第6話 『公衆浴場』
あれから俺達は適当に街をぶらぶらして、時間を潰した。この街はだだっ広すぎて見ていて飽きない。
そんなことをしていたら差し掛かる陽も強さを弱めていて橙色に変わり始めた。
もう夕方か。時間が流れるのは早い。今日は特に。
まあ久しぶりに女の子とデート(?)したのでちょっと緊張したが、内緒だ。こいつに言ったら絶対調子に乗るに違いないし。
それと、フィーネリアはこの街では目立ちすぎる美貌ということもあって通行人からの視線が多かった。
が、本人は目立つことにはもう慣れっこらしい。俺なら耐えられないと思う。ちょっと凄いな。
……そういえばエルフってどこに住んでるんだろ。
ここらでは見ないのでどこか居住地があるのは確かなのだが。
ちょっと気になるので聞いてみることにする。
「なあ、そういえばさ、お前ってどこから来たんだ? エルフなんて初めて見たんだけど」
「……はぁ? あなたに教えるわけないじゃない」
「るっせぇ、ご主人様命令だ」
「くっ…………ここより北の『アールヴヘイム』っていうところから来たのよ」
あまり使いたく無かったが、流石にムカついたので使わせてもらう。
しかし、アールヴへイムって初めて聞いたな。かっこいい響きだけど。
「ふーん、じゃあなんでこの国に来たんだ? この辺でエルフなんて珍しいじゃん」
「あなた、若そうなのにエルフのことを知っているのね……まあ、退屈だったからよ」
「ふーん……まあそんな感じするもんな」
拒否しても結局ご主人様命令が行使されるのが分かったのだろう。素直に答えてくれた。
俺がエルフについて知っているのにちょっと驚いている感じであるが。そう言われてもエルフなんて異世界の定番なんだから知ってて当然だろ。舐めんなと言いたい。
で、理由については納得できる。こいつは多分面白いことを求めて冒険したがるタイプだ。なんとなく。
「……で、今のを聞いて何をするつもりなのよ?」
「いや? 何も。気になっただけだ」
俺がこの情報を聞いて何かすると警戒していたようだが、何をどう悪用するのだろう。謎だ。
「……本当にそうかしら」
何故か訝しげな目で俺を見てくる。なんで俺はこんなに信用が無いんだろうか。
ヘレナさんにも信用されてなかったし、ちょっと悲しくなる。
「ま、まあ、俺もエルフの国なんてあったら観光してみたいな、ぐらいは思ったけど」
エルフの国って響きだけでなんだか神秘的な感じがする。そんなものがあるなら死ぬまでに一目見ておきたい。
そう思ってしまったのは事実だったので、正直に伝えたが、
「そんなあなたにとっては残念だけど、あの国は基本的に人間は立ち入り禁止よ」
と、そんな希望は彼女の言葉によって切り捨てられる。何か理由がありそうだ。
「なんで?」
「……流石にそれは私の口から言いたくないわ」
ご主人様命令を使ったら聞き出せるが、彼女は言いたくないらしい。過去に負の歴史でもあったのだろうか。
流石にそこまで嫌がるのなら、無理矢理言わせるのは気が引けたのでこれ以上言及しないことにする。俺って優しい。
「……あら? 得意の
彼女はご主人様命令によって、無理矢理口を割らされたことに不満を感じているらしい。
皮肉をこめた声質で俺を挑発してくる。
……ちょっと命令の度が行き過ぎたかもしれない。
「あのさぁ……あ、着いたぞ」
そんな事を言い合っていると目的の施設に到着する。
立派な造りの建物。様々な種族、年齢の人々がその建物を出入りしているのが見える。
ここは元の世界の感性を持つ俺からするととても重要度が高い建物であって――。
「公衆浴場? あなたも、お風呂好きなのかしら?」
「ああ、毎日ここに通ってる」
この国の人達は非常に綺麗好きだ。
なんでも国教のアルスミス教とやらの教義で、
『身体は常に清潔であれ』
と、いうものがあるらしい。
その影響で風呂屋は国から援助金が貰えるのだとか。そのおかげで住民はたったの銅貨三枚でこの公衆浴場を利用できる。
俺の稼ぎからしても十分毎日通える額だ。
それに加えてこの街の清潔さはかなりのものであり、他の街は知らないが、少なくともこの王都自体もその例に漏れず下水道が完備されている。
街に糞尿がばら撒かれているとかいう事態にはなっていない。これなら元の世界みたいに感染症が流行する心配とかもないだろう。流石異世界。夢を潰させない。
とまあ、俺はこの世界に来て毎日お風呂に入ることだけを楽しみに生きてきた。
……流石にそれは言い過ぎかもしれないが。でも、それだけ好きなのである。
「……で、私だけここで待ってろ、と?」
「そんなわけ無いだろが。お前も入ってこい。上がったらここで待ち合わせな」
「……奴隷だから風呂に入るなとかそういうのじゃないのかしら?」
「お前……どんな想像してたんだ。俺がそんなことをするやつに見えるか?」
「もちろんよ」
速攻肯定された。ムカつく。
……どうしよう、これは風呂に入らせないという提案はありかもしれない。
「じゃあ、お前がそうされたいみたいだからここで待っとけ。俺はゆっくり入浴してくるとするよ」
「――待ってよ!! すみませんでした! 今のは戯言よ!」
俺が彼女に背を向けて歩き出そうとしたら、彼女はそう懇願してきた。
反応からして彼女もお風呂が好きらしい。くく、ういやつめ。
「ったく、冗談だよ。ほら、銅貨やるから入ってこい」
「冗談に聞こえないのが怖いわ……」
彼女がまだ何か言ってるか聞こえるが、無視して男湯の方に歩いて行く。
この公衆浴場はちゃんと男湯と女湯に別れている。流石に混浴とかは常識的に無理だ。
なのでこいつとはここで一旦お別れである。
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