第4話 『棚からぼた餅』
「…………」
「…………」
二人の間に重たい空気が充満していた。
隣を見れば、あれから一言も喋っていないフィーネリアの姿が視界に映る。心なしか横に長い耳がしゅんと垂れていた。まるで感情を持ってるみたいな耳だな。
……それにしても黙っていれば腹立つくらいに可愛いな、こいつ。
…………。
……気まずい。俺としてはさっきの生意気な感じの方がやりやすかったんだが。
流石にこの空気感はダメだと思うので話しかけることにする。
「なぁー、もっと元気だせよ」
「――ッ、誰のせいだと思ってるのよ! それと、手を離しなさいよ!」
俺の声を切っ掛けにその青い目にハイライトが戻った彼女は、そう言って勢いよく俺の手を振り解いた。
よしよし、さっきの調子が戻ってきたようでなによりだ。
「……あと、今どこに向かってるのかしら!?」
一カ月過ごして分かったことだが、この世界は大体地球と同じ周期で自転しているらしい。俺の体内時計が狂っていなければ、恐らく一日は地球でいうジャスト二十四時間だ。分かりやすくて助かる。
で、今はまだ昼下がり。借りている宿に帰るのも早すぎる時間。
なので今日はその余った時間に依頼を受けずに適当にこのだだっ広い街をぶらつく予定だった――のだが、彼女のせいで事情が変わった。
「あー、さっきまでは街をぶらつこうかなと思ってたんだが、用事が出来た。なんか良い武器屋を知ってないか?」
さっきの決闘で分かったことなんだが、この世界を生きていくには武器というものが必要らしい。
Fランクで受けれる依頼には魔物の討伐依頼とかは無かったので必要無かったが、もっと稼ぐ予定なので将来的に見れば必要になってくるだろう。
折角異世界に来たんだから、魔物との戦闘とかしてみたいしな。
そういうわけで今は良い武器を売っている店を探しているのだ。
こいつは俺よりこの街に詳しそうなので、一応聞いてみたのだが――。
「武器屋? そんなの私は使わないから知るわけないわよ! 私が知ってるのは美味しい店ぐらいよ!」
「……なんでそんな自慢げなんだよ」
何故か自慢げに鼻を高くしてそう答えてくる。さっきまであんなに落ち込んでいたのに立ち直りが早い。
……だがまあ、使い物にならんな、こいつ。
「それにしても、お前Sランクって本当だったんだな。預金残高見たらビビったわ」
そう言ってポケットの中に入れていたジャリジャリ音を鳴らしている麻袋を見せる。
その中にはこの国で使われている金貨が数十枚入っている。
あの勇者が『魔王』を倒す貴重な戦力と言っていたが、預金残高を見て確信に変わった。
「信じて無かったのかしら? 私は正真正銘のSランク冒険者よ。というよりあなた、そのお金……」
「ああ、今日からお前は俺の奴隷なんだろ? なら、お前のもんも俺のもん。ということでさっきお前の口座からヘレナさんに引き出してもらった」
「――。この人でなしめっ!」
中々暴論に聞こえるが、ヘレナさん曰く奴隷の財産は全て主の物になるらしい。
つまり奴隷から解放せずともこいつの全財産は俺の物ってことだから、あの金を出すから解放しろという取引はそもそも成り立っていなかったわけだ。
あの取引を断ったのにもちゃんとそんな理由があった。
ってことでこいつが絶望している間にこいつがギルドに預けている金を拝借させてもらうことにした。
で、こいつの預金残高を見たらまさかの三億デル超え。
二億デル出せると言っていたことが嘘では無かったことが分かった。なので、そこから数百万デルだけいただくことにした。
俺の稼ぎからしたらかなりの大金。
それでもこいつの全額からしたらほんの一部。十分の一にも満たない。
棚ぼたで大金を得る権利を得られた割には中々謙虚な方なんじゃないだろうか。自分を褒めてもいいレベルだと思う。
しかし、俺の謙虚さを理解していない様子の彼女は、勝手に預金を引き出されてご不満のようだ。
「まあまあ、そう怒るなって。借りた分だけ後々返すつもりだから」
「――っ、信用ならないわよ!」
正直こいつの預金残高だけで暮らせそうな気がするが、それでは人間的にダメな気がする。
まあ、折角異世界に来たんだから、出来るだけこの世界を楽しみたいのだ。決してヒモになりたいのではない。それにこいつの金で生きていくってなんか負けた気分になる。
「先行投資だよ、先行投資。俺がもっと稼いでいくのに必要なんだ。あ、先行投資の意味分かる?」
「なっ! あなた、馬鹿にしてるわね!」
アホそうだから分かってないかも、という俺の優しさで言ったつもりだったのだが、気に障ったらしい。
俺の優しさが伝わらないのが残念だ。
「……ああ、そ・れ・と! さっきは不覚をとって負けちゃったけど、本気で戦えばあなたなんかコテンパンなんだからねっ!」
「へー」
「聞いてるのかしら!?」
まあそんな調子で適当に街をぶらついていると、一つの店に目が止まる。何故かは分からないが、惹き寄せられるようなオーラを発していた。
店の前にはガラスの中に剣や斧やらが飾られている。俺が探していた武器屋で間違いないだろう。
「失礼しまーす」
隣でまだ騒いでいる彼女を傍目に、俺はその店のドアを開けた。
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