11話 至上最悪の役柄の彼女

 「ヒロインはテレサという愛称で呼ばれており、燃え上がるような赤毛の髪に、赤いルビーのような瞳の色の美少女なんですよ。乙女ゲームでも可愛かったけど、実物も見かけは可愛かったですね。乙女ゲームでは落ち着いた大人しい少女だったのに、現実の彼女は我が儘過ぎるくらいで、公爵家でも手を焼いていると、使用人達が話してくれました。」

 「…そうなのね。それは、では…ないの?…前世の記憶がある所為で、ヒロインになりたくない…と思われているのでは?」


フェリシアンヌは、前世ではこのゲームのことを知らない為、どこまでがゲームの内容なのか、全く理解出来ていない。カイルベルトが前のめりになってまで、元ヒロイン・アレンシアの話を聞いているところを見ても、このゲームが存在していたのだろう。フェリシアンヌが知らなかっただけで。


 「私の例で言えば、私は転生者で前世の記憶もあったので、乙女ゲームの内容を早くから知っていましたよ。でも、新ヒロインである彼女は、知らないように見えました。何て言えば良いのか分からないけど、公爵夫妻を本物の伯父さん夫婦だと信じているようで、「今更、迎えに来るなんて。」とか「伯父さんは今まで、何してくれたのよ。」とか、私が訪問した日にそう叫んでいました。私は公爵家に正式な招待を受けた訳ではなく、使用人達に商品を届けただけなので、こっそり目撃したのですが…。」


現在アレンシアが住む自宅は、彼女の父親の実家である商家ノイズ家であり、商売の関係であちこちの貴族邸を出入りするようだ。取引先は主に庶民の家柄が多く、最近は実父が関わる仕事の影響で、貴族邸とも取引しているようであり、ここ数か月は、ルノーブル公爵家とも取引を開始したばかりで、初取引の日に祖父である養父に連れられ、見学をしていたようである。


其処で第2弾の乙女ゲームのヒロインに、出会ってしまったようである。ヒロインの姿を偶然見かけてしまい、乙女ゲームとは異なるらしい。テレンシスの立場から言えば、行き成り違う環境に連れて来られ、色々と感情が爆発してしまった…という感じで、あろうか…。


アレンシアが推測する通りならば、悪目立ちしたい転生者は居ない筈だ。こういう時はもっと慎重に行動するのではなかろうか?…もし前世の記憶があり、乙女ゲーを知っているならば、こういう言動は自滅しやすいと考えるだろう。フェリシアンヌもカイルベルトも同じく、そう考えた。乙女ゲームの断罪は、誰だって怖い筈なのだから…と。


乙女ゲーの場合、ヒロインでも安心はできなくて、あまりにも自分勝手な言動は、転生者である悪役令嬢やモブキャラに、してやられることもあり、ヒロインが悪役令嬢のルートを辿ることも、有り得るのだ。ヒロインがお花畑タイプでなければ、ヒロイン役を避けようとするか、悪役令嬢と出会わないようにするなど、シナリオを変えようとする行動に出る場合も、あるだろう。そういう場合も、転生者の可能性があったりするのだ。


しかしアレンシアには、そうは見えなかった。お花畑を実行していた当人である彼女がそう話せば、物凄い説得力が感じられる。アレンシアの言う説を、ある程度は信じても良いかもしれない。


フェリシアンヌは、アレンシアには確かめたい事情がある。それは手紙をもらった当初から疑問に思っていた事項だ。今回アレンシアに会った時に、訊こうと決意していたフェリシアンヌは、話の流れがひと段落したのを機に、問うことにした。


 「ところで…アレンシア様。ご自分が転生者であることをバラされてまで、ご自分が今回のヒロインでも何でもない上に、乙女ゲームの情報を、どうして…わたくしに教えてくださるの?」


今更ライバルでも何でもないフェリシアンヌに、正直に話す必要などないだろう。フェリシアンヌが排除した訳ではないが、それでもその切っ掛けとなった相手だというのに、何故…協力しようと思うのか、そう不思議に思うのは当然である。


 「勿論、フェリシアンヌ様への謝罪の一環です。私も…反省したんですよ。私も悪役令嬢の立場ならフェリシアンヌ様と同様に、ヒロインを虐めたりしないだろうし、婚約者のハイリッシュ様とも距離を取りましたよ、きっと。それに、色々と分かっちゃったんですよ。フェリシアンヌ様が、結構なお人好しだって…。そう気付いたら何となく、フェリシアンヌ様を…放って置けないなあ、と思いました。それに謝罪として恩を売って、今後何かに巻き込まれた時、優しいフェリシアンヌ様ならば庇ってもらえそうだな、という打算もありますよ。」






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 元ヒロインは反省しても、ちゃっかりしていた。カイルベルトはアレンシアの言い分に苦笑し、当のフェリシアンヌも自分がお人好しと見られて、目が点になっていた。ヒロインの素直な態度には2人共怒る気になれず、特にフェリシアンヌは好感を感じたようである。これにはカイルベルトも、相変わらず面倒見が良すぎだ、と苦笑していたが。


