第10話 『昇格の報せ』
「おはようございます」
「――ああ、トオルさん。おはようございます」
今日もヘレナさんは朝からせっせと仕事をしている。労働基準法とかどうなっているんだろうか。少し文句を言いたい。
「……フィーネリアちゃん、酷い目に遭わなかった?」
「……今のところは、大丈夫よ……ありがと、ヘレナ」
ヘレナさんは俺の隣にいるフィーネリアに気付くと、心配そうな声をかける。
……俺がどれだけ信用されていないかがわかる。やっぱり悲しい。
「そう、よかった……あ、トオルさん。大事な報告があります」
「――はい?」
今あなたのせいで悲しんでいた所なんですけど。
そんな俺の心境などお構い無しに、ヘレナさんは俺に何か重要な事を言わなければならないらしい。
「……えっと、昨日のSランクのフィーネリアちゃんとの決闘での勝利、それに加えてあの戦闘能力。それらから昇格に値すると判断しました。なので昨夜、身勝手ながらギルド長に推薦をさせていただきました」
「……?」
「それで、トオルさんは特例として『Cランク』に昇格することになりました。そんな逸材をFランクで燻らせるわけにはいかない、とのことです。私も一晩で、しかもCランクへの昇格の判断が下されるとは思っていなかったんですが……余程フィーネリアちゃんとの決闘での勝利が衝撃的なんだったと思います」
「…………はい?」
「突然、と思うのも仕方ないと思います。私も驚いていますもん。……ああ、昇格で生じる不利な点は無いですよ、特には。そこは安心して下さい」
ちょっと、あまりの展開についていけない。俺だけ置いてきぼりになる感覚を味わう。
Cランクに昇格?
ついこの間までFランクだったはずなんだが、流石にすっ飛ばし過ぎなのではないかと思う。本来はEとDランクを経てなるべきランクだ。
「……えっと、それってつまり」
「はい、今日からトオルさんが受けれる依頼の幅が広がります。……私の口から言うのは少し変だと思いますが、おめでとうございます」
それは、素直に嬉しい。
どうやら、パーティーを組んで討伐依頼を受けるとかいう真似はしなくて良いみたいだ。
……まあ、ちょっと納得いかない所はあるが、俺にデメリットは無い。素直に喜んでおくことにする。
「……ああ、なら今日は討伐依頼を受けようと思います」
「うふふ、言うと思いましたよ。魔物討伐は冒険者の憧れの的ですもんね。……でも、トオルさんが持ってくる薬草はどれも品質が良かったので、ちょっと残念です……」
「そういうことなら、討伐依頼のついでに毟ってきますよ」
「本当ですか!? 助かりますっ!」
薬草の需要は本当に高騰しているらしい。それもFランク冒険者の手も借りたいくらいに。いや、元Fランクか。あまり実感が無い。
「あなた、なんだかわからないけど良かったわね」
「ああ、お前のおかげだ」
「むっ……皮肉にしか聞こえないわ」
こいつと決闘をしなかったらCランクに上がれて無かったのだ。
なので素直に感謝の意を述べたのだが、彼女にとってはそれが皮肉に聞こえたらしい。ならどうしろと。
「……あ、フィーネリアちゃんとパーティー登録はなさいますか?」
「え? ああ、はい」
パーティー登録をしておくと、色々と便利らしいので一応しておいた方が良いとのこと。元々する予定だったので了承する。紙にサインするだけで手続きは終わった。
「Cランクと、Sランクのお二人なので……Bランクの依頼まで受ける事が可能です」
「Bランク……」
平均して切り捨てた値ということだろうか。まあ、いきなりBランクの依頼を受けるつもりはない。
一発目は慎重に行くべきだ。
「ああそれと、くれぐれも気を付けて下さいね。初めての魔物討伐は一番死亡率が高いです。……まあ、フィーネリアちゃんがついているのでそこは安心できますが」
中々不安を煽る事を教えてくれる。前の世界では天寿を全う出来なかったので、この世界では易々と死ぬつもりはない。
……冒険者なんかやっている時点で命知らずかもしれないが、そこは楽しそうだから仕方が無いと自分に言い訳する。
まあ、だが俺は事前情報を集めて慎重に行くタイプだ。考えなしに死にに行くようなことはしない、と思う。
ということで、掲示板の前に移動して貼られている依頼を見る。
色々な依頼が貼ってある。冒険者とは、一言で表すと『なんでも屋』だ。王都で人手が欲しい人がこぞってここに依頼にやってくる。
建設の手伝いの依頼や、家の掃除、迷子の犬の捜索依頼なんかもある。それらはFランクやEランク冒険者の仕事だ。
Dランク以上になると、魔物の討伐依頼を受けることが可能になる。
薬草採集はFランクでも受けられる常時依頼だ。とりあえず薬草を取って持って帰ってくればそのまま換金してくれる。俺は一ヶ月間ほとんどこの依頼を受けていた。
しかし、今日の目当てはそれではない。……あ、あったあった。
その依頼の紙を引き剥がして、受付に持って行こうとすると、
「――よおっ、トオル! そこの嬢ちゃんを奴隷にしたんだって?」
いきなり後ろから肩を組まれる。
初めにこのギルドに来た時もやけに絡んできた大男だ。名は確か……ゲロラフさんだっけ。一方的に自己紹介されたので、あまり覚えていない。
ムワッと強い酒の臭いがする。まだ俺は未成年なのでやめてほしい。それに、この人とは関わってはいけないという本能が警笛を鳴らしている。
そういえば、昨日勇者と会った時もここにいた気がする。というか、俺がギルドに来るたびに毎回酒を飲んでいるのを目にする。
ちゃんと冒険者してるんだろうか。心配だ。
そういえば昨日あいつらとこいつが馬鹿でかい声で奴隷がどうたらこうたら言っていたから、多分それでバレてしまっているのだろう。
もしかするとそういうのは世間体が悪いのかもしれない。まあ、バレてるなら正直に答えるしかないか。
「ええまあ、その通りですけど」
「……やっぱりか。酒場はお前らの話で持ちきりだぞ?」
そう言われて周りを見れば、気付いて無かっただけで確かに俺達に視線が集まっている。
好奇、嫉妬、期待。男達が各々色々な感情が入り混じった視線を投げかけてきている。
その良い感情とは言えない視線に、思わずたじろいでしまう。こういうのは好きじゃない。
しかし、隣を見るとフィーネリアは何ともなさそうな様子だ。なんでだ。
「……で、どうだったんだ? その、夜は?」
どうやら聞きたいのはそれらしい。デリカシー皆無の質問をしてくる。
どこの世界でも男というのは単純だ。でも期待されているような答えは持ってないし、言うつもりもない。
「ふん、汚らわしいわね」
「なっ!」
俺が口を開きかけたところで彼女がゴミを見るような目でそう吐き捨てた。
瞬間、ゲロラフさんは地面に手をついて項垂れた。相当ショックを受けた様子。
確かに美少女にこんな台詞を言われたら撃沈もしたくなるだろう。
でもまあ、女の子の前でセクハラ紛いの事を言ったんだし、訴えられ無かっただけでマシだと思うんだが。
「行くわよ」
「……お、おう」
撃沈しているゲロラフさんを放置して彼女は俺にそう促してくる。鬼だな。ちょっとカッコいいと思いさえする。
そんなこんなで、俺は依頼を受諾してギルドから出た。
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