第11話 『お漏らしは恥』
「――で、どんな依頼を受けたのよ?」
今俺達は草原の上に作られた街道を歩いている。
王都から出るには身分証明書が必要だが、冒険者に登録した時に貰えるギルドカードはその役割を果たしてくれた。
衛兵さんはフィーネリアのギルドカードに驚いた様子だったが、特に何事も無く王都を出れた。
俺が受けたのは『ゴブリンの巣の駆除』だ。ゴブリンは危険度が設定される魔物の中でも最弱の部類と呼ばれる。
一ヶ月前に初めてギルドに来た時から貼ってあったものだ。ということは、その間誰も受けなかったという裏返しにもなる。
何故不人気なのかと聞いたら、ゴブリンは数が多い割に獲れる素材が小さい魔石くらいなので旨味が少ないから、だそうだ。
「ああ、ゴブリンの討伐依頼だよ」
「……ゴブリン? 雑魚じゃない」
フィーネリアはその名を聞いて馬鹿にしたような声調で答えた。こいつは直ぐに慢心する癖がある。まあ、Sランクのこいつからすると雑魚なんだろうけど。
「おいおい、そう言うなよ。俺にとっては初めての討伐依頼なんだから」
実はちょっと、緊張している。思えば、俺が今からしようとしていることは生命の略奪だ。相手は害のある魔物だとしても、ちゃんと殺せるだろうか。
元の世界では虫以外殺したことないので少し心配だ。
「……はあ、仕方ないわね。ちょっとだけ付き合ってあげるわ」
「相変わらずだな、お前は。……でも、ありがとな」
フィーネリアは何故か上から目線で俺に答える。俺の奴隷と言う立場はどうなったのだろうか。
まあでも、こいつの傲慢さにも少し慣れてきた。寧ろ、いきなり従順になられたら驚く。
だが、仕方ないと言いつつも既にここまで着いて来てくれているので、元々手伝ってくれるつもりだったのだろう。素直じゃないやつだ。
すると、俺達の横を恐竜っぽい生き物が引っ張っている乗り物が通り過ぎる。その光景を目にすると、やっぱり異世界なんだなと再確認する。
王都の周りとだけあって、人の流通は多い。その影響で自然はかなり開拓されている。一番近い森に行こうとしても数十分歩かなければならないのが玉に瑕か。
そして歩くこと数十分。やっと、深い緑が乱立している地帯が目に入った。
「――よし、ここだな」
受け取った簡易的な地図と照らし合わせた所、そのゴブリンの巣はこの森の中にあるらしい。
と言っても、俺がいつも薬草を採りに来ている森だ。なので少しだけ土地勘がある。
獣道のようになっている入り口を見つけたので、誰の許可も無しに森に入場する。
外周は日光がそれ程遮られていないので、マイナスイオンとかが充満してそうな、神秘的な気分になれる所だ。
しかし、需要が高騰してるとあって、森の周縁部は薬草が取り尽くされている。なので、いつも俺は魔物がいたら直ぐ逃げるつもりで少し深い所に入ったりしていた。そうでなければ稼げないからな。
幸い、薬草が取られ尽くしていない所でも魔物らしきものとは遭遇した事が無かった。運が良かったのだろう。
だが、今回は寧ろ魔物は歓迎の姿勢だ。臆せずどんどん深い所に入っていく。
草木の密度が高くなっていき、どんどん鬱蒼としていく。陽の光も段々と地面を照らさなくなっていく。
「……ん?」
――前方でカサカサと物音が立った事に気付く。
魔物の可能性が高い。
初めての生物らしきものとのエンカウントに、手に汗が滲む。
警戒しながら観察していると、そいつはひょっこり顔を出した。
「え」
リスだ。もっと凶悪そうなやつが出てくると思ったが、予想に反して可愛らしいのが出てきたぞ。
そのリスみたいな生き物と目が合った――途端、そいつはいきなり飛び跳ねたように逃げてしまった。
え、何でだ? モフモフしたかったのに。
「――森が、あなたを怖がっているわ」
「……?」
俺が途方に暮れていると、彼女がそうぽつりと呟いた。
「王都に居た時は感じられなかったけど、あなた、なんでそんなに魔力を漏らしているのよ? 生き物が逃げるに決まってるじゃない」
「……は? 何言ってるんだ?」
そんな事言われても俺、魔力なんか漏らしていませんけど。意味わからん。
「まさか、魔力の制御ができていないのかしら……」
俺の反応を見て、意図的ではないと判断した彼女は思い当たったかのようにそう呟き、納得した表情を見せる。
そして笑いを堪えた顔で俺の方に振り向いて、
「あなたは、身の丈に余る魔力を保持しているわ。それを今、無意識に放出しているのよ……。ぷぷっ、その歳にもなって『お漏らし』とか、恥ずかしく無いのかしら?」
なんでも、魔力の扱いを学んでいない人間は、緊張したり、気持ちが昂ると無意識に魔力を放出してしまうらしい。
しかし、俺ぐらいの歳にまでなって『お漏らし』をする人間は極少数のようだ。滅茶苦茶馬鹿にしたような顔をしている。ムカつく。後でお仕置きしよう。
……まあ、それで俺の場合はその漏らす魔力が半端ないらしく、魔物が本能的に俺の危険度を感じて逃げてしまうとのこと。そんなにヤバいのか、俺。
そんなの魔物討伐以前の問題じゃないか。逃げられてしまったら元も子もない。
「……これじゃ、魔物討伐どころの話じゃないわね。帰るわよ」
「待て待てっ、今から制御するから! というか、制御の仕方を教えてくれても良いだろッ!」
初めての討伐依頼なのだ。こんな理由で失敗に終わるのは、何というか縁起が悪い。俺としては諦めたくないのだが、彼女は何故か帰ろうとしている。
「ふん、教えられる側の態度じゃないわね。『教えて下さい、フィーネリア様』、よね?」
「なっ……」
こいつ……立場を弁えていやがっていない。本当に奴隷とは一体なんなのだろうか。
でも、それで教えてくれるなら仕方ない。帰られるよりはマシである。背に腹は変えられない!
「教えて下さい、フィーネリアさまッ!」
「――っ、本当に言うとは思わなかったわ……でもそうね、悪い気はしないわっ! ふふふ、跪くがいいわ!」
……あ、しまった。
勢いで言ってしまったが、命令すれば良かった。俺には『ご主人様命令』という特権があるはずなのに。
彼女の態度のせいでその本来あるはずの主従関係のことをすっかり失念してしまっていた。
「何やってんだ俺ーーーッ!」
何と馬鹿なことをしてしまったのだろう。もっと冷静になっておけよ俺!
そんな当の彼女は、晴れやかな顔で俺にそんなことまで言い出した。
立場が逆転して気分が良いのだろう。とても腹が立つ。やっぱり命令した方が何倍も良い展開になっていただろう。
「くっ……!」
高笑いをする彼女を尻目にやらかした、と悔やむ。
まあ言ってしまったのは仕方ない。俺は帰ったらこいつを絶対泣かせてやる、と心に誓った。
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