実はカイルベルトも前世では第2弾のゲームを遊んでおらず、詳しい内容は知らないが、大体のあらすじは覚えている。…いや、本当は…アレンシアの語った話を聞いていて、思い出したに過ぎない。カイルベルトから言えば、第2弾はあまり思い出したくない設定でもあり、フェリシアンヌが亡霊となって登場するなど、前世の最愛の妻が今はそのフェリシアンヌ本人だと思えば、のだから…。出来れば、夢であってほしかった、と…。


 「わたくしに恩を売りたいとは、随分と正直なご意見ですのね…。肝心のゲームのお話に戻りますが、わたくしは第2弾に登場しておりますの?」

 「あっ、それは……言いにくい内容なので、落ち着いて聞いてくださいね。実はフェリシアンヌ様は、今度もまた悪役令嬢キャラです。今回はただの悪役令嬢ではなく、前回のゲームで…処刑された設定で、亡霊として登場します。然も1人の攻略対象ではなく、全部のルートに登場するんですよ…。」


前世でも何も知らないフェリシアンヌは、こうしてアレンシアが忠告しに来るぐらいなので、流石に自分も登場しているのだろう…とは思うものの、登場していないのでは…という気持ちも捨て切れず、いざ確認してみると…。アレンシアが語る設定があまりにも…エグい内容で、フェリシアンヌは茫然自失の状態になっていた。カイルベルトが同席していなければ、ショックを受け気を失ったかもしれない。


りにもって、何故わたくしだけ…そういう扱いですの?…漸く乙女ゲームが終了して、平和な日々を送っておりましたのに…。少なくとも、乙女ゲームの強制力はない可能性が高く、それだけが救いである。それでも一歩間違えば、どうなるのか分からない世界である為、油断は出来ないのだが…。


フェリシアンヌは頭をショートさせながらも、平静を保とうと懸命に考えていた。彼女の様子に気付いたカイルベルトが、彼女の身体をそっと支えて「大丈夫だよ。俺は何が遭っても、君の味方だ。俺には、君しかいないよ。」と、彼女の耳元で囁いて…。フェリシアンヌはその言葉の意味を知ると同時に、身体中が熱を持ったのを感じて、顔を赤らめながらもコクンと首を縦に振る。


 「いいなあ…。フェリシアンヌ様が…羨ましい。私だけを大切にしてくれる人、私もなあ…。」


そんな2人を眺めるように見ていたアレンシアは、溜息を吐いた後小さく呟いた。しかし、その声はフェリシアンヌの耳にも届いてしまい、更に顔に熱を持つことになる。改めてそういう風に見られていると思うと、恥ずかしくて俯いてしまう彼女の手を、そのフェリシアンヌの片手を、誰かが…ギュッと両手で包み込むように被せて来た。フェリシアンヌが驚いて顔を上げれば、身を乗り出したアレンシアが、彼女の手を握っていた。フェリシアンヌが戸惑った表情で見返せば、アレンシアはニヤッと意味ありげな笑顔で、笑いかけ…。


 「今度は、私も貴方の味方です。大丈夫です、私も付いていますよ。大船に乗ったつもりで、ドンと私に任せてくださいね。」


胡散臭い笑顔ではあるが、アレンシアがフェリシアンヌに向ける瞳は、真剣そのものであり冗談ではないと感じられる。前世のアレンシアも我が儘な部分があったのだろうが、一度には、義理堅い部分も持ち合わせていたのかもしれない。


カイルベルトも、今のアレンシアは裏がないと感じていた。フェリシアンヌの敵であろうと犯罪者であろうと、前世から自分より大切な存在のフェリシアンヌを、守る為には利用する気満々だった彼は、前世も今も腹黒い人間ではなかったのだが、フェリシアンヌの為ならばそうなる決心も、今の彼には出来ていたのである。


前世のアレンシアはこれでも、自分にとって害がある人物かどうかは、結構見る目があるタイプであったが、あの頃は自分の利害ばかりを優先していた為、見る目が曇っていた。だからこそ、フェリシアンヌが純粋だったと気付いてからは、沢山後悔し今回のように協力したいと、考えた。カイルベルトを見たアレンシアは、この人も寛容そうだな…という感想を、持ったのである。この人達は、自分達に余程の害が及ばない限りは、許しちゃいそうだな…と。


この人達を守るには、他にも協力者が必要だね?…そうなるとやっぱり、他にも悪役令嬢や攻略対象にも、探りを入れるべきかなあ…。他にもきっといる筈だよ。乙女ゲームを知る転生者が。


アレンシアも彼女なりの解決の糸口を、必死に手繰たぐり寄せようとして、自分も矢面に立ち彼らと共に乗り越えようと、此処に決意したのであった。



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 8話から続いています。アレンシアが正式に、フェリシアンヌの味方に…?


第2弾乙女ゲームのヒロインの名前が分かったことで、そのヒロインが転生者なのかどうかが、争点となっています。


新ヒロインが誰だが判明し、これでアレンシアが正式に、フェリシアンヌの味方になりました。今後は、乙女ゲーム的な展開に突入しそうです。(但し、まだ少し席の予定です。)



※GW期間作品を優先していたら、更新が遅くなりました。この作品を楽しみにしてくださる方には、申し分かりません。お待ちいただき、ありがとうございます。

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