。駆け出し冒険者なんですね。イチジョウさんは」
薬草採集と言えば、ビギナー冒険者御用達の依頼た。だからカイからするに、俺は経験が浅いと印象付けられたことだろう。
まあ間違ってはいないのだが、フィーネの荷物持ちとして雇われた、みたいに思われているに違いない。
「ポーションの仕入れ額も近頃高くなってますし……その分、高く売れれば良いのですが」
「商人は利益が最重要だものね。……うん。この品質なら高く売れそうよ」
フィーネは一本の瓶を持ち上げ、揺らしながらそのようにジャッジしたが、
「見ただけで品質とか分かるもんなのか?」
「なんとなくよ、なんとなく。トオルもなんとなく良い品質って分かるんじゃないかしら」
「……確かになんとなく効果がありそうだな」
「それで会話って成立するものなんですね……」
カイくんや。うるさい。
「……こほん。最後に長旅が予想されるので、その他用意を各自でお願いしています……のですが、お二人とも荷物をお持ちになられていないように見えるんですけれど……?」
「ああ、準備はもうバッチリだよ。な、フィーネ」
「ええ。ばっちし、よ」
「そ、そうですか。……なら良いんですが」
カイは胡乱な目を俺達に向ける。
そんな目を向けられるのは、例の魔道具の凄さを知るまでだと言いたいが秘密にしておく。
「では、もう出発しますね。お二人とも、そこに座っていてください。ぼくが御者をするので」
「よし、分かった。危ない魔物とか出てきたらすぐに言ってくれよ?」
「はい、その時はお願いします」
一応仕事なのだが、まるで修学旅行に行くみたいなノリだなと思いつつ、俺の初めての異世界への旅立ちが始まろうとしていた。
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