13話 王太子妃は期待したい
「わたくし、最近になって…思い出しましたのよ。あの乙女ゲームには、まだ続きがありましたことを。」
「乙女ゲームの続き…ですか?」
「ええ、そうよ。あの乙女ゲームには、続編が出ておりましたのよ。」
ユーリエルンは声を潜めて、自分の前に座っているフェリシアンヌに、漸く届くような小声でひそひそと、話し掛けて来た。彼女達のように高貴な身分の令嬢には、侍女が何人か傍に控えている。特に王太子妃であり、将来は王妃となると決まっているユーリエルンには、大勢の侍女が常に傍で控えていた。
しかし今回のように、前世の話をする前提の場合には、侍女達に部屋から下がるよう命令していた。今日も同様に、フェリシアンヌが訪問して来たと同時に、侍女達に全員下がっている。フェリシアンヌも侍女を2人連れて来ており、同様に下がるように命を下したので、今この会話をしている王宮の客間には、彼女達2人しかいなかった。
それでも誰に聞かれるとも限らず、また特に此処は王宮である為、王族には影のような密偵が存在しており、その者達が聞いている可能性もあった。実際に、隣国の王女であったユーリエルンには、今も隣国から連れて来た密偵が張り付いており、こういう場の話の内容は聞かないように、気を使ってくれている。しかしながら、彼女の夫である皇太子が溺愛する妻を守る為、他にも密偵を付けている可能性もあり、油断は禁物なのである。
「続編…。やはり、続編が…存在するのですね…。」
「ええ、そうですわ。但し続編は前作が終了してから、何年も経ってからだった筈だけど…。確か…忘れかけていた頃に、続編が発売されましたわ。」
ひそひそと話すユーリエルンに倣い、フェリシアンヌもこそこそと小声で話している。当然ながら彼女もこういう事情は、良く知っている。これでも昔から、王太子の妹のような扱いを受けて来た所為で、王太子からも詳しく伝えられていたのだ。内緒話をする時は小声で話すか、若しくは彼が密偵にも下がるよう、命令していたからだった。王太子の命令には勿論、完全に主人から離れる訳ではないが、密偵も話が聞こえない程度までは、離れてくれるらしくて。
「それほど何年も後に、続編が出ましたのね…。道理で、わたくしが知らない筈ですわね…。」
「…あらっ?…アンヌは、続編のことは…ご存じありませんでしたの?」
「はい、残念ながら…。続編のことは実は…他のお人から、お伺い致しましたのよ。そのことで、ユーリ様にご相談したく思いまして…。」
フェリシアンヌが「続編のことは知らなかった」と吐露すれば、ユーリエルンは目を丸くして聞き返して来る。フェリシアンヌはユーリエルンの話を聞いたことで、「続編があったのは本当だったのね…。」と、声には出さずに確信していたのは、王太子妃である彼女が嘘を
「それは…参りましたわね。わたくしも続編の存在は思い出しても、前世のわたくしも続編は遊んでおりません。もう今更と、興味が失せておりました。アンヌならば絶対にご存じだと、思っておりましたのに…。」
以前、乙女ゲーを熱く語ったフェリシアンヌならば、知っているだろう。そう信じていたユーリエルンは、自分の期待が外れてがっかりする。明らかに肩を落とした王太子妃に、フェリシアンヌはにっこりと微笑み、例の件を告げたのである。
「ユーリ様。続編の内容は、とある人物から聞かされて、知っておりましてよ。先程からご相談したい事とは、実はそのことでして……。」
フェリシアンヌは早速、先日アレンシアから聞かされた内容を、ユーリエルンに全て話すことにした。ユーリエルンの反応は驚いたと言うよりも、疑いの眼差しだ。アレンシアの言葉を信じたくなかったが、話を聞くうちにユーリエルンも信じざるを得なかった。何故ならば、アレンシアが語ったと言う内容に、自分もまた思い出した内容が入っていたので。
ユーリエルンには、ヒロインの愛称や彼女を引き取った公爵家の名に、聞き覚えがあり、フェリシアンヌの口から語られるうちに、ユーリエルンも段々と思い出してきた。乙女ゲーのフェリシアンヌが、亡霊という存在だと…。
「………。ああ…そうでしたわ。残念なことに…貴方が、悪役令嬢の亡霊で登場しようとは…。」
「やはり…ご存じですのね…。アレンシア様は、嘘は…吐いておられないのですね…。」
「一応は…続編が発売された時、チェックを入れましたのよ。アンヌからお聞きするまでは、思い出せませんでしたわ…。ゲームはしておりませんので、簡単な概要しか知りません。彼女は嘘は吐いていないようですが、何処までが本当なのかはこのままでは、確かめようがありませんわね。」
****************************
アレンシアが嘘を全く吐いていないとは言えず、確証がないという様子を見せるユーリエルン。アレンシアは前回の加害者の立場の人間なので、全面的に信じるのは無理がある。フェリシアンヌやカイルベルト、更にユーリエルンが警戒するのは仕方のないことだ。王太子ライトバルが知れば、空気が凍る程ピリピリすること間違いなし、の状態であろうか。
