第7話  『風の噂』




「相変わらずスゲー豪華だな……」


 この世界に来て一番驚いたのは、お風呂設備が非常に発達していたことかもしれない。


 サウナは勿論のこと、色々な種類のお風呂がある。

 床に敷き詰められているのは高級感漂う大理石のようなもの。

 万が一傷付けてしまったらどうしよう、などと考えてしまうほどに芸術的だ。


 それに加えて、初めて見た時は信じられなかったのだが、シャワーまで設置されている。


 従業員さんに聞いたらこの公衆浴場の湯は魔物の火と水属性の魔石を使って沸かされている。で、このシャワーもその応用。と親切にも答えてくれた。

 魔法ってスゲーと思いつつ、このシステムを作り出した人の風呂への熱意が凄く伝わってきた。


 これ、本当に銅貨三枚で入っていいのだろうか。毎回心配になる。


 まあここは大人しくその恩恵に預かることにして、いつも通り洗い場である程度石鹸で身体を洗ってからお風呂に入ることにする。

 ……石鹸って中世で軽々と使っていいものなんだろうか。まあいいか。


「ふ〜〜〜〜っ」


 肩まで湯に浸かる。じんわりと足から熱が体の中に染み込んでくる。この感覚がなんとも言えない気持ちよさを演出している。


 ああ、心が浄化されていくようだ。


 ……しかし、今日は依頼を受けなかったが色々とありすぎて疲れた。この世界に来て一番濃厚な日だったのは間違いないだろう。

 いきなりエルフに決闘を申し込まれ、それでなぜかエルフを奴隷にして、呪われた剣を手に入れて――。

 

 うん、意味が分からない。深く考えないことにしよう。

 そんな事を思っていると、


「なあ、聞いたか? 勇者の件」

「ああ、今王都にいるらしいな」

「それもだが、もっとデカい話だ」


 興味深そうな話が聞こえて来たので耳を傾ける。

 いつの時代であっても、公衆浴場は民衆の交流の場所。こういう情報収集は大切だ。


「どんな話だ?」

「それがな、遂にロージャス神聖王国がエズラ帝国に勇者を派遣するのを決定したらしい。あれだけ出し渋っていたのにな」

「……この国がエズラ帝国を支援するのか?」

「ああ、なんでも教皇様から早く戦況が悪い帝国に勇者を派遣せよとお達しがあったらしい。まあ、これはあくまで噂だが」


 ロージャス神聖王国というのは今俺がいる国のことで、確かエズラ帝国というのはこの国の東にある国だったはずだ。

 両国はすこぶる仲が悪いことで有名なので、流石に俺でも知っている。


 で、勇者というのは、今日会ったあいつらのことで間違いないだろう。

 世の中は今色々と大変みたいだが、あいつらが何とかしてくれることを祈ろう。

 


 ……ん? これってもしかしてマズイのでは?


 フィーネリアもついさっきまで勇者パーティーの一員だったわけだ。

 つまり勇者が帝国に派遣されるっていうことは、彼女も帝国に行く必要があるかもしれないということだ。


 でも、今の彼女の立場は俺の奴隷。折角彼女をゲットしたんだから、手放したくない。

 俺の勘も手放したら駄目って言ってるし。


 でも、あの神官ぽい子は神託を受けたのは私達三人だけとか言ってたな……。

 ……うーん、よく分からんが、気に留めておく必要はありそうだ。



 △▼△▼△▼△



 のぼせる前に湯から上がることにした。

 まあ、もうちょっと浸かっていたかったが、もしかしたらあいつが先に上がって待ってるかもしらんからな。何事も先手先手である。


 それであいつとの待ち合わせの場所に来たのだが、彼女はまだいないようだ。


 ……もしかして逃げた?

 いや、『ここで待ち合わせな』と命令していたので、そんなはずはないはずだが。


 まあ、何もしないでボーッと突っ立ってるのもあれなので、売店で牛乳を買うことにする。


 ……ぷはーっ!


 日本産の牛乳も美味かったが、この牛乳も負けていない。風呂上がりはやっぱこれに限るな。


 売店のおばちゃんに聞くと、この牛乳も家畜化されている牛の魔物から採れたものらしい。凄いな、魔物って。


 そんな感じで飲みながら待っていると、


「……おまたせ」


「随分と長湯だったな」


 背後から声が掛かる。振り向くとフィーネリアの姿が見えた。

 色素の薄い金髪はしっとりと濡れており、頬も僅かに上気させている。ちゃんと入浴を満喫出来たようで何よりだ。


「ほら、これ。お前の分も買っておいたぞ」


「――――」


 そう言って左手に持っていた瓶を手渡したのだが、なぜか口をつける動作をしようとしない。


「……どうした? 何も変なもんなんか入れてないぞ?」


「――な、なんでもないわよっ」


 そう言って一気にミルクを飲み干した。中々やるな、こいつ。


「――げほっ、げほっ」


 と感心していたらむせやがった。何してんだ。


「何やってんだよ。ほら、口だせ」


「……そ、そんなの自分で出来るわよ!」


 持参していたタオルで彼女の口を拭こうとしたら、タオルだけ俺の手から取り上げて自分で拭き出した。


「牛乳は逃げないから、ゆっくり飲んでいいんだぞ?」


「……なっ!? あなたに言われたら、なんだか凄く悔しいわ……」


 良かれと思って言ったのだが、何故か悔しがられた。

 本当に世話のかかる妹みたいだな。妹居ないけど。いたらこんな感じなんだろうか。


「今から宿に帰って飯を食うつもりだけど、いいよな?」


 タオルを取り返して彼女にそう問う。もうそろそろ日も暮れてきたし、お腹も空いてきた。素直に飯が食いたい。


「……え? あ、うん。分かったわ」


 彼女の了承も得たので、俺はいつも泊まっている宿に向けて歩いて行った。



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