ライトバル殿下は、アレンシアが現実のヒロインになろうと暗躍していた時、妻であるユーリエルンに害を為す可能性があると知り、秘密裏にアレンシアを調べさせた上、監視も付けていた程だった。フェリシアンヌに冤罪を着せたり侮辱したり、婚約者を奪ったりしたことに対し、本来は厳罰に問わせるつもりが、アレンシアの祖父であるモートン子爵当主が、真っ先に縁を切り家から追い出した。流石にこれでは、ライトバル殿下も口出しが不可能だろう。
その辺りの事情を知るユーリエルンは、アレンシア自身に会って確かめたいと思うものの、今の状況では不味いのだと思っている。ライト様は絶対に、アレンシア様とは会わせてくださらないわよね…。それに彼女がこちらの味方だと、ハッキリした訳ではないし…。
「…あの、ユーリ様。実は、わたくし達以外に他にも、転生者がおられます。」
「……えっ?!…他にも?…それは、
暫く物思いに耽っていたユーリエルンに、他にも転生者がいるという重大な内容をフェリシアンヌが告げて来て、ユーリエルンは心底驚くことになる。それでなくとも、自分達2人とアレンシアを含めて、既に3人の転生者が存在しているのに…。ユーリエルンは瞳をキラキラと輝かせ、転生者という新しい仲間が出来た事実に、期待した目付きで見つめて来る。
「……コホン(※咳払いをして)。はい、勿論。よくご存じのお人です。そのお人は、わたくしの婚約者…なのですもの。」
「……え?…ええっ?!…貴方の婚約者…とは、カイルベルト様…ですよね?…まさか、彼が…?!」
「その、まさか…でしてよ。」
「まあ…。本当に、カイルベルト様が……。」
フェリシアンヌから聞かされた名前は、ユーリエルンにとって意外過ぎる人物で、目を大きく見開き驚くことになる。彼女の婚約者と言えば2人存在するが、以前の婚約者のことは既に忘れられた存在だ。自動的に現在の婚約者ということになり、それでもユーリエルンは…名を確かめずにはいられなかった。
念には念を入れ、思わず聞いてしまったユーリエルンだが、逆にフェリシアンヌはあっさりと認めてくれる。まさか、男性の転生者がいらっしゃるとは、思っても見なかったですわね…。ユーリエルンはそう思いながら苦笑し、ふと疑問に感じたことをフェリシアンヌに尋ねてみた。
「カイルベルト様は、わたくしが転生者だと…ご存知ですの?」
「…いいえ、まだお伝えしておりませんわ。ですが、わたくしの口調からバレてしまったかもしれませんね…。申し訳ございません。」
「…まあ。気になさらなくても、大丈夫ですわよ。それよりも男性もおられるのでしたら、他にも転生者が存在するかもしれませんね?」
今日こうしてフェリシアンヌが王太子妃に会うことは、カイルベルトにも以前から伝えてある。その後、アレンシアから第2弾の乙女ゲーの話を聞いた時、他の転生者の存在を匂わし、その上で近々許可を取ることを伝えていた。勘の良い彼には誰のことなのかを、気付かれてしまったようだった。
これでは…お話してしまったのと、同じことでしたわ…。ユーリ様のお許しをいただかないうちに、カイ様に悟られるような言動をしてしまいましたわ…。
前世とは異なり、身分の差が圧倒的に厳格なこの現世では、こういう状況は無礼なことなのだ。但し、王太子妃も転生者で前世の記憶を持つことから、そういう点は融通を利かせてくれている。有難い待遇だと、フェリシアンヌは感謝していた。
「そうですよね…。今回の続編ヒロインは転生者ではないだろう、とアレンシア様は考えておられましたわ。ですから、ヒロインには協力を仰げそうにありませんわね…。敵になられるぐらいならば、良かったのかもしれませんが…。」
「…そうですわね。
「…確かに、そうですわね。わたくし達、元々は悪役令嬢キャラですもの…。」
うふふふふっ…。ほほほほほっ…。などと声を出して、2人で笑い合う。抑々わたくし達は、悪役令嬢でしたのよ。忘れてかけておりましたけれど…。笑いながらもそう言い合い…。暗い話になりがちな雰囲気を、明るい笑い声で吹き飛ばして。
こうして本日のお茶会は、2人の心に新たな課題を残しながらも、和やかな雰囲気の中で終了したのであった。
=====================================
前回から、王太子妃とのお茶会が続いています。
王太子妃は第2弾の乙女ゲームを知っている、と思いきや王太子妃自身も、概要しかしらないようでした。今のところはアレンシア以外、誰も乙女ゲームの内容を知らないような…。
今ハッキリしているのは、ゲームの簡単な内容とヒロインの存在と、フェリシアンヌの役柄でしょうか…。実は、アレンシアは他にも話していて、その話はそのうち書いていこうと思います。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます